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「遭難、」本谷有希子 [演劇]

こんにちは。

六号通り診療所の石原です。

今日は日曜日で診療所は休診です。
今日は1日のんびり過ごす予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
遭難、.jpg
劇団、本谷有希子の代表作の1つである、
「遭難、」が、
初演とはキャストを一新して、
池袋で上演中です。

劇団、本谷有希子は、
その名の通り、
作・演出の本谷有希子のみが座員という、
彼女らしい劇団で、
毎回キャストを集めての上演が続けられています。

本谷有希子さんは、
昔「青春五月党」で演劇活動をしていた頃の、
柳美里さんに少し似たところがあり、
私生活を取り込んだような作風と、
独特の強烈な痛々しさが特徴です。
ただ、柳さんほど破天荒ではありませんし、
現実とは切り離された所で、
フィクションというものに、
まだ興味を持っているような気がします。

どちらかと言えば、
小説の方が本分だと思いますが、
それでも彼女にとってはおそらく、
苦痛に感じる部分が多いであろう、
演劇の上演に関わり続けている点は、
素敵だと思います。

ただ、
最近の作品は正直、
かなり煮詰まった部分があり、
娯楽性が皆無で、
観るのにエネルギーの要ることは事実です。

僕は第8回公演以降は全て観ていますが、
その中で何と言っても抜群だったのが、
この「遭難、」の初演です。

これは2006年に青山円形劇場で上演され、
DVDも出ています。

戯曲としては、
登場人物が整理されておらず、
中途の少女の出現などが演劇的に無理筋なので、
完成度の高いものではありませんが、
主人公の女教師の造形は彼女独自のもので、
その展開にも引き込まれましたし、
ラストの人間の脳の中に虚無の風が吹き抜けるような、
戦慄的なイメージも忘れられません。

従って、
今回は待望の再演ということになります。

主役の女教師は、
初演の松永玲子の一世一代の快演が忘れ難いのですが、
今回はキャストを一新し、
あまり演劇経験のない映像畑の黒沢あすかさんが、
当初キャスティングされました。

しかし、
さすが本谷有希子という言うべきなのか、
直前になって黒沢あすかさんは、
眩暈症のために急遽降板となり、
代役は何と、
元「猫のホテル」の怪優、
菅原永二です。

つまり女教師役が、
急所男優での上演になった訳です。

一体どんなことになるのか、
とても想像が出来ません。

結論としては、
菅原永二さんは、
女装で鬘は被りながら、
極めて普通にこの役を演じました。

とても良かったという感想は持てないのですが、
戯曲の世界に浸ることは出来ましたし、
初見の方にも、
この戯曲の面白さは、
伝わる上演にはなっていたと思います。

以下、ネタバレがあります。

この作品は、
放課後の中学校の職員室が舞台で、
いじめによると推測される、
男子生徒の自殺未遂事件の起こった後に、
その男子生徒の母親が、
担任の女性教師を、
詰問に来るところから始まります。

こう書くと、
如何にもいじめによる自殺の社会問題を、
当て込んだ設定のように思われるかも知れませんが、
勿論実際には2006年の作品ですし、
その初演時にも、
丁度いじめ自殺の事件が公演直前に報道されたのですが、
戯曲が書かれた時点で、
報道されていた訳ではありません。

オープニングから、
いきなり母親は、
若い女教師にこの場で放尿しろとか、
うんこをしろ(下品な表現をお許し下さい)、
とかと言うのですから、
ああこれはいじめ問題を扱った社会派ドラマでも、
それを当て込んだ設定でもなく、
本谷有希子さん独特の、
人間の切羽詰った状態での、
欲望と権力と見栄との、
力学のドラマなのだな、
ということは分かります。

ただ、難しいのですが、
必ずしもいじめの問題を、
本谷さんが軽く扱っているのでもなく、
軽率に取り上げているのでもない、
というところが、
この作品の深みで、
いじめの責任の問題は、
クライマックスにおいて、
非常に風変わりな形で、
しかし徹底して追及されますし、
ラストにはある意味感動的な場面も待っています。

