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ある過量服薬の事例を考える [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は過量服薬を繰り返している患者さんの事例をご紹介して、
過量服薬とは何なのか、
ということを僕なりに考えたいと思います。

実際の事例を元にしていますが、
守秘義務及び患者さんの特定を避ける観点から、
敢えて細部を変更した部分のあることを、
予めお断りしておきます。

患者さんはCさん、30代の女性です。

10代の頃からパニック発作が頻繁に起こり、
気分の波が非常に大きく、
リストカットや過量服薬などの問題行動を繰り返していました。

最初は精神医療で有名な大学病院を受診しました。

色々な心理テストなどの検査が行なわれ、
画像診断も複数行なわれました。
境界型パーソナリティ障碍、というニュアンスの診断だったようですが、
Cさんご本人にははっきりそう告げられた訳ではなさそうです。

家族関係は複雑で、
20代になると水商売に身を染め、
同じ頃から殆ど家族とは絶縁状態となります。
何度かボーイフレンドはいたようですが、
思い込みが強く相手を支配しようとする傾向があるので、
長続きすることはありません。

少し話しただけの相手と、
「親友」になろうとするので、
相手はその強引な距離の縮め方に引いてしまい、
友達関係も長続きはしません。
ただ、一方的な感情を拒絶されると、
「裏切られた」と思い逆上して、
手が付けられないほど暴れたり、
あちこちに相手を非難するメールを送り付けたり、
絶望して自傷行為に及んだりします。

過量服薬で大学病院に入院し、
退院後まもなく再び具合が悪くなって病院に連絡を取ると、
「そういう主治医との約束を守れない人は、
もうこの病院で診ることは出来ません」
と診療を拒否されました。

次に地域の精神医療の中心施設である、
精神科の単科病院に通い始めましたが、
その病院は完全予約制であるのに対して、
Cさんはパーソナリティ的に予約時間を守れるようなタイプではなく、
頻繁に予約を飛ばし、
それで予約外の時間に、
無理矢理具合が悪いと診療を希望することが続きます。
そうしたことが何度かあって、
また時間外に病院を受診すると、
再び、「こちらではもう診ることは出来ません」
と受診を拒否されました。
勿論その病院にも、2回ほどは過量服薬で運ばれています。

30代になって仕事の時間を守ることも出来なくなり、
仕事もなくなって生活保護を申請します。

医療機関の定期的受診を行政から求められ、
今度は近隣の心療内科の診療所を受診しました。

処方は最初の大学病院から大きくは変わっていません。

Cさん本人の希望は眠れる薬が欲しい、ということで、
そのために睡眠剤が1種類と安定剤が2種類、
それから抗うつ剤が1種類という処方です。

半年ほど診療が続いた時点で、
また友達に裏切られたのをきっかけに、
友達にメールで予告した上で過量服薬を起こし、
救急病院に運ばれて治療を受けると、
翌日には退院となりました。
その足で受診していた診療所を受診すると、
もう過量服薬はしないと約束しないと、
診療を続けることは出来ない、
という一方的な宣告です。
怒ったCさんはそこに通うのも止めました。

Cさんはそれから僕の診療所に通うようになりました。

初診の時にそれまでの経過を、
Cさんは包み隠さず話してくれました。
「もう薬の飲み過ぎはしないね」
と訊くと、
「それは、ちょっと、分かりません」
と蚊の鳴くような声で答えます。

おやおや、と言う感じですが、
それが事実なのだから仕方がありません。

それで当面は最小限の薬を2週間分処方しました。

それから半年ほどして、
Cさんは過量服薬で近隣の大学病院に運ばれました。

入院の翌日には退院となり、
病院からのきついお手紙と共に本人が受診します。

それからは1週間分ずつの処方としました。

Cさんは診療時間を守ることもしてはくれないので、
休みの日に薬局に電話して、
薬だけ欲しい、と言われることも頻繁にあります。
そうした場合には薬局と連絡を取って、
次回は確実に受診することを約束してもらい、
厳密に言えば違反行為ですが、
1日分だけの薬を先渡しの形で処方します。

