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潜在性甲状腺機能亢進症の心疾患発症リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
潜在性甲状腺機能亢進症文献.jpg
Arch Intern Med.誌の今月号に掲載された、
潜在性甲状腺機能亢進症とその心臓に与える影響についての論文です。

先日同じ雑誌に載った、
潜在性甲状腺機能低下症における、
同様の検討結果をご紹介しましたが、
今回のデータはそのペアとなるような性質のものです。

甲状腺ホルモンは、
それが過剰であっても不足していても、
共に心臓に影響を与えることが分かっています。

重症の機能亢進症も機能低下症も、
その起こり方は違いますが、
いずれも心不全の原因となります。

また、機能亢進症は心房細動という慢性の不整脈を、
誘発し易いという特徴を持っています。

機能亢進症の代表的な病気は、
日本においてはバセドウ病ですが、
若年層の場合は動悸や体重減少がその症状として現われ易く、
中年以降では心房細動がその症状として全面に立ち易い、
と僕は甲状腺の大家の教授から教わりました。

上記の論文には、
甲状腺機能亢進症の原因として、
若年者ではバセドウ病が多く、
高齢者では甲状腺の結節が多い、
という記載になっていますが、
僕自身は高齢者の結節性甲状腺腫による甲状腺機能亢進症というのは、
以前いた教室の事例を含めても、
1例もなく、
高齢者の甲状腺機能亢進症も、
日本においては、
その大部分はバセドウ病によるものだと思います。

ただ、中年以降のバセドウ病に、
心房細動を伴い易いことは事実で、
一旦慢性の心房細動に移行してしまうと、
甲状腺機能が治療によって正常化しても、
心房細動自体は元には戻らないことが、
経験的には多いという印象があります。

このように、
顕性の甲状腺機能亢進症は、
それが持続すれば、
明確に心臓に負担を掛けることが分かっています。

従って、動悸などの自覚症状の改善や、
骨粗鬆症の改善などと共に、
これが甲状腺機能亢進症の、
治療が必要な主な理由です。

しかし…

軽症の甲状腺機能亢進症でも、
同じように心臓に影響を与えるのかどうか、
という点については、
未だに議論のあるところです。

顕性の甲状腺機能亢進症というのは、
甲状腺刺激ホルモンの数値が、
0.1未満に抑制されていて、
甲状腺ホルモンの数値自体も、
基準値の上限を超えた状態にあることを示しています。

一方で、TSHの数値が0.45未満と基準値より低く、
それでいて甲状腺ホルモンの数値自体は基準値の範囲にある場合を、
潜在性甲状腺機能亢進症と、
上記の論文では定義しています。

果たしてこのようなごく軽度の甲状腺機能亢進症にも、
心臓の機能低下やそのことによる死亡リスクの上昇、
心房細動の発症リスクの上昇などが、
認められるのでしょうか?

今回の論文では、
過去に行なわれた10の疫学研究
(コホート研究という形式のものです)
をまとめて解析し、
潜在性の甲状腺機能亢進症に絞って、
その予後を検証しています。

その結果…

潜在性の甲状腺機能亢進症の患者さんは、
そうでない方に比較して、
5年から20年の観察期間において、
全死亡の相対リスクが1.24倍に、
心疾患の死亡リスクが1.29倍に、
心筋梗塞などの発症リスクが1.21倍に、
そして心房細動の発症リスクが1.68倍に、
それぞれ有意な増加が認められました。
これを別の見方で捉えると、
潜在性の甲状腺機能亢進症の患者さんの死亡の、
14.5%は甲状腺機能亢進症によるものの可能性があり、
心房細動の発症の41.5%は、
甲状腺機能亢進症によるものの可能性がある、
ということになります。

つまり、それほど著明なものではありませんが、
潜在性の甲状腺機能亢進症が長期間持続することにより、
心疾患や心房細動のリスクが増加することは、
可能性があるとは言えそうです。

これをTSHが0.1未満のもの、
すなわちより顕性の機能亢進症に近いものに限定して、
同じ検討を行なうと、
当たり前のことですが、
その影響はより大きなものと計算されます。

現行のアメリカの甲状腺学会のガイドラインにおいては、
65歳以上でTSHが0.1未満の場合には、
潜在性甲状腺機能亢進症でも、
その治療が強く推奨され、
0.1以上でも65歳以上であれば、
その治療を検討する必要がある、
とされていますが、
今回のデータは、
そのガイドラインの正当性を、
裏付けるものになっていると考えられます。

上記の論文では、
年齢は補正しても基本的な結果に変わりはなかった、
とされていますが、
実際には心筋梗塞などの発症も、
心房細動の発症も、
その多くが65歳以上で起こっているものなので、
基本的には年齢によりそのリスクを判断するのが、
合理的と考えられるのです。

