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肺血栓塞栓症の診断を考える [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
その合間に今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は肺血栓塞栓症の診断についての話です。

肺血栓塞栓症とは、
血液や脂肪などの塊が、
肺の動脈に詰まることにより、
急性の呼吸困難を来たし、
時に死に至ることもある重篤な病気です。

肺動脈に血の塊が詰まれば、
それより先の肺には、
血液が流れなくなります。
すると肺動脈の圧力が高くなり、
その結果として心臓の右側に負荷が掛かり、
心不全や呼吸不全という、
重症な状態が起こるのです。

血管に詰まるものは、
血液の塊以外に、脂肪や癌の細胞、
異物など様々ですが、
その9割以上は主に足や骨盤内の、
「静脈血栓」によるものとされています。

従って、静脈の血栓症がある方は、
それだけ肺血栓塞栓症の危険性が高い、
ということになり、
常にその病気の発症を、
念頭に置く必要がある、
ということになります。

それではどのような人が、
静脈血栓症になり易いのでしょうか?

2004年の肺血栓塞栓症の予防ガイドラインによると、
血栓の出来易い体質や、
足の麻痺やギブス固定が、
最もその危険性が高く、
その次に高齢者や長期間の寝たきりの方、
癌の患者さんや心不全、
中心静脈カテーテルを挿入している患者さんなどが、
それに次ぐ、と書かれています。
よく、足にボコボコと静脈が瘤のように腫れている、
静脈瘤の方や、
女性ホルモン剤で治療中の方が、
この病気の可能性が高いと言われることがありますが、
そうした方は危険因子の強度としては、
それ以外に上に挙げた方よりも、
低い、というのがガイドラインの記載です。

つまり、同じ姿勢で長く寝ている生活が続けば、
血液の流れは悪くなり、
停滞した場所に、血の塊が出来易くなります。
癌の患者さんのように全身的なご病気があると、
血液は矢張りドロドロになって、
塊を作り易くなるのです。

この病気は入院している患者さんに、
発生し易いのも特徴です。
入院している患者さんは、
当然上に挙げたような、
病気をお持ちの場合もあり、
また手術や検査などのストレスや、
それに伴う安静状態の持続、
また中心静脈栄養の治療など、
この病気の起こる要因が揃っているからです。

そのため現在では、
殆どの病院で、
リスクのある患者さんでは腿から下に、
定期的に圧迫を加える器具を装着するなど、
肺塞栓症予防のための方策を取っています。

ただ、これはケースバイケースの面もあり、
僕の妻は以前の入院時に、
この圧迫器具により下肢の神経が圧迫されて、
麻痺の症状が後遺症として残りました。
病院は勿論、
決してそれが圧迫のせいであったとは認めません。

ここまでのポイントは、
入院中であろうとなかろうと、
上に挙げたようなリスクのある方では、
常に肺塞栓症の発症を念頭に置いて、
診療に当たる必要がある、ということです。

それでは、どのような症状があれば、
この病気を疑うのでしょうか?

典型的な症状は、急性の呼吸困難です。

急に胸が苦しくなり、
呼吸困難からショックになったり、
意識を失ったりします。

勿論こうした症状が急激に出現すれば、
医者ならずとも、重症の急病であることは、
一目瞭然です。
従って、症状が出現した段階で、
救急受診等の処置が取られることになります。

ただ、問題はこうした症状が出現する前に、
前兆のようなものはないのだろうか、
ということが1つ、
そして、もう1つは典型的でない症状のケースが、
実際には結構存在する、ということです。

この点に、肺血栓塞栓症の診断が難しい、
という所以があります。

昨年肺血栓塞栓症の前駆症状について、
まとめた報告がありました。

それによると、
ほぼ4割の事例には、
何らかの「前触れ症状」が、
認められました。

その中で最も多かったのは「労作時呼吸困難」、
すなわち動いたり運動したりした時の息切れです。
それに次いで多かったのは、
一時的な胸の痛みや動悸、
そして失神の発作です。

しかし、並べて見るとお分かりのように、
こうした症状は別に、
この病気だけに特徴的なものではありません。

狭心症のような心臓の病気でも、
気管支喘息のような肺の病気でも、
不整脈の発作でも、
同じような症状は起こる可能性があります。

それでは、こうした症状のある患者さんのうち、
どのような人にこの病気を疑うべきなのでしょうか?
また、どのような検査をすれば、
この病気を早期に発見することが出来るのでしょうか?

