黒テント「阿部定の犬」 [演劇]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は日曜日で診療所は休診です。
朝からいつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
黒テントが1982年の8月に、
六本木の俳優座劇場で上演した、
一連の公演のパンフレットです。
メインは佐藤信の「阿部定の犬」で、
僕が演劇の魅力に、
大きくのめり込むきっかけとなった1本です。
何の気なしに観に行って、
あまりに面白かったので、
すぐに再度観に行きました。
客席は閑散としていたのを覚えています。
指定席であったのに、
「好きなところに座って下さい」
と言われました。
黒テントは唐十郎の紅テントと並ぶ、
アングラのテント芝居の双璧ですが、
バリバリの左翼劇団で、
「革命の演劇」が旗印です。
ブレーンには大学教授とか、
左翼系の知識人が、多数参画していました。
串田和美はその初期に活動を共にしていて、
彼の現在やっていることの根っこの部分には、
自由劇場と黒テントがあるのです。
佐藤信は黒テントの座付き作家の1人で、
抽象的なイメージが羅列された、
当時としても難解極まりない作品を書く人です。
ただ、そのクライマックスには、
奇妙な高揚感と集束感とがあって、
「意味は全く分からないけれどゾクゾクする」
という当時の演劇に特徴的な、
独特の気分を体感させてくれます。
中ではこの「阿部定の犬」が、
比較的筋が追い易く、
クライマックスも衝撃的で、
ラストも気が利いているので、
彼の代表作といって良いものではないかと思います。
当時の黒テントの看板は、
斉藤晴彦と新井純で、
冒頭古いライカのカメラを覗き込んだ、
謎の街頭写真師役の斉藤晴彦が、
「忘却とは…」
と巻頭の台詞を、
独特のしゃがれ声で呪文のように語り出す場面は、
今も鮮やかに脳裏に描くことが出来ます。
内容は阿部定事件の阿部定が、
愛人のペニスを胸に抱いたまま、
昭和10年の帝都東京を彷徨う中に、
翌年の226事件が影を落とし、
「性」と「権力」とが対立する構図が、
多層的に描かれて、
天皇の権力の象徴となった写真師が、
阿部定の持つ愛人のペニスが変化した銃で打ち抜かれる、
というクライマックスに集束します。
つまり失敗に終わった226事件の裏で、
民衆の革命が、
幻想の時間の中で成立する、
というあの時代特有の物語です。
この作品は一種の音楽劇で、
音楽は全てブレヒトの「三文オペラ」から取られ、
それに日本語の訳詩が付いています。
その全ての曲を、
空で歌えるくらい僕はこの作品の訳詩で覚え込んでいて、
たとえば原曲の「マック・ザ・ナイフ」を聞いても、
正直あまりピンと来ないのです。
大学の劇団で、
4年生の時にこの作品を上演して、
僕は春野晴男というオカマを演じました。
僕としては演技をするのが一番楽しかった時期で、
自分で言うのも何ですが、
比較的評判も良かったのです。
クライマックスの直前に、
僕は舞台中央に包丁を突き刺すのですが、
2日めに気合が入り過ぎて包丁の横の刃の部分を、
ズブリと掌に突き刺しました。
医者には行かなかったのですが、
その夜は酒を飲めば痛みが辛く、
出血は翌日まで止まりませんでした。
その傷は今も掌に薄く残っています。
劇中歌のカラオケを作るのに難航し、
「三文オペラ」の楽譜を求めて、
学習院のドイツ文学の先生の研究室まで、
コピーをしに行きました。
その先生は実は黒テントの初期のブレーンだった人でした。
「三文オペラを上演するのかい」
と訊かれて、
「いえ阿部定の犬です」
と言うと、
「なんだ、あれか」
と露骨に嫌な顔をされたことを思い出します。
内容からいって、
もう絶対に再演はされない作品だと思います。
ただ、何となく、
時々懐かしくは思い出すのです。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は日曜日で診療所は休診です。
朝からいつものように駒沢公園まで走りに行って、
それから今PCに向かっています。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
黒テントが1982年の8月に、
六本木の俳優座劇場で上演した、
一連の公演のパンフレットです。
メインは佐藤信の「阿部定の犬」で、
僕が演劇の魅力に、
大きくのめり込むきっかけとなった1本です。
何の気なしに観に行って、
