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「アクトス」の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は糖尿病治療薬、
「アクトス」の話です。

アクトス(一般名ピオグリタゾン)は、
武田薬品の薬で国産の薬です。

この薬は従来の糖尿病の薬とは一線を画し、
膵臓を刺激してインスリンを出させるのではなく、
インスリンの効きを良くする作用に特化した、
「インスリン抵抗性改善剤」です。

どのようにして、
アクトスはインスリンの効きを改善するのでしょうか?

その秘密は脂肪細胞にあります。

所謂「メタボリックシンドローム」は、
内臓脂肪の増加によって、
インスリンの効きが悪くなることが、
その本態とされています。

脂肪細胞というのは、
一種のホルモン分泌細胞で、
メタボの状態では、その細胞は膨れて粒が大きくなり、
そこから悪いホルモンが沢山分泌され、
それがインスリンの効きを悪くして、
動脈硬化を進行させます。

アクトスは、脂肪細胞のPPARγ という転写因子を活性化させ、
それによって脂肪細胞を縮小させます。
このことによって、悪いホルモンは分泌されなくなり、
インスリンの効きは良くなって、
動脈硬化の進展も抑えられるのです。

凄いでしょ。

ここまでは良いこと尽くめの薬です。

ところが…

実際にこの薬を使ってみると、
幾つかの問題が明らかになりました。

まず、心臓への負担です。

この薬はPPARγという転写因子を活性化する薬です。
脂肪細胞にあるPPARγだけに効果があるのなら、
問題はないのですが、
実は腎臓の尿細管という部分にも、
この因子の活性部位が存在します。
その刺激により、
ナトリウムが再吸収され、
その結果として、
身体は塩分を過剰に蓄えるようになります。

通常心臓や腎臓の働きが正常であれば、
このことは大きな問題にはならないのですが、
心臓の働きが落ちている患者さんでは、
塩分を貯め込むことにより、
心臓の負担が増し、
心不全の悪化の原因になります。

従って、この薬は心不全の患者さんには、
使ってはいけません。

ただ、問題は糖尿病の患者さんでは、
糖尿病の影響により、
心不全はなくても、心肥大が起こったり、
心臓の広がる力が、やや落ちたり、といった変化は、
むしろ一般的なことでもある、という事実です。
つまり、軽度の心臓の働きの低下は、
むしろ糖尿病の特徴でもある訳です。

従って、ちょっと心臓の働きの落ちている人には良い薬だけれど、
うんと心臓の働きが落ちている人には危険な薬、
というようなやや不自然なことが、
本当に有り得るのか、という疑問と、
心臓の働きがどのくらい落ちていたら危険と言えるのか、
という具体的な適応についての疑問が生じます。

昨日もお話したように、
アクトスと同じようにPPARγを活性化する、
もう1つの薬であるアバンディア(一般名ロシグリタゾン)は、
心臓死や心筋梗塞を誘発するのでは、
という疑惑がアメリカで問題になっています。

ここで皆さんに誤解しないで頂きたいことは、
心不全の悪化という病態と、
心臓死や心筋梗塞の増加、という現象とは、
同じ心臓の問題ではあっても、
全く別の現象として考える必要がある、
ということです。

アクトスもアバンディアも、
塩分を過剰に身体に貯め込む作用がある、
と言う点では同じです。
心臓というのはポンプの1種で、
そのポンプとしての性能が落ちた状態では、
過剰な塩分はそのポンプの働きを更に弱める危険があります。

しかし、急性の心臓死の原因は、
その多くは急性心筋梗塞で、
それは心臓を栄養する冠状動脈という血管の、
動脈硬化が主な原因です。
この心筋梗塞は、心臓のポンプとしての働きとは、
無関係に起こるのですから、
確かに心不全の方に心筋梗塞が起これば、
それだけ死の危険は高いものになりますが、
基本的に両者は別個のメカニズムで起こる、
別個の現象なのです。

理屈から言えば、アクトスもアバンディアも、
動脈硬化を改善する薬の筈です。
とすれば、糖尿病の死亡の最も多い原因である、
心筋梗塞の発生も減らして当然の筈です。
ところが、アバンディアの場合、
その死亡のリスクが、むしろ多いのではないか、
という疑惑が幾つかの研究から指摘されているのです。

どうも糖尿病における心臓死の問題というのは、
一筋縄ではいかない部分を含んでいるようです。

さて、アクトスの次の問題点は、
この薬を飲むと、体重が増える場合が多い、
ということです。
体重が増えると内臓脂肪が増えて、
その結果としてインスリンの効きが悪くなる、
というのが通常の説明です。
アクトスがインスリンの効きを改善し、
脂肪細胞を小さくするなら、
当然体重は減っていい筈ですが、
実際には増えるのです。

これは何故でしょうか?

1つの説明は塩分の溜め込みのために、
浮腫みが出るのだ、というものであり、
もう1つの説明は、
脂肪細胞の大きさは小さくするけれど、
細胞の数はむしろ増やすので、
それで却って体重が増えるのだ、
というものです。

更にもう1つの問題点は、
この薬を続けて飲むと、
骨の量が減り、骨折が多くなるのでは、
という推測をさせるようなデータが存在することです。
その原因は全く不明です。

アクトスは糖尿病の薬の中で、
大規模臨床試験で、心筋梗塞や心臓死を減らした、
初めての薬です。
ただ、それでいて心不全は悪化させ、
骨折を増やし、体重を増加させる作用のある薬でもあります。

PPARγの活性低下というのは、
確かに糖尿病の悪い作用の本質の1つではありますが、
単純にそれを活性化させれば、
それで糖尿病が全体として改善する、
というほど単純な話ではなさそうです。

今後よりその作用を特化させたPPARγの作用薬の開発が、
待たれるところだと僕は思います。

最後に当面の僕のアクトスの処方方針ですが、
浮腫みのある方や心不全の治療中の方に、
使用しないのは勿論ですが、
心電図で心筋障害の疑われる所見があったり、
血液の心不全の指標である、
BNPという数値が、
概ね50を超えるケースでは使用を控えています。

今日は糖尿病治療薬、アクトスの総説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

iyashi

アクトスの副作用で浮腫みが多いのは、このような作用機序があったのですね。勉強になります。
by iyashi (2010-03-02 08:40) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。

浮腫みの原因は、完全には明らかではなく、
ナトリウムの再吸収以外にも、
メカニズムのある可能性も残っています。
by fujiki (2010-03-03 06:27) 

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