SSブログ

過量服薬は駄目な医療機関の目印なのか? [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先週こんなニュースがありました。

【過量服薬、救命現場が警鐘、自殺手助け】
重症者が年間1400人搬送される都内有数の救急病院。向精神薬を大量に飲んで自殺や自傷を図る患者は増え続ける。若い世代を中心に年150~160人。全体の1割を超えた。生死にかかわる過量服薬があまりに多いため、患者の回復後に病院が聞き取りしたところ大半が市販薬ではなく、精神科診療所などの医師が処方した薬と判明した。一度に飲んだ量は平均100錠になる。「これほど大量なのに処方はわずか数日分。治療薬が逆に自殺行為を手助けしている」と担当の救急医は憤る。
患者の1人が飲んでいた薬のリストがある。1回分が7種類。「これもこれも、名前は違うがすべて睡眠剤。1種類でいいのに。こんな処方は薬理学上あり得ない」。最も多い人は抗うつ薬4種類、睡眠薬4種類、抗不安薬2種類など一度に14種類を出されていた。複数の精神科専門医は「常軌を逸している。副作用に苦しんだり薬物依存に陥る可能性も高くなる」と指摘する。(原文より一部改変。一部省略)

このニュースは更に続きがあり、
搬送患者さんの多くは、
幾つかの特定の精神科医療機関に絞られ、
その医療機関では、
薬物治療の知識がなく、患者の要求通りに薬を出す、
いい加減な医者が「金儲けのために」、
酷い診療を行なっているのではないか、
という推測が語られています。

皆さんはこの記事を読んで、
どのようにお感じになりますか?

世の中には「悪の精神科医」という人種がいて、
その薬が「向精神薬」という自殺の道具になる薬であることを知りながら
(もしくはそうした知識すらなく)、
「金儲け」のために処方を出しまくって、
患者さんの自殺の後押しをしているのだ、
何と酷い医者が世の中にはいるものだろう、
そうした医者の医師免許を、
即刻剥奪する方法はないのだろうか、
とお考えになるでしょうか?

そう思われても当然で、
この記事は皆さんにそう思って頂くために、
書かれているのだと思います。

救急医というのは現在の日本では正義の味方の代表格です。
ドラマでも映画でも神様のような存在として描かれています。
勿論現在のような過酷な医療状況の下で、
日々救急医療に従事している医師の皆さんを、
僕も尊敬するのはやぶさかではありません。

ただ、そうした誰も非難出来ないような対象を出しておいて、
それに対比させて末端の精神科の医療機関を配置し、
それを非難するような論調を作る、というのは、
ちょっと意地が悪いな、という気はします。

僕が今日お話したいことは、
何故過量服薬をする患者さんは、
末端の心療内科や精神科の医療機関に掛かっていることが多いのか、
ということの裏の側面についてです。

上のニュースに登場する救急医の先生は、
世の中には素人のような知識しかない精神科の医者がいて、
無意味に多くの薬を患者さんに出しまくり、
その薬を飲むことによって患者さんは自殺に追い込まれるのだ、
そうした医療機関に掛かった患者さんこそいい迷惑だ、
と本気で思っていらっしゃるのかも知れません。

しかし、それは現実とはちょっと違うのではないか、
と僕は思います。

過量服薬というのは、
情緒的に不安定となる多くの病的状態における、
比較的頻度の高い問題行動の1つです。

この問題行動はリストカットと同じように、
ご本人にとっても苦しく、
そんなことは止めたいと思ってはいるのですが、
それでいてそうした行為には、
ある種のガス抜きの空気弁のような働きがあり、
最悪の気分の状態から、
一時的に逃れる、という1つのメリットがあります。
昨日のCさんの事例のように、
過量服薬後の患者さんは
時に憑き物が取れたように、
快活になることがあります。