ただ、問題はどのようにして、
潜在性甲状腺機能亢進症を治療するのか、
ということです。

甲状腺機能亢進症の治療は、
抗甲状腺剤を使用するか、
手術や放射性ヨードで、
甲状腺の機能を低下させるしかありませんが、
そのいずれの方法も、
甲状腺機能の微調整には適していません。

結節性の甲状腺腫で、
その結節から甲状腺ホルモンが分泌されているような場合には、
手術によって結節のみを取り除けば、
TSHが基準値に戻る可能性がありますが、
バセドウ病のような場合には、
手術や放射性ヨードの治療を行なっても、
完全に機能が正常化するという保証はなく、
抗甲状腺剤の治療も、
比較的長期間を要して副作用も少なくはないので、
顕性の甲状腺機能亢進症であれば、
治療のメリットが上回ると判断出来ますが、
潜在性の機能亢進症ではそうとは断定出来ず、
効き過ぎて機能低下になれば、
別個にそのための心臓への負担が問題になります。

従って、
潜在性の甲状腺機能亢進症においては、
その治療法の選択と治療の可否については、
より慎重に判断する必要性があるのです。

先日お話したように、
高齢者においては、
軽度の機能低下がむしろ身体に負担の少ない状態と考えられ、
その意味では軽度の甲状腺機能低下症も、
より若年者より病的な意味合いが大きい、
という言い方が出来ます。

ただ、治療自体にも常にリスクが伴うものなので、
その選択に現時点で確実な処方箋はない、
というのが実状なのではないかと考えます。

今日は潜在性甲状腺機能亢進症についての、
最新の知見を考えました。

最後に一点だけ補足すると、
甲状腺ホルモン剤の使用により、
TSHが基準値より低下する場合があり、
これは一種の医原性の潜在性甲状腺機能亢進症という言い方が可能です。

ただ、その状態が、
通常の潜在性甲状腺機能亢進症と、
同じであるかどうかは現時点で結論が出てはおらず、
上記の文献でもそうした事例は除外されています。
僕は個人的には、
T4製剤による治療時には、
TSHは抑制されても、
身体には大きな問題は生じない、
という立場ですが、
この点もまだ結論が出ていない問題であることは、
補足をしておきたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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根岸

いつも、拝見させていただいております。最近娘がサーバリックスのワクチンを接種しました。
そのときに、以前先生のブログで拝見させていただいた情報をおもいだしました。筋肉注射をやらなければいけないとの事でしたが、ふと、おもいました、筋肉注射で、血管の中に入ってしまうことはあるのでしょうか。また、もし、入った場合、危険なのですか?
by 根岸 (2012-05-10 22:47) 

fujiki

根岸さんへ
接種する場所により、
若干は血液中に入ることはあります。
その場合抗原性はすぐに失われてしまうので、
その分のワクチンの効果は減少しますが、
特に危険がある、
ということはないと思います。
by fujiki (2012-05-10 22:53) 

根岸

コメントありがとうございました!
みたかんじ結構長く、太い針にみえたので、血管にはいる事はないのかなぁとおもってしまいました。娘はかなり、痛がったので、針が細くなればいいのになぁと感じました。
by 根岸 (2012-05-12 20:25) 

norinori

過去の記事にコメントすみません。いつも興味深く拝見しております。
53歳女性です。
昨年、高熱が続き検査入院したときに初めて甲状腺機能について血液検査をしたのですが、そのときはFT4、FT3、TSHすべて正常範囲内だがTPOAbが陽性なので慢性甲状腺炎。将来的に甲状腺機能が低下する可能性があるので経過観察を、といわれ、今年4月にはFT4:1.16、FT3:2.92、TSH:3.27(このときは抗体は測定せず)でした。今後は大きい病院ではなく近所で経過観察とのことで、近所の甲状腺内科で5月に採血したところ、今度はFT4:1.83、TSH:0.06、TgAb:54.0、TPOAb:334.1、TRAb:7.8でした。
こういうのを潜在性甲状腺機能亢進症というのでしょうか?
自覚症状はあまりなくて、強いていえば脈拍多少多め(だいたい90台)くらいです。
とりあえず、来月再度検査する予定ですが、今後どうなっていくのか心配で、いろいろ検索してこちらにたどりつきました。
もう一度検査しないとなんとも言えないとは思いますが、先月の値はたまたま、だったんでしょうか?それとも今後、進行していくのでしょうか?もともとは橋本病予備軍だったはずなのに、今はバセドウ病予備軍、というのもなんだか納得いかなくて・・。
薬をのまないといけなくなるんでしょうか?教えていただければ、と思います。

by norinori (2016-06-15 23:18) 