まず、上の挙げたようなリスクのある方では、
この病気の可能性を、
それ以外の方より強く疑うべきです。

診察の時には症状のある場所だけではなく、
足は必ず診察し、
ふくらはぎの痛みなどがないかを確認します。
痛みや腫れがあれば、
その場所の静脈血栓症の可能性を疑います。

通常外来に運動時の息切れの患者さんが見えれば、
まず血圧や呼吸数、脈拍や心音の異常などをチェックし、
酸素飽和度を測定し、
緊急を要する病状であるかどうかを判断します。

以上の検査で大きな異常がなければ、
胸のレントゲンや心電図の検査、
必要に応じて呼吸機能の検査などを行ないます。

ただ、そうした検査でも、
はっきりとした異常所見の見付からないことがあるのが、
肺塞栓症の診断の難しさです。

胸のレントゲンでは、
肺動脈は肺門部で拡張し、
末梢では見え難くなるのが、
その所見とされています。

心電図では、
Ⅰ誘導のS波の出現とⅢ誘導のQ波の出現、
そしてV1 ~V3 誘導のT 波の陰性化とその短期間での変化が、
その特徴的な所見とされています。
典型的にはまずT 波は上昇し、
それから24時間以内に陰性化します。

血液検査では血栓形成傾向の指標である、
D-ダイマーという数値が、
正常値であれば、
ほぼこの病気を否定出来る、
とされていますが、
通常診療所のような医療機関で、
その日のうちにこの数値の結果は出すことが出来ません。

確定診断は造影剤を使用したCT 検査や、
肺シンチグラフィーという検査で行なわれますが、
その施行は大きな医療機関に限られます。

これは僕の懺悔に近いものですが、
まだ若く持病のない患者さんで、
労作時の呼吸困難の訴えでお出でになった方を、
診療所で経験しています。

酸素飽和度は正常で、
安静では息切れの症状もありません。
呼吸の回数も脈拍も正常で、
呼吸機能の異常もありませんでした。

胸の写真と心電図にも、
若干の所見はありましたが、
むしろ狭心症の存在を疑い、
症状は軽度であるとの判断で、
当日は経過観察の方針としたのですが、
実際にはその症状は肺塞栓の「前触れ症状」だったのです。

この病気の診断の難しさを、
痛感させられる事例でした。

僕が現時点で考えていることは、
急に出現した労作時の呼吸困難感は、
常にこの病気の存在を念頭に置く、
ということと、
その可能性を考えて心電図の軽度の所見を、
見逃すことのないようにすること、
そして疑いがあれば、
高次の医療機関に紹介することを、
躊躇しない、ということです。

今日は急性肺塞栓血栓症の、
診断についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

愛読者

A クリニックの医師を受診しました。血圧に関して「薬が苦手で出来れば飲みたくないんです」と言いましたら「そういう人はここに来ないでください」と顔色かえて・・・

B 医院の医師に循環器でア〇〇〇〇ン20㎎を処方していただきましたが、「私には胃に負担がかなりありました」と訴えたら「適正でありどんな薬でもデメリットはある!そういう患者は家には来ないでください!」
いずれも表情を変えて。

セカンドオピニオンは心臓学会もお薦めですが・・・
by 愛読者 (2010-10-25 11:42) 

fujiki

愛読者さんへ
コメントありがとうございます。

by fujiki (2010-10-25 21:01) 

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