こうした患者さんは概ねその経過が長く、
その長さに比例して処方された薬の種類も量も、
かなり大量であることが多いのです。
患者さんにもある種の耐性が生じるのでしょう。
睡眠剤も安定剤も、
通常の数倍の量は、
使用しないと効果がないことは稀ではありません。

確かに以前診療所の近隣にあった某医療機関のように、
明らかに過量な薬を初診から処方しまくるような、
どう考えても常軌を逸している医療機関も、
存在することは事実です。

しかし、多くの医療機関はそうではないと、
僕は信じています。

上の記事の前半で、
100錠の薬が数日分であった、という事例が紹介されています。

何て酷い医者だ、
と皆さんも救急医と同じように思われるかも知れません。

ただ、数日分の処方である点から考えて、
処方した医師は、その患者さんが過量服薬する可能性を、
ある程度考えていることが分かります。
つまり、一度に飲んでも死に結び付くようなことはないだろう、
という分量を意識して処方している訳です。

薬の種類が多いことは、
確かに褒められた話ではありません。
ただ、その全てがその時その患者さんの掛かっていた、
精神科のクリニックに責任があるとは、
僕には思えません。

そうした患者さんは以前には、
大学病院のような医療機関に掛かっていて、
そこで過剰な処方が始まった、というケースを事実として、
僕は複数知っているからです。

某公共放送などによく出演して、
精神科の薬の害をお話になる高名な先生は、
ある自分の患者さんには、
5種類の睡眠剤と3種類の抗うつ剤と3種類の安定剤と2種類の抗精神病薬を、
30日分まとめて処方されています。
その患者さんが診療所にお見えになった時に、
見せて頂いたので間違いはありません。
1日の錠数は33錠ですから、
一度の処方で990錠です。

別にその先生を非難するつもりはありません。
ただ、過量の処方は末端の無能な医者だけの専売特許ではない、
という事実を皆さんにも知って頂きたいと思うだけです。
あと、言っていることとやっていることとが、
極端に乖離している人間の話を、
どうか信用しないで頂きたい、と思うだけです。

昨日のCさんの事例でも分かるように、
大病院や専門病院は、
問題行動を起こす患者さんを診ることを嫌います。

過量服薬を繰り返しているような患者さんは、
医療機関から体よく排除されることが通常で、
その結果として、
末端の医療機関がそうした患者さんを診ることになるのです。
精神科の優秀な医療機関と称されるところは、
概ね予約診療以外は受け付けていません。
しかし、昨日のCさんのような患者さんが、
予約の時間を守って受診をすることが出来るでしょうか?
出来る訳がありません。
メンタルに具合の悪い患者さんというのは、
約束を守れないことが通常だからです。
それが分かっていながら、
予約外の患者さんを排除するのは、
面倒を避けたい、
という意識と無関係なものではありません。

つまり、上の記事の過量服薬で搬送される患者さんが、
一部の医療機関に偏っているのは、
その医療機関以外に、
そうした患者さんを受け入れてくれるところがないからではないか、
と僕は思います。

本来は問題行動を頻繁に起こすような患者さんこそ、
高次の医療機関で万全の体勢での治療が行なわれるべきです。
しかし、実際にはそうではありません。
それは僕の経験から言っても、
間違いなくそうではありません。
待合室でも長く待つことが出来ず、
予約の時間も守れないような患者さんは、
大きな医療機関では受け入れを拒まれるからです。

これは以前取り上げた癌の専門病院の話に似ています。

癌の専門病院で日本有数のある病院は、
治る患者さんしか診療はせず、
治る可能性の低い患者さんは最初から排除しています。
一度診ていた患者さんでも、
その容態が悪くなれば、
追い出すようにして地域の医療機関に逆紹介します。
従って、その病院の治療成績は抜群です。
治る見込みの薄い患者さんは、
はなから診ないからです。
そして、そうした患者さんを診療する末端の医療機関は、
治る可能性の低い患者さんばかりを診るのですから、
当然その治療成績は低いのです。

しかし、本当にまっとうな医療機関はどちらでしょうか?

