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腹部大動脈瘤の長期予後を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など書いて、
それからその途中で今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
腹部大動脈瘤コホート研究論文.jpg
今月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
高齢男性の腹部大動脈瘤の予後についての文献です。

大動脈瘤というのは、
太い動脈の一部が部分的に病的に拡張したもので、
横隔膜より上にある胸部大動脈瘤と、
下にある腹部大動脈瘤とに分類されます。

その原因は梅毒や炎症性の血管炎を除けば、
その多くが動脈硬化に伴うものです。

太い動脈は伸び縮みをします。
つまり弾力があります。

その弾力を維持しているのは、
血管の壁の中膜という部分ですが、
その中膜に動脈硬化が起こったり、
炎症性の変化が起こると、
動脈は弾性を失い、
内側からの圧力に対して弱い構造になります。

そのために傷んだ部分の血管が、
圧力のために外側に拡張します。
つまり、膨れ上がるのです。
これが大動脈瘤です。

動脈瘤は一旦出来てしまうと、
自然に改善することはありません。
進行の速度はまちまちですが、
進行することは間違いがありません。

これは単純な物理法則で、
動脈の壁に対する張力が、
動脈を拡大させると、
それにより壁を外に押す張力は、
更に大きくなるので、
悪循環になり拡張は止まることがないのです。

そして、
その張力に血管壁が負けた時、
動脈の壁には穴が開き、
大出血が起こります。

これが大動脈瘤の破裂という現象で、
その死亡率も高いことが知られています。
従って、破裂のリスクが高いと判断される場合には、
患者さんの状態が許せば、
人工血管などを使用した、
外科手術の対象となります。

さて、胸部大動脈瘤と腹部大動脈瘤とを比較すると、
腹部大動脈瘤の方がその予後が悪いことが知られています。

胸部大動脈瘤よりも原因は動脈硬化の比率が高く、
そのため高齢者に主に発症します。

そのため、
適切な検診を行なって、
大動脈瘤の有無を診断し、
その治療の適応を判断することが、
患者さんの予後の改善に繋がるのです。

腹部の大動脈の太さ(直径)は、
腎動脈の直下で、
概ね1.5~2センチくらいです。

それが3センチを超えると、
大動脈瘤の可能性がある、
と判断されます。

そして、その太さが5センチを超えると、
破裂の危険性が高まり、
手術治療が検討されます。

この腹部の大動脈瘤の有無は、
通常のお腹の超音波検査で、
簡単にチェックすることが可能です。

これまでに幾つかの大規模な臨床研究が海外で行なわれ、
その結果として、
65歳以上の男性においては、
まず1回の超音波の検診を行なって、
その径が3センチを超える腹部大動脈瘤が発見されれば、
その後適切な経過観察と、
必要な場合には適切な治療とを行なうことにより、
少なくともその後10年間に渡る、
動脈瘤に関わる生命予後を改善する効果のあることが、
確認されています。

命に関わる病気の検診を行なうことにより、
その病気の生命予後が改善することは、
当然のことと思われるかも知れませんが、
実際には多くの癌検診では、
そうした明確な生命予後の改善効果は認められてはおらず、
その意味でこの結果は非常に重要な意味を持っているのです。

つまり、
超音波を用いた大動脈瘤の検診を、
65歳以上の男性に行なうことは、
間違いなく意味のある検診です。

男性に限っているのは、
この病気は男性の発症が多いため、
これまでの多くの臨床試験は、
男性のみを対象として行なっており、
女性にもそれなりの意味合いはある筈ですが、
裏付けとなるデータは、
存在していないのです。

そうした結果を受けて、
イギリスのガイドラインにおいては、
30ミリを超える大動脈瘤の経過観察が、
推奨されています。

しかし、
グレイゾーンは、
通常の血管径の上限よりは大きいけれど、
動脈瘤の基準である30ミリは超えないレベルの血管の拡張、
具体的には25ミリから29ミリ程度の血管拡張を、
どのように考えるべきか、ということで、
この事項に関しては、
未だ明確な結論が出ていません。

今回の論文は、
その点について大規模なコホート研究の結果を元に、
解析を加えたものです。

スコットランドにおいて、
腹部大動脈瘤の検診についての、
大規模な臨床研究が、
2001年から2010年に掛けて行われました。

65歳から74歳までの8146名の男性を対象とし、
お腹の超音波検査で動脈の拡張の有無をチェックします。
最大径が3センチ(30ミリ)以上を「腹部大動脈瘤」と診断し、
30ミリから44ミリまでの方は毎年の検査を行ない、
44ミリから54ミリの方は3ヶ月毎に検査を行ない、
55ミリ以上の場合には手術治療が考慮されます。
平均の観察期間は7年余です。

上記の説明でお分かりのように、
これは平均的な腹部大動脈瘤の観察方針です。

今回の論文のポイントは、
25ミリから29ミリという、
通常は正常よりは大きいけれど、
動脈瘤とは見做されない、
というレベルの血管の拡張が、
死亡リスクの増加や血管病変の増加に、
結び付くかどうかを、
解析した点にあります。

通常の臨床研究では、
29ミリ以下の受診者については、
「正常範囲」として、
全て一緒に議論されていたからです。

その結果…

径が24ミリ以下の方に対して、
動脈径が25~29ミリのグループでは、
死亡のリスクも、
血管病変や肺疾患の入院のリスクも、
いずれも有意に増加していることが確認されました。
ただし、喫煙や高血圧などの、
他の動脈硬化の危険因子の影響を補正すると、
死亡リスクは有意なものではなくなります。
しかし、心血管疾患の入院や慢性閉塞性肺疾患の入院に関しては、
補正後もそのリスクは有意に増加していました。

こうした傾向は、
その動脈の径に相関して強いものになります。
つまり、
大動脈瘤の破裂のような現象は、
初回の動脈径が30ミリ未満では、
10年後にも殆ど起こらないのですが、
死亡リスクや動脈硬化に伴う他の合併症のリスクは、
血管径と共に増加し、
その増加傾向は既に血管径が25ミリ程度から、
認められているのです。

要するに、
65歳以上の男性で、
腹部の大動脈の径が、
25ミリを超えている場合には、
それが将来的に動脈瘤に進展するリスクがあると共に、
その状態自体が動脈硬化の程度を反映しているのです。

軽度の腹部大動脈の拡張は、
将来的な動脈硬化の全身的な合併症の、
予測因子としての意味を持つのです。

それでは今日のまとめです。

65歳以上の男性
(そして意味合いは少し落ちますがおそらくは同年齢の女性も)が、
超音波検査による腹部大動脈瘤の検診を受けることは、
その将来の動脈瘤の破裂のリスクを、
明確に減らし死亡リスクを減少させる効果があると共に、
将来的な動脈硬化の進行を、
占う意味でも有用性のある検診です。

その径が30ミリ以上であれば、
定期的な経過観察が必要となり、
25ミリから29ミリの間であれば、
動脈硬化性の疾患のリスクが高いと考えて、
高血圧や脂質などの管理を厳重にすると共に、
禁煙するなどの生活習慣の改善が必須で、
そのことにより、
生命予後を確実に改善する効果が期待出来るのです。

1つの問題は通常の健診の超音波検査では、
腹部大動脈瘤のチェックはされない場合があることで、
今後そうした点の改善は是非必要ではないかと思います。

若干宣伝めきますが、
診療所では健診を含め、
お腹の超音波検査の時には、
必ず動脈瘤のチェックは同時に行なっています。

今日は腹部動脈瘤の検診についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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