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放射性セシウム体外除去剤「ラディオガルダーゼ」の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は放射性セシウムの体外排泄を促進する、
現時点では唯一の放射性セシウム体外除去剤、
「ラディオガルダーゼ」の話です。
日本での発売は昨年の12月です。

この薬は一種の吸着剤で、
大量の被爆を受けた際に、
身体に吸収され、
腸肝循環に入って体内を循環しているセシウムを、
身体の外に排泄し易くする効果を持つ薬剤です。

その歴史は古く、
1960年代にはその使用が始まり、
ドイツでは35年以上前から販売されています。
要するに米ソの核戦争が身近な危機であった時代に、
ヨーロッパで開発された薬です。

それが1999年の日本の臨界事故を契機に、
議論が積み重ねられ、
その結果としてようやく2010年10月に製造販売承認が取得され、
2010年12月に発売となったのです。

専門家の議論というのは、
必要性の高いものでも、
概ね10年は実現までに掛かるもののようです。

今回の事態にギリギリ間に合った、
とも言えますし、
使わなくて良い状況であれば良かったのに、
という言い方も出来ると思います。
先日被爆された3人の作業員の方は、
当然この薬による治療を、
受けたものと思われます。

さて、この薬はどのような薬で、
実際にどの程度の効果があるのでしょうか?

薬の一般名は、
ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸鉄(Ⅲ)水和物です。
つまり、鉄の周りに、
6個のシアンが結合し、
そこに更に水分子と鉄が結合しています。

この物質は一種の吸着剤で、
そのもの自体は殆ど体内に吸収されず、
腸管のセシウムを吸着して、
それを便から排泄します。

体内に入った放射性セシウムは、
その多くが腸管から静脈、肝臓を循環しているので、
それを腸管で捕捉し、
体外に排泄するのが、
この薬のメカニズムです。

1987年ブラジルのゴイアニアにおいて、
放射性セシウムによる被爆事故があり、
その時にこの薬が治療のために使用されました。

その時のデータを見ると、
成人で投与中止後平均80日の、
セシウムの生物学的半減期が、
使用により25日程度に短縮しています。
これは明らかに有効と考えられます。
(生物学的半減期は半分排泄されるまでの時間のことで、
通常の放射性物質の半減期とは異なります)

ここにちょっと興味深いデータがあり、
ゴイアニアにおける治療データでは、
4~9歳の生物学的半減期は平均42日で、
12~14歳では平均62日です。
つまり、代謝の活発な年齢層では、
放射性セシウムの排泄は、
大人よりずっと早いのです。
お子さんをお持ちのお母さんには、
この事実はちょっとほっとさせるものではないかと思います。

主な副作用は低カリウム血症です。
これはこの薬はカリウムよりセシウムを、
より吸着し易い構造になっている訳ですが、
生体はそもそもカリウムとセシウムを、
あまり区別はしていないので、
当然カリウムも体外に排泄され、
低カリウム血症の原因となるのです。
ただ、入院しての治療が通常想定されますから、
これは適宜カリウム値を測定して、
補充をすれば済む話だと思います。

腎不全などで高カリウム血症になると、
カリメートやケイキサレートのような、
カリウムの吸着剤を、
使用することがあります。

原理的にはこうした吸着剤も、
放射性セシウムの排泄に、
一定の効果があると思います。
身体はセシウムとカリウムとを、
あまり区別はしないからです。
ただ、元々がカリウムの吸着剤ですから、
よりカリウムの低下は強く、
その使用はラディオガルダーゼより、
難しいものになることは確かでしょう。

セシウムの内部被曝は、
このようにある程度改善することが可能です。

つまり、ヨード被曝には治療はないけれど予防はあり、
セシウム被曝にはカリウムを少し多めに摂る程度しか、
予防法はないけれど、
その代わり被曝後の治療法はあるのです。

これは人間様に限ったことではなく、
畜産農家においても、
セシウムの内部被曝を受けた家畜に、
この薬を飲ませることにより、
より早く被曝の影響を軽減することが可能なのです。
それで基準値を下回れば、
当然食用に供しても、
問題はなくなる訳です。
(ただ、筋肉中のセシウムが、
どの程度減少するかは微妙です)

しかし、セシウムの物理学的半減期は長く、
その影響は人間からは排泄されても、
環境には長く残ります。
セシウムの被爆の問題点は、
人間様への影響よりも、
むしろそうした環境への影響にありそうです。
そして、「ただちに健康に影響のない」量の汚染であっても、
その環境への影響は、
廻りまわって人間にも影響を与え、
「ただちに健康に影響はない」
と何かのお題目のように唱える皆さんの人生には影響はなくても、
僕達の子供の世代、孫の世代には、
確実に大きな影響を及ぼしていくのだと思います。

今日は放射性セシウム体外除去剤の概説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 8

ゆうな

 先日は、お返事をありがとうございました。
 先生とは、異なる意見があるのに、きちんと答えて下さったことが、何だか嬉しかったです。


 カリウムは、私にとって必須項目です。
 一時、流行しました、単果物ダイエット。本当に注意を要します。
by ゆうな (2011-04-05 23:52) 

fujiki

ゆうなさんへ
コメントありがとうございます。
バランスの良い食事が、
矢張り一番だと思います。
by fujiki (2011-04-06 08:57) 

いとうなおこ

はじめまして。
いつもとてもわかりやすく解説してくださりありがとうございます!