あまりに面白かったので、
すぐに再度観に行きました。
客席は閑散としていたのを覚えています。
指定席であったのに、
「好きなところに座って下さい」
と言われました。
黒テントは唐十郎の紅テントと並ぶ、
アングラのテント芝居の双璧ですが、
バリバリの左翼劇団で、
「革命の演劇」が旗印です。
ブレーンには大学教授とか、
左翼系の知識人が、多数参画していました。
串田和美はその初期に活動を共にしていて、
彼の現在やっていることの根っこの部分には、
自由劇場と黒テントがあるのです。
佐藤信は黒テントの座付き作家の1人で、
抽象的なイメージが羅列された、
当時としても難解極まりない作品を書く人です。
ただ、そのクライマックスには、
奇妙な高揚感と集束感とがあって、
「意味は全く分からないけれどゾクゾクする」
という当時の演劇に特徴的な、
独特の気分を体感させてくれます。
中ではこの「阿部定の犬」が、
比較的筋が追い易く、
クライマックスも衝撃的で、
ラストも気が利いているので、
彼の代表作といって良いものではないかと思います。
当時の黒テントの看板は、
斉藤晴彦と新井純で、
冒頭古いライカのカメラを覗き込んだ、
謎の街頭写真師役の斉藤晴彦が、
「忘却とは…」
と巻頭の台詞を、
独特のしゃがれ声で呪文のように語り出す場面は、
今も鮮やかに脳裏に描くことが出来ます。
内容は阿部定事件の阿部定が、
愛人のペニスを胸に抱いたまま、
昭和10年の帝都東京を彷徨う中に、
翌年の226事件が影を落とし、
「性」と「権力」とが対立する構図が、
多層的に描かれて、
天皇の権力の象徴となった写真師が、
阿部定の持つ愛人のペニスが変化した銃で打ち抜かれる、
というクライマックスに集束します。
つまり失敗に終わった226事件の裏で、
民衆の革命が、
幻想の時間の中で成立する、
というあの時代特有の物語です。
この作品は一種の音楽劇で、
音楽は全てブレヒトの「三文オペラ」から取られ、
それに日本語の訳詩が付いています。
その全ての曲を、
空で歌えるくらい僕はこの作品の訳詩で覚え込んでいて、
たとえば原曲の「マック・ザ・ナイフ」を聞いても、
正直あまりピンと来ないのです。
大学の劇団で、
4年生の時にこの作品を上演して、
僕は春野晴男というオカマを演じました。
僕としては演技をするのが一番楽しかった時期で、
自分で言うのも何ですが、
比較的評判も良かったのです。
クライマックスの直前に、
僕は舞台中央に包丁を突き刺すのですが、
2日めに気合が入り過ぎて包丁の横の刃の部分を、
ズブリと掌に突き刺しました。
医者には行かなかったのですが、
その夜は酒を飲めば痛みが辛く、
出血は翌日まで止まりませんでした。
その傷は今も掌に薄く残っています。
劇中歌のカラオケを作るのに難航し、
「三文オペラ」の楽譜を求めて、
学習院のドイツ文学の先生の研究室まで、
コピーをしに行きました。
その先生は実は黒テントの初期のブレーンだった人でした。
「三文オペラを上演するのかい」
と訊かれて、
「いえ阿部定の犬です」
と言うと、
「なんだ、あれか」
と露骨に嫌な顔をされたことを思い出します。
内容からいって、
もう絶対に再演はされない作品だと思います。
ただ、何となく、
時々懐かしくは思い出すのです。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
2010-12-19 09:12
nice!(34)
コメント(13)
トラックバック(0)
すごく面白そう。
あの時代にとても興味ありますし。
先生の体を張った熱演にnice!
by midori (2010-12-19 13:51)
青春の思い出も傷跡、いいですね。先生の歴史・・・
by yuuri37 (2010-12-19 15:09)
midori さんへ
コメントありがとうございます。
この作品は最後に昭和が終わるのですが、
その時点では勿論昭和は終わってはいなかったので、
かなりブラックなラストでした。
大学で上演したのが昭和62年で、
その2年後に本当に昭和が終わったのです。
by fujiki (2010-12-20 08:14)
yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。
まあ、ただの失敗です。
本物の包丁を使うのは、
今考えれば危険だったと思います。
by fujiki (2010-12-20 08:16)
こんにちは!