fujiki

norinoriさんへ
バセドウ病と橋本病は合併することはありますから、
バセドウ病に移行することはありえるのですが、
そうではない可能性が高いと思います。
おそらく次回の採血では、
元のようにTSHが3から4くらいになっているか、
それとも今回と同様に低めになっていて、
甲状腺ホルモンは正常か、
どちらかではないでしょうか。
こうした場合には、
何らかの原因により、
一時的に甲状腺の細胞が少し壊れて、
無痛性甲状腺炎の状態になり、
今はもう元に戻りつつある、
というケースが多いと思います。
by fujiki (2016-06-16 06:23) 

norinori

先生、早速のお返事ありがとうございます。
一時的なものの可能性が高いとのこと、なんだかとても安心しました。去年入院したとき、白血球と血小板が減少し、DICやら血球貪食症候群やら、とんでもない展開になったので(でも、それらを疑わせる検査結果はすべて無治療で軽快したのですが)、検査結果に神経質になっていたかもしれません。甲状腺については特に問題も感じず気楽に受診したのに結果が正常範囲ではなくて、びっくりしましたが、心配しすぎずにいようと思います。
ありがとうございました。

by norinori (2016-06-16 11:57) 

norinori

以前質問したnorinoriです。素早く回答くださりありがとうございました。
その後、再度検査しましたが、甲状腺機能亢進傾向は変わらず、甲状腺の腫れ(軽度)もあり、FT4:2.05、FT3:5.32、TSH:0.01以下ということで、メルカゾール3錠で服薬開始することになってしまいました。たぶん、発症は最近のことだろうとのこと。
自覚症状は頻脈、動悸くらいしかなく、数値的にも大したことはないように思うのですが、それでも薬は服用しないといけないものでしょうか?
by norinori (2016-07-09 00:12) 

fujiki

norinoriさんへ
3か月以上甲状腺機能亢進状態が継続するようであれば、
矢張りバセドウ病と考えるのが自然で、
その場合は自覚症状は軽くても、
治療するというのが基本的な考えです。
自然に低下する可能性は低いからです。
ただ、全ての甲状腺機能亢進症が、
治療した方が健康上のメリットが大きい、
とは言い切れません。
どのような治療を行なうにせよ、
身体に対する治療のリスクも少なからずあるからです。
個人的には心臓に対する影響や、
骨に対する影響を評価して、
それが問題になる可能性が低ければ、
すぐに治療はせずに、
慎重に経過観察することも妥当ではないか、
というように考えていますが、
それが正しいかどうかは何とも言えません。
それ以上は、
ご診察の上でないと、
どちらとも言えない事項ではないかと思います。
by fujiki (2016-07-09 15:16) 

norinori

先生、回答ありがとうございます。
今年は自治会役員が回ってきていて、夏祭りという最大のイベントが2週間後に迫っています。1日中屋外で走り回っているだろうそのイベントで疲れ果てるのは確実で、それが終わってから服薬を開始したいと言ったのですが、あっさりと却下されてしまいました。
バセドウ病が進んでいってる、という認識なのでしょうね。
薬をのんだら代謝が落ちて太る、というのも躊躇する一因です。(すでに多少肥満なので)
今日からしぶしぶ服用を開始しています。有害事象が起こりませんように、と願いながら指示通り続けていこうと思います。

by norinori (2016-07-09 20:57) 

norinori

先生、3度目の質問すみません。
メルカゾール3錠でスタートした治療ですが、3週間後にはFT4、FT3ともに正常範囲内まで低下したのでメルカゾールを2錠に減量して継続してました。ところが3週後、こんどは効きすぎでFT4:0.55、FT3:1.82、TSH:10.13となってしまいました。ただ、初診のとき測定したTRAbは7.8だったのが今回は28.2と減るどころか大幅増なので、メルカゾールは減量せず、チラーヂンを追加するといわれました。
薬効きすぎだったら中止したらいいんじゃないかと思うのですが、そういうものではないのですか?
ちなみに副作用は特になく、体調もそう悪くはないです。
by norinori (2016-08-20 07:13) 

Toshimitsu 

潜在性甲状腺機能亢進症という血液検査が出ました。21才女性でTSH0.307 FT4 1.43 FT3 3.16です。心療内科でこのような結果を教えて頂きました。甲状腺専門外来に行くべき数値でしょうか?お忙しいところ恐縮ですが教えて頂けるとありがたいです。
by Toshimitsu  (2016-09-21 11:44) 

fujiki

Toshimitsuさんへ
データ自体は特に心配なものではないと思います。
ただ、甲状腺の病気自体は隠れている可能性はありますので、
一度精査をされることは、
悪くないように思います。
by fujiki (2016-09-21 12:01) 

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