精神科の大病院や大学病院の精神科では、
過量服薬を起こすような患者さんの数は少なく、
末端の医療機関ではそうした患者さんが多いのです。

しかし、それは確かに診療レベルの差によるものかも知れませんが、
大きな病院ほど問題行動のある患者さんを排除しがちである、
という現実も考慮に入れて頂かないと、
その事実の判断は、公平なものにはならないと思います。
上の記事のような論調が主流になると、
過量服薬の患者さんの多い医療機関は、
その免許を剥奪せよ、というように、
問題はやや的外れの方向に転がって行くのではないか、
というように危惧されてなりません。

皆さんはどうお考えになりますか?

最後に誤解のないように少し補足をします。

精神科や心療内科に掛かり、
不必要な投薬を受けたり、
不必要に多くの薬剤を処方されて、
体調を崩されたり、
却って病状を悪化させたり長引かせたりする患者さんが、
実際に多くいらっしゃることは事実だと思います。
上の記事に登場する医療機関は、
そうした医療機関なのかも知れません。
ただ、僕の言いたいことは、
不適切な処方やその依存、
そして衝動性などの深刻な副作用と、
過量服薬の問題とはまた別だ、ということです。
それを分けて考えずに一まとめにして、
厚労相が言われるように、
「薬漬け医療」として1つの問題のように論じることは、
本当に助けの必要な患者さんの、
行き場をなくすことにもなりかねないのだ、
ということを、是非心に留めて、
この問題を考えて頂きたいのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(40)  コメント(7)  トラックバック(0) 

nice! 40

コメント 7

Liz

風邪を引いたら内科を受診するように、心の病気になったら
心療内科 or 精神科を受診します。精神科医がいなくなったら
困りますよ。

昨日こちらへリンクを致しました記事Blogは、精神科医全てを
敵対視した記事です。それは問題だと思います。あの記事を
UPされ方というのはどのような方なのか存じ上げませんが、
少なくっても精神科医に対し偏見や恨みを持った方なのでは、と
わたし自身の勝手な憶測です。

人間社会というのは例えに,裁く人・裁かれる人も同じようにミスを
致します。それらから言えるように医師も人間である以上
100%完璧な医療など存在しないと思うのです。

決して精神科だけが特別なのではなく、内科も皮膚科も投薬ミスや
診断ミス等が有っても全く不思議ではありません。

何よりも1番大切なのは、患者と医師との信頼関係構築だと
思います。医師が想定出来る最悪のミス(自殺や投薬ミス等)が
少なくなるような気が致します。。

※先に書いた、『人間のミス』に関し、
それを『ルビンの壷』に例えた記事がwebに沢山あります。

次のURLの画像で、初めてご覧になられた方、 何に見えますか?
http://www.chaponay.com/mels/rubin.jpg

ご存知のない方は、石原先生より解説を~ 頂いて下さいませ。

by Liz (2010-07-02 09:52) 

yuuri37

休みを楽しんでいます。
普段見ないテレビというものを楽しんでます。今、見ていたのはBS(NHK)「総合診療医・ドクターG」というもの。福井県立病院のERの先生がゲストでした。研修医が4人で病名を言い当てるという内容で、私も挑戦、初期期診断では、急性虫垂炎を当てることができませんでした。心の中でCT撮ればいいのにと思っていたら、研修医の一人が「CTを」というと、先生が笑いながら「では、あなたはCTのある病院じゃなければ使い物になりませんね」と
あじゃー言えてる。誰もいないのに恥ずかしくって、つい顔をタオルで隠してしまいました。
今日の過剰服薬の問題もそうだと思うのですが、人はつい自分の置かれた環境下で物事を考えてしまいます。でも、公の場では、偏った見方を避けなければいけないはずです。でも、それがなかなかできないというか、私を含めそこまで思慮し、考察できない人間が増えているように思います。
一方方向からしか視ずに他方を批判する。そのことによって苦しむ人がいることなんて、頭の隅にもないのかもしれませんね。誰もが、プリンス、プリンセスで育ってきたから・・・