それでもある日、
診療時間内に救急隊から電話が掛かって来ました。

連絡によると、
ためていた70錠の抗うつ剤と睡眠剤とを一気に飲み、
それを予告された男友達が、
その場に駆け付けて救急隊に連絡を取った、と言うのです。

救急病院に連絡をしたのだけれど、
なかなか受け入れてくれる病院が見付からない、
という話でした。

1週間毎の処方でしたが、
それも少しずつ残して、
それを丹念にためていたのです。

救急隊はCさんを診療所で受け入れてくれないだろうか、
という依頼です。

全身状態をお聞きすると、
血圧や呼吸の状態は落ち着いていて、
少し深い眠りに着いているようです。
それで僕は仮に病状が悪化するような兆候があれば、
診療所は救急医療機関ではないので、
再び搬送する場合もあることを、
そのお友達にも確認した上で、
Cさんを診療所に運んでもらうことにしました。

取り敢えずは採血をして点滴を繋ぎ、
失禁のないことを確認して、
様子を見ました。
強く刺激すると、若干は反応するくらいの状態です。
しかし、覚醒はしません。

一緒に来た男友達は、如何にも迷惑そうな顔をしていて、
「俺、ほんとはあまり親しくはないんすよ。
こいつ、何の病気なんすか?
糞、ほんと迷惑なやつですね」
と言いながら溜息を吐きます。

それから1時間くらいすると、
Cさんはゆっくりと目を開きました。

僕はその時ほど幸福そうなCさんの顔を見たことはありません。

見違えるように快活で、
普段は蚊の鳴くような声でしか話はしないのに、
大声でケタケタと笑い、
「本当に来てくれたのね」
とその男友達に嬉しそうに声を掛けます。
「迷惑かけやがって。来たくて来た訳じゃねえぜ」
とそんなことを言われても、
内容を理解していないかのように、
笑顔を絶やさず一方的に話続けます。

夕方には落ち着いた様子だったので、
血尿はないことを確認して、
男友達と一緒に家に戻ってもらいました。
その後ろ姿も、とても幸せそうに見えました。
いや、実際そうだったのだと思います。

それから1週間後に彼女はまた外来を訪れましたが、
その時の彼女は、
もういつもの蚊の鳴くような声でしか、
語ることはしませんでした。
過量服薬のことも進んで話すようなことはありませんし、
特にそれを反省する言葉もありません。
ただ、僕はその時から彼女との距離を、
少し縮めることが出来たような気がします。

僕はその時、彼女が何故過量服薬をするのか、
初めて体感として理解したような気がしたのです。

皆さんにも多分、その時僕が感じたことを、
何となく分かって頂けるのではないか、と思います。
その後彼女は過量服薬をすることはありません。
しかし、それはたまたまなのかも知れません。
現実の社会は、彼女にとって優しいものではないので、
そうせざるを得ないことはあるのではないかと思いますし、
そのことで彼女を責めるのはフェアではないと思います。
ただ、危険な行為ではありますし、
僕も辛いので、
本音は絶対にやらないで欲しいのですけれどね。

皆さんはどうお考えになりますか?

念のため補足しますが、
僕は全ての過量服薬が、
Cさんの事例と同じだと言うつもりはありません。
むしろ逆で、1人として同じ人間がいないように、
過量服薬がその患者さんにとって持つ意味も、
それぞれに違っているのです。
僕が今1人の医者として出来ることがあるとすれば、
その個別の思いを少しでも深く理解し、
その思いに寄り添うことしかないのではないか、
というような気もします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 10

Liz

こんにちは。。

ところで、次のような記事も・・(直リンになります)
http://ameblo.jp/seisin-iryo0710/entry-10095579248.html


本当に蒸し暑い日が続きますが、先生『うな丼』で精力を補って
下さいませ。。

わたしは,早この時期からバテバテで昨日から死んでます;;


by Liz (2010-07-01 10:51) 

fujiki

Liz さんへ
ご紹介ありがとうございます。

不必要な発言で誰かにご不快を与えないように、
微妙な問題の扱いには、
僕も気を付けようと思います。

NHKの番組は何というのか、
非常に両極端の内容を、
同じテーマで複数の番組にしていて、
色々と事情はあるのでしょうが、
もう少し1つの番組の中で、
バランスを取ることは出来ないのかな、
とはいつも思います。
by fujiki (2010-07-01 15:18) 

yuuri37

人間って微妙なバランスで生きているんですね。
子供のころ、心って心臓だと思っていました。
今日の記事を読んでいたら先生の患者になりたくなちゃいました。
先生を見ているとお医者さんって、素敵だなって思える。