安部定の犬、
見ることができて、羨ましいです。
新井さんの歌をどうぞ。
http://umptemp.blogspot.com/2011/04/blog-post_6871.html
(私の所属する演劇集団ウンプテンプ・カンパニーの主催、長谷トオル【元黒テント】がUPしました)
演目を知らない私も新井さんのお歌を至近距離で聴いたときは涙目になってしまいました。
ほんとに、ドラマの伝わるいい歌だと思いました。
by sakana3 (2011-06-21 06:28)
sakana3 さんへ
コメントありがとうございます。
演劇は楽しいですね。
僕自身もアングラ全盛期の舞台は、
観ることが叶わなかったので、
それは無念でなりません。
by fujiki (2011-06-21 08:14)
今月、新井純と服部吉次と三人で「cabaret阿部定の犬」をライブハウスで行いました。オリジナルメンバーです。70歳の二人と私66歳、歌って踊って演劇しました。大入り満員で再演も考えています。その際にはぜひ見に来てください。あの匂いあの感じは体感できるはず。
by 石井くに子 (2015-06-11 11:53)
週末に盛岡でcabaret阿部定の犬を上演します。
場所は「もりおか町屋物語館」です。
土曜は夜、日曜はマチネですから、日帰りも可能です。
by 石井くに子 (2015-06-11 12:02)
石井くに子様
コメント頂きありがとうございます。
全くの一観客ですが、感激しています。
黒テントの舞台で何度も拝見させて頂きました。
盛岡はちょっと厳しいのですが、
東京かその近郊で上演の予定があれば、
是非伺いたいと思います。
頑張って下さい。
by fujiki (2015-06-12 06:30)
突然のコメント失礼致します。初めまして。
既にご存知かもしれないのですが、今年の8月にエイチエムピー・シアターカンパニーという劇団が阿部定の犬を伊丹と東京で上演するようです。
私は今大学で演劇を学んでいるのですが、日本の劇作家や作品について研究する授業で黒テントのこと、阿部定の犬のことを学びとても興味深く自分でも調べていたところこのブログを発見いたしました。
当時の熱気や上演時のこと、石原さんが演じられた時の思い出など貴重なお話を知れてありがたいです…!!
このお話も踏まえて実際の上演を観れるのと知らずに観るのとではまた違った視点で観劇に臨めそうでとても楽しみです。ありがとうございます!
by kaz (2015-06-25 17:02)
kazさんへ
コメントありがとうございます。
この芝居が黒テントで上演されていた当時は、
まだ昭和は終わっていなかったので、
虚構的に、昭和を終わらせてしまう、というラストが、
極めて衝撃的だったのですが、
今上演すれば昭和はもうずっと昔に終わっているので、
ただの歴史もののようにしか、
観客には受け止められないのではないかと思います。
ですから、個人的には、
あまり上演されない方が良いのでは、
というようにも思うのですが、
その一方でアングラの歴史の中では、
埋もれてしまうのは惜しい傑作であることは間違いなく、
その意味で今この作品をご覧になる方は、
ラストが当時は衝撃的だったのだ、
ということを想像して観て頂ければと思います。
最近の芝居で何か面白いものがあったら、
是非教えて下さい。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2015-06-26 08:16)
「cabaret阿部定の犬」再演します。5月吉祥寺のライブハウスです。限定100名様座席指定です。だいぶお席が埋まってきました。お早めにお申し込み下さい。お待ちしています。
https://www.facebook.com/events/128262040890767/
by 石井くに子 (2016-03-01 02:22)
石井くに子様
金曜日の回に伺う予定でチケットを予約しました。
当日とても楽しみにしています。
by fujiki (2016-03-02 07:33)