ただ上記のなかで気になるところがあり、教えていただきたくコメントさせていただきました。

「セシウム被曝にはカリウムを少し多めに摂る程度しか、
予防法はないけれど」とありますが、
少し多めとはどのくらいのことでしょうか?

カリウムについては、栄養必要量も設定されていなく、日本人の食生活では過不足が問題にならないからではないかと思っています。

とすると、不足状態でない場合、少し多めにとることが予防につながるのは、どういうメカニズムなのでしょうか? 
セシウムとカリウムが似ているので、セシウムとカリウムで希釈するような感じなのでしょうか?

また、カリウム含量の多い農作物は、セシウムの移行も多く、悩ましいところです。

ご教示のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

by いとうなおこ (2011-06-29 02:37) 

fujiki

いとうなおこさんへ
コメントありがとうございます。
これは動物実験のデータで、
僕が見たのは確か豚ですが、
餌のカリウムの含量を段階的に増やすと、
ある程度多い方が、
セシウムが体内に取り込まれ難く、
かつ排泄が多くなる、というものです。
しかし、そのまま人間に適応出来るものかは分かりませんし、
そのメカニズムも明確ではありません。

セシウムはカリウムと同じように、
腸肝循環を廻り、
その時点で細胞がカリウム不足の状態であれば、
より多く取り込まれる可能性が高い、
というのは事実だと思いますが、
充足していても一定量は取り込まれると思いますので、
多く摂れば摂るほど、
セシウムの取り込みが防止出来る、
ということはないと思います。
「少し多めにとる」というのは、
安全域を考えて不足を避ける、
というくらいの意味合いでお考え下さい。
by fujiki (2011-06-29 08:33) 

いとうなおこ

先生、

さっそくのお返事ありがとうございます!
不足を避けるため、という意味合いと理解いたしました。
運動後や寝起き時の水分補給やミネラル補給くらいに
日常的な補給くらいに考えてみます。


by いとうなおこ (2011-06-29 14:32) 

いとうなおこ

たびたび失礼いたします。
以前も質問させていただいた伊藤と申します。

「ラディオガルダーゼ」について
「腸肝循環に入って体内を循環しているセシウムを、
身体の外に排泄し易くする効果を持つ薬剤です」
とありましたが、
腸肝循環とは、セシウムが肝臓に行って、胆汁とともに十二指腸で分泌されて、再び吸収されて肝臓に戻るということでしょうか?
コレステロールのことを連想しました。

また、カリウムのほとんが細胞内に存在するように、セシウムも同じかと思いますが、
腸管中での捕捉排泄で目減りしていくということは、
つねに細胞と血液を行ったり来たりしているなかで、肝臓に行き着く、ということなのでしょうか?

食物繊維でもセシウム排泄に効果があるいわれているため、効果の強弱はあるでしょうが、このメカニズムと大方同じかしらと思いました。
自力でいろいろ調べてみたのですが、カリウムと腸肝循環のことはよくわからなく・・・。
教えていただけるとうれしゅうございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

by いとうなおこ (2011-08-01 15:22) 

fujiki

いとうなおこさんへ
コメントありがとうございます。
これはラディオガルダーゼの製品解説に書かれているもので、
僕もちょっと意外に感じました。
カリウムの消化管での動態については、
まだ不明の点が多いようです。
胆汁酸には陽イオンが結合し、
ナトリウムはそれに沿って移動します。
カリウムの排泄は主に腎臓から、
というのが一般的な理解ですが、
胆汁酸と共に循環し、
一部は腸管より排泄される経路があり、
それを排泄剤で促進することは、
ある程度可能なようです。

細胞内に移行したカリウムもセシウムも、
排泄剤のデータを見る限り、
ある程度引き抜かれて排泄されると考えて良さそうです。
ただ、その時の動態に果たしてカリウムとセシウムとで、
どの程度の違いがあるのかは、
正直よく分かりません。
by fujiki (2011-08-02 08:08) 

いとうなおこ

先生、

昨日コメントしたものが反映されていなかったので、ふたたび。
ダブっていたらすみません。

いつもていねいお返事をありがとうございます。
すぐにお礼申し上げられなかった失礼をお許しくださいませ。

今、放射能対策の翻訳本を編集しています。そこに食物繊維によるセシウム除去効果が書かれていて、そのメカニズムが気になりました。
教えていただいたことと、『人体内放射能の除去技術』という本の内容を参考に、少し加筆しました。
きちんと名乗らぬまますみません。
刊行しましたら献本させていただきます。ご笑納くださいませ。

ありがとうございました。
by いとうなおこ (2011-08-24 18:11) 

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