登場人物は、
自殺未遂の少年の母親と、
担任のマドンナ的な存在の若い女教師、
その同僚の2人の女教師と、
学年主任の男性教師の5人で、
実は傍観者的な立場にいた、
一見冷静な女教師が、
極めて自己本位な性格で、
男子生徒から託された手紙を、
破って捨ててしまったことが、
自殺未遂の1つのきっかけになっていたのですが、
それを隠そうと嘘に嘘を積み重ね、
他の同僚の秘密を握って脅迫を仕掛けたり、
自作自演のストーカーの罪を、
他の人になすりつけたりもします。

彼女は自分が中学生の時に、
担任の女教師といさかいを起こして、
狂言的に校舎の2階から飛び降り、
それがトラウマになって自分の性格が歪んだのだと主張して、
毎日その女教師に自分の悪行を報告しています。

それが次第に嘘にほころびが生じて、
精神的に追い詰められ、
自分のかつての女教師が、
学校に訪問に来るという話を聞いてパニックになり、
精神崩壊の修羅場の中で、
いじめの真実が明らかにされてゆきます。

主人公以外にも、
マドンナ的な女性教師は、
自分が罰されることに、
快感を覚えて怪物化してゆきますし、
学年主任と母親は不倫の関係になってしまいますから、
キャラの立ち方は半端ではありません。

初演は今回より地味なキャストで、
主役の女教師はナイロン100℃の松永玲子が、
素晴らしい演技で舞台を牽引しました。
それ以外のキャストは小粒でしたが、
全体のバランスにはマッチしていました。

今回の再演では、
主役が交代したため、
菅原永二を責めることは出来ません。
脇に廻った時の彼の怪演を知っている方には、
非常にオーソドックスで、
ちょっと拍子抜けに思えるかも知れませんが、
今回は元々無理筋なのですから、
仕方がないのだと思います。

それ以外のキャストは、
初演より遥かに重量級で、
見応えがありました。

母親の片桐はいりは、
久々の何でもありの怪演で、
その相手の松井周も頑張っていましたし、
マドンナ先生の美波も、
彼女からしたら物足りない役回りだと思いますが、
過不足のない熱演でした。

ただ、
作品のバランスから言うと、
矢張り初演の方が、
物語の本質を感じ易かったと思います。

このキャストで主役に松永玲子が座ったとしても、
初演の時にような感じにはならず、
片桐はいりの怪演の前に、
かすんでしまったと思うからです。

演出は初演よりかなりどぎつい感じになっていて、
職員室の両脇に、
スペースがあり、
また職員室の外壁が、
舞台の前面に時々降りて来るという趣向です。

ただ、
このポツドールのようなセットは、
あまり有効に活用されているとは思えず、
煩雑に上下する壁も、
うっとうしく感じました。

個人的には壁が降りて来るのは、
ラストだけの方が、
ずっと印象的だったように思いますし、
クライマックスで女教師が、
職員室の窓から飛び降りようとする場面が、
客席に向かい見えない窓から、
という設定は如何にもまずいと思います。

ラストは初演になかった吹雪が、
職員室の中に舞い、
いつの間にか女教師の姿は消えていますが、
この意味は、
多分初見の方には分からなかったと思います。

ただ、
初演のセットもあまりセンスの良いものではなく、
DVDでご覧になった方は、
職員室の閉鎖性が出ているように、
お感じになったと思うのですが、
実際にはもっとオープンな感じに見えるので、
濃密な感じには乏しいものでした。

この作品の優れたところは、
過激で露悪的な設定に見えながら、
誰1人実際には死ぬことはありませんし、
自殺未遂で昏睡状態の男子生徒も、
最後には回復するのですから、
ある意味ハッピーエンドに奇麗に着地しているところにあります。

他の本谷さんの作品は、
概ね悲惨なラストで救いの欠片もありません。

それでいて、
最後の最後には、
何があっても決して救われることのない、
女教師の精神が露になって、
絶望的に終わるのですから、
非常に見事なバランスだと思いますし、
代表作の名に恥じないものだと思います。

今回の再演は、
初演と殆ど台詞は変えていませんでした。
(ラストの飛び降りが回避される段取りは、
少し違っていたように思います)
今回に関しては止むを得ないと思いますが、
中段に未整理な点と辻褄の合わない部分があるので、
是非修正しての再再演を、
期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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