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クラリスロマイシンの心血管疾患リスクについて(2016年香港のデータ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
クラリスロマイシンの心血管疾患リスク.jpg
今月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
クラリスロマイシンという非常に広く使用されている抗生物質による、
心臓病などの副作用や有害事象についての論文です。

マクロライド系と呼ばれる抗生物質があります。

エリスロマイシンから始まって、
クラリスロマイシン(商品名クラリス、クラリシッドなど)、
アジスロマイシン(商品名ジスロマックなど)、
ロキシスロマイシン(商品名ルリッドなど)が、
その主な薬剤です。

マクロライドには、
他の抗生物質があまり有効でない、
マイコプラズマやクラミジアといった病原体にも、
抗菌力を有するという特徴や、
抗菌作用以外に、
抗炎症作用や免疫の調整作用などがあると言われていて、
慢性の気道感染症や、蓄膿症などに対して、
通常より少ない量で半年以上という期間、
持続的に使用するという使用法も、
主に日本で施行されています。

このように有効性の高い抗生物質であるマクロライドですが、
乱用による耐性菌の増加という問題と共に、
近年指摘されているのが、
心臓に対する有害事象のリスクです。

マクロライドのうち、
エリスロマイシン、クラリスロマイシン、
そしてアジスロマイシンの3種類については、
QT延長と呼ばれる心電図異常を来たし、
心室頻拍などの重症不整脈の発症リスクが増加して、
最悪では心停止を来す、
というメカニズムがほぼ明らかになっています。

実験的には全てのマクロライドにおいて、
薬剤の作用により、
心臓の細胞の遅延整流カリウムチャネルが、
開くことが妨害されるので、
心筋細胞の再分極が遅延して、
QT延長に至ると考えられています。

つまり、マクロライドが存在すると、
心臓の筋肉の動きの一部に異常が起こり易くなり、
それが不整脈を誘発するのです。

しかし、それでは実際に患者さんに使用されている用量で、
どの程度そうしたリスクが存在しているのでしょうか?

この点については、
症例報告のようなものは沢山あっても、
まとまった報告としては、
それほど多くのデータが存在している訳ではありません。

その中ではアメリカの医療保険のデータを活用した、
2つの大規模な疫学データがあり、
エリスロマイシンとアジスロマイシンによる、
使用後の心臓由来の突然死と心筋梗塞などによる死亡のリスクを、
それぞれ検証しています。
そのどちらもペニシリン系の抗生物質との比較において、
心臓死が増加したという結論になっています。

そのリスクの増加は最大で2倍程度のものです。

アジスロマイシンに関しては、
その後も幾つかの報告があり、
以前ブログでも何度かご紹介したことがあります。

最初の2012年のアメリカの報告では上記の結果だったのですが、
2013年にデンマークにおける同様の研究結果が報告され、
今度はペニシリンとアジスロマイシンとの間に、
明確な心臓死のリスクの違いは認められなかった、
という結果になっています。
更に2014年のアメリカの別個の報告は、
退役軍人の医療保険のデータを活用したものですが、
アジスロマイシンの使用により、
ペニシリンと比較して総死亡のリスクを1.48倍、
重症不整脈のリスクを1.77倍、
有意に増加させた、という結論になっています。

どうやらこの辺りのデータから見えて来るのは、
アジスロマイシンの不整脈リスクは、
心臓の病気を持っている高齢者に使用したようなケースで、
最も増加する傾向のものではないか、
ということです。

さて、最も使用頻度の高いマクロライドは、
クラリスロマイシンですが、
意外にもクラリスロマイシンで同様のリスクを検証した、
大規模な臨床データはあまり存在していません。

クラリスロマイシンで問題となるのは、
この薬が肝臓の代謝酵素CYP3A4で代謝されると共に、
その阻害作用を強く持っている、と言う事実です。
CYP3A4で代謝される薬剤は非常に数多く、
そうした薬とクラリスロマイシンを併用すると、
クラリスロマイシンの血液濃度が上昇することが知られています。

