SSブログ

心不全患者に対する抗血栓療法の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
心不全におけるアスピリンとワーファリンの比較論文.jpg
the New England Journal of Medicine誌の今月号に掲載された、
心不全の抗血栓治療の効果についての論文です。

心不全というのは、
心臓の働きが一定レベル以上、
低下した状態のことですが、
心不全状態が悪化して、
ショック状態になったり、
命に係わる不整脈が出現するようなリスクと共に、
脳卒中や足の血管などの、
血栓症が増加することが知られています。

心不全は心房細動という不整脈を伴うことがあります。

この心房細動はそれ自体が心不全のリスクになると共に、
心臓の中に血栓を作り易くするので、
脳卒中の大きな原因ともなります。

このため慢性心房細動で、
血栓症のリスクがあると考えられる方には、
ワーファリンや最近では新薬のプラザキサやイグザレルトを利用した、
抗凝固療法が検討されます。
そして、こうしたリスクの高い患者さんにおける、
ワーファリンの脳卒中予防効果は、
多くの研究で確認されています。

つまり、
慢性心房細動で血栓症のリスクのある患者さんでは、
ワーファリンを使用することは、
確実に意義のある治療です。

ところで…

心不全の状態であっても、
心房細動がなかったり、
それがごく一時的だったりすることもあります。

そうした場合にも、
心不全のない方よりは、
血栓症のリスクは高いと考えられます。

それでは、
慢性心房細動以外の心不全の患者さんに対しても、
抗血栓療法を施行するべきなのでしょうか?

SAVEと呼ばれる大規模臨床試験の解析では、
心不全の患者さんにアスピリンを使用すると、
脳卒中の発症が減少する、
という結果が示されています。

ただし、アスピリンはプロスタグランジンを抑制するので、
心不全の治療薬である、
ACE阻害剤というタイプの薬の効果を減弱させる、
という可能性が示唆され、
ワーファリンと比較して、
アスピリンを使用すると心不全の急性増悪が多かった、
という報告もあります。
つまり、トータルに考えて、
心不全における血栓症の予防には、
アスピリンは不適格な可能性があるのです。

それでは、チクロピジン(商品名パナルジンなど)のような、
別種の抗血小板剤ではどうか、
ということになりますが、
現在のところ、
心不全における脳卒中などの予防に、
アスピリン以外の抗血小板剤が、
有効であったという、
信頼のおける報告はあまりありません。

それでは、
より強力な抗血栓療法剤である、
ワーファリンの使用はどうなのだろう、
ということになります。

慢性心房細動の患者さんに関しては、
症例を選んで適切な調節の下に使用すれば、
明確な予防効果のあることは実証されています。

ただし、心房細動で心臓が大きくなっているような事例では、
そうでない場合の数倍は、
脳卒中の発症リスクは増加するので、
出血などの有害事象があっても、
使用するメリットの方がより大きくなるのですが、
心房細動のない心不全の患者さんでは、
発症リスクは高くはなるものの、
心房細動のケースよりはかなり低く見積もられるので、
むしろ使用することによる、
出血などのリスクの方が、
より問題になる可能性がある訳です。

ここにおいて、
アスピリンとワーファリンとの、
直接比較が重要になります。

2009年にワーファリンとアスピリンとを、
心房細動のない心不全の患者さんで比較した、
WATCHと題された臨床試験があり、
その結果では両者の生命予後や血栓症の予防効果には、
有意な差はなかったものの、
心不全の増悪は、
アスピリンがより多かった、という結果でした。
しかし、これではどちらを選択するかの情報としては、
不十分です。

そこで上記の論文で報告された、
WARCEFと題された大規模臨床試験においては、
比較的重症の心不全の患者さん、
2305人を対象として、
患者さん自身にも治療する主治医にも、
どちらの薬を使用したのか分からない方法で、
ワーファリンとアスピリンの使用群に半数ずつ割り付け、
平均6年間の経過観察を行なっています。
そしてその間に、
どちらの薬を使用した患者さんの方が、
より血栓症を予防出来たか、
より生命予後が良かったか、
そして薬の出血などの有害事象が少なかったか、
などの点を検証しています。

ポイントはこれまでの同種の臨床試験よりも、
数段規模が大きいことと、
二重盲検という厳密な手法を用いている、
という点にあります。

ワーファリンとアスピリンは剤型が全く異なり、
ワーファリンはその効きを見るための、
定期的な血液検査が必要ですから、
どうして分からないように薬を使うことが出来るのかと、
不思議に思われるかも知れませんが、
これは偽のワーファリンと偽のアスピリンを用意して、
見掛け上は両方の薬を飲んでもらう、
という形式で行なっているのです。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

トータルな血栓症などの発作の頻度や、
生命予後に関しては、
ワーファリンとアスピリンとの使用群で、
有意な差はありませんでした。

この試験では薬を未使用という方は比較されていないので、
直接的にはその効果は分かりませんが、
これまでのデータから、
両者とも一定レベルの予防効果がある、
という評価になります。

これを脳梗塞の予防、という観点のみで比較すると、
アスピリン使用群と比較して、
ほぼ半分にワーファリン群はその発症を予防しています。

つまり、
脳梗塞の発症予防には、
ワーファリンの方がより効果があります。

しかし、
トータルに見ると予後に差がないのは、
ワーファリンは出血の合併症が、
アスピリンの倍と非常に多く、
脳内出血も2.5倍も多く発症しているからです。

つまり、
確かにワーファリンの方が脳梗塞は予防しているのですが、
副作用の出血がより多いので、
トータルには相殺されて生命予後は変わらないのです。

今回の結果をどのように考えれば良いのでしょうか?

比較的重度の心不全においては、
脳梗塞などの血栓症のリスクが増加します。
従って、その予防のために、
抗血小板剤や抗凝固剤を使用することには、
一定の効果が期待出来ます。

ただ、
抗血小板剤や抗凝固剤には、
かならず出血という有害事象が存在し、
そのリスクと天秤に掛けると、
心房細動の症例のような、
明確な効果は期待出来ません。

現状ではアスピリンは心不全の悪化に結び付く可能性があり、
ワーファリンは出血のリスクにおいて、
患者さんに必ずしもメリットをもたらすとは言い切れません。

理論的には、
クロピドグレルのような抗血小板剤や、
プレガバリンやリバロキサバンのような、
新規の抗凝固剤が、
より患者さんにとってメリットが大きい、
という可能性がありますが、
大規模臨床試験のようなデータには乏しく、
現時点では個別にその患者さんのリスクに応じて、
慎重にその適否を考慮するしか、
ないような気がします。

今日は心房細動ではない心不全における、
抗血栓療法の効果についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(16)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 16

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0