病気でお休みは、思っていたより楽しくない。
それどころか、苦痛です。なんか笑える・・・

夫は、病院に行くのをめんどくさいと言って、十代のころからお世話になっている**医院(内科・小児科)に行きました。かなり高齢の先生ではないかと思うのですが・・・夫はその先生が好きらしいです。レントゲンのみでの診断でOKということ。「奥さんがマイコプラズマじゃあ、抗生物質を飲んでおいたほうがいいかなあ」と処方してくれたそうです。
処方箋を見て、もったいないからと言って薬局に行かずに帰ってきて、「俺、抗菌剤、クラリスじゃなくジスロマック使ってるから、行って飲んでくるわ」と出かけたまま未だ帰らず・・・こんなんでいいのでしょうかね?><; 私の昼食はなし~3時のおやつも過ぎてるジャン(涙)
by yuuri37 (2010-07-01 15:47) 

Liz

ある意味、ODも依存症のような感じに思えます。
本当に、難しい問題ですね。
by Liz (2010-07-01 20:16) 

ゆうのすけ

こんにちは、私も今年3月頃 このままじゃ逝ってしまいそうな 怖い思いをしました。救急で病院に行き その日は 診察予約をして帰宅 後日各種検査。何処にも問題が無く、過労とストレスだろうと所見。そこで私は、これが世に言う パニック障害というものだと理解しました。

知り合いにも うつ状態で薬物治療をされている方を知っていたので、私は天の邪鬼気質ゆえ(笑) 医療機関、薬に(普段から飲まないので)一切頼らず、とにかく仕事を全てストップして とにかく休みました。対人障害も見え隠れしていたので、人の存在が煩わしくて 一時は、家の前を会話して歩く人の声にも イライラと。

でもこのままじゃいけないと、今のブログを始めました。その後も何度か調子悪い状態が ありましたが、自身の体調、人への最低限のマナーを考慮しながら、言いたいこと表現したいことを続け いろんなブロガーさんとの交流で ありがたいことに 元のペースに戻れつつあります。私は、自営業という環境で生活は大変だけれど、休むことが出来ました。しかし、そうでない方は、治療も大変かと思います。社会環境然り・・・。薬の作用も確かに必要な方もいらっしゃると思いますが、それぞれに 本当に合っているのかという 薬物の処方にも疑問を感じます。

素人目からして、大変失礼な発言かもしれませんが、改めて薬に対する怖さを感じています。(乱分長文にて。。。すみません^^)

※ 私は、スーパーマンでありたいと 自身のことを省みず 許容をカバーできなくなっちゃのが要因みたいです。(半年以上休みも取れずに 自身の仕事、介護関連 数件続いた葬儀等 流されるままで 自身の時間も 休息も取れなかったから見たいです。)
介護や核家族化の問題から 疾病を発症されてしまう人も 少なくないんですね!・・・最近、自分のペースでぽくぽく歩めてることが何よりしあわせです!^^

石原先生も 御無理なさらないで頑張ってくださいね!
by ゆうのすけ (2010-07-01 21:41) 

fujiki

yuuri37 さんへ
いつもありがとうございます。
お休みは貴重だと思いますし、
非常に羨ましいので是非満喫して下さい。

by fujiki (2010-07-02 08:22) 

fujiki

Liz さんへ
全てがそうではないと思いますが、
そうした事例のあることは事実だと思います。
by fujiki (2010-07-02 08:23) 

fujiki

ゆうのすけさんへ
コメントありがとうございます。

自分の許容範囲を知る、
ということは非常に難しいですね。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-07-02 08:26) 

シロクマ

すばらしい話ですね。思っても、なかなかそうはできないものです。その信頼関係がCさんの一番求めていた薬かもしれませんね。
by シロクマ (2010-07-02 20:39) 

fujiki

シロクマさんへ
コメントありがとうございます。

最初は全く信頼関係がなかったのに、
苦労してある時それが出来るのは、
本当に嬉しい瞬間ですし、
一旦そうして出来た関係は、
滅多なことでは崩れないのだと思います。
ただ、なかなか難しいですね。
by fujiki (2010-07-02 22:22) 

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