QT延長のメカニズムから推測して、
血液濃度の上昇がリスクの増加に結び付くことは、
充分な蓋然性を持つ推論だと思われます。

一方で使用頻度は少ないのですが、
ロキシスロマイシン(商品名ルリッドなど)というマクロライドがあり、
この薬もCYP3A4で代謝されるものの、
その阻害作用はより少ないと考えられています。

2014年8月のBritish Medical Journal誌に、
デンマークでクラリスロマイシンとロキシスロマイシンの、
使用後30日以内の心臓死のリスクを、
処方記録と死亡記録とを照らし合わせる形で検証しています。

その結果、
ペニシリンVの使用後では、
年間1000人当たり2.5件という発症率であるものが、
クラリスロマイシンでは5.3件となり、
これは1.76倍の死亡リスクの有意な増加と計算されました。
一方でロキシスロマイシンでは2.5件で、
これはペニシリンVと有意差はありませんでした。
クラリスロマイシンによる心臓死リスクの相対的増加は、
女性で2.83倍と大きくなっていました。

しかし、
クラリスロマイシンについてのこうした知見は、
大規模な物は他には存在していません。

特に一般の臨床において気になることは、
クラリスロマイシンはピロリ菌の除菌や蓄膿症の治療において頻用されていて、
そうした治療においても同じようなリスクがあるのだとすれば、
これは看過出来ないことだという気がします。

今回のデータは香港のもので、
処方データを例によって後から解析したものですが、
クラリスロマイシンの処方事例108988例を、
アモキシシリンの処方事例217793例と2対1で対比し、
処方の開始からの期間と心血管疾患のリスクとの関連を検証しています。
また、クラリスロマイシンを含む、
ピロリ菌の除菌治療(14日間)を施行した患者さんにおいて、
処方後とそれ以前の時期の心血管疾患リスクの比較もしています。

その結果…

アモキシシリンを使用した場合と比較して、
クラリスロマイシンを使用した場合には、
処方開始後14日以内の心筋梗塞の発症リスクは、
3.66倍(2.82から4.76)に有意に増加していました。
重篤な不整脈のリスクも2.22倍(1.22から4.06)、
総死亡のリスクも1.97倍(1.83から2.11)、
それぞれ有意に増加していました。
この処方から短期間の心血管疾患や死亡リスクの増加は、
処方開始後15日以降では有意ではなくなっていました。
また、脳卒中のリスクの増加は、
短期も含めて認められませんでした。

ピロリ菌除菌事例の検証においても、
矢張り処方開始後14日以内の心筋梗塞のリスクは3.38倍、
不整脈のリスクも5.07倍と増加が認められていました。
こちらも15日を超えてのリスクの増加は認められていません。

つまり、今回の香港のデータでは、
クラリスロマイシンによる心筋梗塞や不整脈のリスクの増加は、
処方開始後14日以内に認められていて、
その後の時期には確認されていません。
推定されているように、
クラリスロマイシンの使用により一時的なQT延長が起こるとすると、
その影響は短期間のみ起こると想定した方が、
理に叶った結果のように思います。

現状の僕の考えとしては、
心疾患の疑いのある特に高齢の患者さんでは、
マクロライドの使用は原則は慎重使用を原則とし、
健康保険の規定上微妙な部分はありますが、
リスクが高いと想定されるケースでは、
ピロリ菌の除菌にもクラリスロマイシンの使用は避けます。
特に不整脈や心筋梗塞の既往のある場合は、
原則禁忌と考えるのが妥当なように思います。
どうしても使用が必要なケースでは、
ロキシスロマイシン(ルリッドなど)を優先します。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

ひでほ

非代償性肝硬変チャイルドBのひでほと申します。
7月に再AVR(on-x弁)を受け、その後アンモニア対策にカナマイシンが追加となりました。最近2連発の不整脈がよく出るようになったり、R-R間隔にばらつきが多いのですが、関連性はありますでしょうか?ご指導よろしくお願いします。
by ひでほ (2016-01-19 19:29) 

fujiki

ひでほさんへ
カナマイシンンは経口の場合は、
ほとんど血液には移行しないので、
絶対とは言えませんが、
心臓に影響を与えることはほぼない薬だと思います。
by fujiki (2016-01-20 06:15) 

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