by yuuri37 (2010-07-02 13:20) 

fujiki

Lizさんへ
コメントありがとうございます。

そうですね。
大事なのは矢張り人間同士としての信頼関係だと思うのですが、
それが一番難しいのかも知れません。
by fujiki (2010-07-02 22:11) 

fujiki

yuuri37 さんへ
その番組はまだチラ見しかしていませんが、
録画してあるので今度見てみます。
「ジェネラル・ルージュの凱旋」のドラマ版も、
ケース・カンファランスみたいな内容でしたし、
こういうのが流行るのでしょうか?
ゲーム感覚なのは、何かちょっと抵抗はあります。
by fujiki (2010-07-02 22:20) 

yuuri37

海外ドラマの影響じゃないでしょうか。
全米で視聴率1位を取った「Dr.ハウス」というドラマなんかがそんな感じです。でも、ドラマだからいいんだと思うんですよ。
昨日の番組は、実名で勤務先も公表で研修医が登場するんです。
最近、私も経験したのですが、ネットをはじめとするメディアとの付き合いはかなり慎重になされなければいけないと思いました。
研修医とて医師であり未来を担っています。
でも、出演者の何人かはバッシングを受ける可能性があります。
そんなこと考えもしない環境で育ち生活していると、頭の片隅にもないから。
彼らは、中学・高校ぐらいから、受験勉強に明け暮れ、超ハードな研修医時代に突入。どんなリスクがあるかなんて、考えている暇なんてない。「お前、出演してこい」と言われれば「え~、私ですか・・・いやだあ」と言って喜んで出演するでしょう。
周りが守ってあげなきゃ・・・
私が思っていたより、世の中病んでいるんですね。
神様から時間をいただいたのでブログを読んでみると、あちこちから悲鳴が聞こえてきます。びっくりです。
正直、ブログを読む時間もなかったので、認識が甘かったようです。
みんな、今の私のように病気と根比べ、不安と焦りを感じ、モンモンと生きているのかも・・・
こんな時間に、PCで遊んでる。申し訳ないで~す。












周りが守ってあげなきゃ、
by yuuri37 (2010-07-03 12:25) 

fujiki

yuuri37 さんへ
今帰って来ました。
今日はちょっと急変があったりして慌てました。
あの番組の研修医は僕も道で会ったら、
物を投げたい気分になります。
でも、確かに何も意識せずに、
軽い気持ちで出演しているのかも知れませんね。
ブログもメディアの一種なのだと思いますが、
タブーが多いので、
それを忌避すると自分の一部を隠さざるを得ず、
そうなると書いた自分と、
本来の自分とは乖離して来るので、
それが葛藤の原因となるのかも知れません。
僕は正直自分の言いたいことは、
殆どブログでは書いてはいません。
そうすると、次第に本当に自分の言いたいことが、
何だったのかと考えても、
忘れてしまうのが怖いな、
と言う気がします。
by fujiki (2010-07-03 21:46) 

y

私はこのニュース記事は直接見たことはなく、
このブログ記事で初めて知りました。
読んで憤りを感じました。

オーバードースの原因が多剤大量処方にあるなどというのは
こじつけとしか思えません。

大量に処方された患者が全員オーバードースするとは限りませんし、
たとえ少量しか処方しなくても
本気でオーバードースしようとする患者はドクターショッピングで
大量の薬を手に入れますから。

防ぐには家庭で患者を厳格に管理したり(お金とか保険証とか)、
大きな病院が入院を受け入れてくれることが必要で、
処方した診療所の先生がぜんぶわるいなどというのは
あまりに一方的で、非建設的な論調です。

このような報道は精神医療への不信感を不当に煽る報道で、
患者としても大変迷惑ですからやめてほしいです。
by y (2014-01-03 12:30) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0