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インスリン分泌のマニアックな話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はインスリン分泌の話です。

僕の学位論文は、
インスリン分泌とブドウ糖の代謝についての研究です。

動物愛護の観点からは、
許されない悪行ですが、
多くのネズミの命を奪い、
その膵臓からランゲルハンス島という部分を取り出して、
それを色々な薬剤や環境で刺激し、
インスリン分泌のメカニズムを研究したのです。

当時僕が大学で師事していた先生は、
従来とは違う仮説を持っていて、
その仮説を裏付けるデータを取る目的で、
僕も一連の研究を行ないました。

その仮説は、
「ATP 感受性K チャネル非依存性」の、
インスリン分泌シグナルが存在する、
というものでした。

あれから随分と時間が経ち、
糖尿病の分野では、
当時は全く論じられることのなかった、
インクレチンという消化管ホルモンの、
インスリン分泌促進作用が注目を浴び、
薬も大々的に発売され、
「インクレチンにあらざれば治療にあらず」
のような勢いですが、
僕はそうした「流行の熱気」のようなものには懐疑的で、
当時師事していた先生が、
今はどういうお考えをお持ちなのか、
気になって文献を検索してみました。

それで今日はそんな話です。

ちょっとマニアックな点はお許し下さい。

さて、インスリンというのは、
ブドウ糖を身体で利用するために、
必須のホルモンで、
膵臓のランゲルハンス島という細胞の集まりの中にある、
β細胞という細胞から分泌されることが分かっています。

人間の身体は、
そして僕が実験に使用していたネズミもですが、
血液のブドウ糖の濃度に従って、
インスリンの分泌量が、
極めて繊細に調節されています。

食事を摂ると、
食事の中のブドウ糖が吸収され、
血液に入ります。
すると、それを速やかに感知して、
膵臓のβ細胞からは、
その血糖値に合わせた量のインスリンが分泌され、
血糖値を正常なレベルに戻します。
これは、ブドウ糖の必要な身体の組織に、
ブドウ糖が利用されていることを、
同時に示しています。

それでは、血糖値が上がると、
どのようなメカニズムで、
β細胞からインスリンが分泌されるのでしょうか?
その微妙な調節は、
どのようにして行なわれているのでしょうか?

ブドウ糖が上昇すると、
β細胞からインスリンが出ます。

単純に考えると、
ブドウ糖のくっつく受容体がβ細胞にあって、
その信号でインスリンが出るのではないか、
という仮説が成り立ちます。

そのような仮説も、存在はしているのですが、
現在までに証明されてはおらず、
おそらくは存在しない、と考えられています。

それでは、ブドウ糖とインスリンとを結んでいるものは何でしょうか?

それはブドウ糖の代謝である、
というのが現在の主流の考え方です。

ブドウ糖は細胞の栄養源ですから、
ブドウ糖を運ぶ蛋白質の働きで、
細胞の中に入り、
その中で代謝を受け、
エネルギーを発生させます。

β細胞でも同じように、
その細胞の中でブドウ糖は代謝され、
それがある種の信号になって、
β細胞はインスリンを分泌する、
と考えられているのです。

こうした細胞にとっての栄養分の代謝産物が、
一種のセンサーとなって、
その細胞の主要な働きの制御をしている、
というのは、非常に特殊な細胞機能で、
このインスリン分泌細胞以外には、
同じく血糖を調節するホルモンの1つである、
グルカゴンを分泌する同じ膵臓のα細胞と、
脳の一部の細胞以外には、
殆ど類例のないものです。

それではどのようなブドウ糖の代謝産物が、
インスリン分泌を起こしているのでしょうか?

これに関して代表的な考え方が、
次のようなものです。

ブドウ糖がβ細胞の中で代謝されると、
その結果としてATP の産生が増加し、
ATP/ADP 比の上昇というサインが、
β細胞の膜にあるATP 感受性K チャネルという、
門のような部分を閉じます。
この門が閉じるとカリウムが細胞の外に出なくなるので、
細胞膜が脱分極し、
今度は電位依存性カルシウムチャネルが開きます。
すると、カルシウムが細胞の中に流入するので、
それがインスリンの入った粒を、
外に押し出すような働きを促進し、
インスリンが分泌されるのです。

非常に複雑ですが、
これがインスリン分泌のメカニズムです。

ただ、このメカニズムだけでは、
説明出来ない現象もあるのです。

このメカニズムでは、
ATP 感受性K チャネルが閉じる、
という過程が不可欠ですが、
特殊な条件下では、
このチャネルが閉じなくても、
インスリンの分泌が起こるからです。

僕の師事していた先生は、
この別個のメカニズムを証明するための、
研究を行なっていたのです。

それでは比較的最近の先生の論文から、
インスリン分泌のメカニズムの推測図を、
お見せしたいと思います。
すいません。
先生の許可は取っていません。
インスリン.jpg

ブドウ糖が図の上の左側から、
膵臓のβ細胞の中に入ります。
それが代謝されると、
その一部はさっきの話のように、
図の左側にある、
ATP 感受性K チャネルを閉じ、
その結果として細胞の中のカルシウムが上がります。
しかし、それ以外にも他の代謝産物が、
直接インスリン分泌を刺激する経路があるのです。

最近飛ぶ鳥を落とす勢いのインクレチンは、
図の右上に書かれています。

インクレチンは細胞膜にある受容体にくっつき、
サイクリックAMP という物質を増やすことにより、
インスリンの分泌シグナルの全体を、
底上げするような作用があると考えられています。
ATP感受性Kチャネルの経路を止めた状態でも、
インクレチンによるインスリン分泌が起こるのかについては、
おそらくそうした実験はされているのだと思いますが、
現物には当たれなかったので、
よく分かりません。

さて、日本人の糖尿病は、
肥満の方が少なく、
インスリン抵抗性よりも、
インスリン分泌の低下が、
その初期から見られ易い、
と多くのデータから示されています。

インスリンの分泌のメカニズムから考えて、
それではどにょうな治療が、
日本人の糖尿病の患者さんには適しているのでしょうか?

明日はその点を、
これも先生のデータに即して、
考えてみたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

しはる

いつも興味深く拝見させていただいております。お休みの日の記事も楽しく読ませていただいております。

今日の話題も面白そうなのですが、「膜脱分極」という言葉と、先生のお師匠様の作られた図の中の「第1/2相」という部分を明日もう少し詳しくお話しいただけると幸いです。

高校で一応生物を履修しましたが30年ほど前のことで全く忘れております。ただ最近池谷裕二さんの本等を呼んでいるので、「チャネル」の話はなんとかついていけそうに思いました。

それから先生のようなお気遣いのあるお医者様にはなかなか生きにくい世の中だとは思いますが、先生を必要としている人は、先生の患者さん以外にもたくさんおられると確信しておりますので、できるだけ長くお仕事が続けられるよう勝手ながら願っております。
by しはる (2010-10-26 22:59) 

fujiki

しはるさんへ
コメントありがとうございます。
細胞の膜には固有の電位があって、
それが上昇するのが脱分極で、
細胞の活動の1つのきっかけになっています。
インスリンの分泌は「2相性」と呼ばれ、
まずすぐにグッと上昇し、
それが一旦下がってから、
今度はジワジワと上昇します。
その1相と2相が、
どういうメカニズムで起こっているのか、
というのが、
議論となっているのです。

簡単ですが…

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-10-27 06:31) 

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