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カマンベールチーズの認知症予防効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は終日レセプト作業の予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
カマンベールチーズと認知症1.jpg
先月のPLOS one誌に掲載された、
カマンベールチーズの成分を摂取したネズミで、
アルツハイマー型認知症の進行が予防された、
という趣旨の論文です。

これはもう1つの文献とセットになっています。
それがこちらです。
カマンベールチーズと認知症2.jpg
キリン株式会社が、
小岩井乳業株式会社と、
東大大学院農学生命科学研究所との合同で行った研究で、
キリン株式会社のサイトに、
解説記事が出ています。

認知症の予防に効果のある食品というのは、
非常に多くのものが候補としては上がっています。

ただ、疫学データで明瞭な傾向があって、
食事にその成分を添加して経過を見るような、
所謂介入試験によってもその効果が確認され、
更には動物実験その他によって、
その有効性のメカニズムも解明されている、
というような食品は、
まだ1つも存在はしていないように思います。

最も精度の高いデータが多いのは、
僕の知識の範囲ではココアフラボノイドで、
疫学データも大規模なものがあり、
介入試験も複数行われていて、
一定の有効性が確認されています。
ただ、そのメカニズムは不明です。

ヨーグルトやチーズについては、
若干そうした報告はありますが、
ココアフラボノイドと比較すると、
それほど明瞭なものとは言えないと思います。

上記文献の記載においては、
「チーズなどの発酵乳製品を摂取することにより、
老後の認知機能低下が予防されることは、
疫学の分野ではすでに報告されているが…」
となっていて、
3つの文献が引用されています。
(記載の文章自体はキリンの和文記事によります)

ただ、その中身を見てみると、
1つは久山町研究ですが、
乳製品やチーズなどの単独の影響を見たものではなく、
食事の内容をパターン化して、
その後の病気の発病率を見たものです。
もう1つはオーストラリアのデータですが、
低脂肪のヨーグルトが男性のみで記憶の再生能力を改善し、
低脂肪チーズが女性でストレス軽減作用があった、
というような内容で、
3つ目は多くの食品と生活習慣病との関連を見たものです。

つまり、
いずれも多くの人の食事の調査をして、
病気の発症率を比較したようなもので、
チーズのみの効果を検証したようなものではありません。
介入試験もありません。

従って、チーズに認知症予防効果があるとする疫学データがある、
というのは嘘ではありませんが、
それほどのデータの蓄積もなく、
多くは別の食品との抱き合わせの結果で、
介入試験もありませんから、
やや言い過ぎのような気もします。

今回の第1の文献の流れは、
疫学データではチーズに認知症予防効果が期待されるので、
アルツハイマー型認知症のモデル動物のネズミに、
カマンベールチーズを食べさせ、
普通の餌のみのネズミと、
認知症の進行の度合いを比較する、
というものですが、
カマンベールチーズに特に認知症予防効果がある、
というような文献は、
1編も引用はされていませんから、
突然カマンベールチーズのみが対象として出現し、
それが驚いたことに、
一番効果的だった、というのは、
ちょっと奇異な感じを受けます。

第2の文献はそれ自体としては独立しているのですが、
矢張り同じ文献群を引用して、
チーズに認知症予防効果がある、
という推測を述べ、
そのメカニズムとして、
ミクログリアの過剰反応による炎症の抑制を想定し、
色々なチーズの成分で、
炎症性サイトカインなどの測定から、
どのチーズの成分が抗炎症作用を持っているのかを解析しています。

ミクログリアというのは、
脳内にある白血球のような免疫細胞で、
脳内に侵入した異常蛋白などを貪食し、
脳を障害から守るような働きをしています。
その一方でアルツハイマー型認知症では、
βアミロイドを過剰に取り込んだミクログリアが、
炎症性のサイトカインを過剰に放出し、
それにより起こる脳内の炎症が、
神経障害を進行させ、
認知症を進行させると考えられています。

要するに流れとしては、
色々なチーズでまず試してから、
カマンベールチーズが最も予防効果が高そうだ、
という結論に達し、
その認知症予防効果を実際に検証した、
ということになるのですが、
それにしては2つの論文が並んで掲載されていて、
独立していながら、
別箇の物質をその原因として同定しているので、
何かちょっと不思議な印象を持つのです。

僕の印象としては、
カマンベールチーズでデータを出したい、
という意向がまず存在していて、
実験が行われているように思われます。

さて、最初の論文においては、
アルツハイマーのモデル動物のネズミに、
3か月齢の段階で、
通常の餌と、
カマンベールチーズから脂肪を除去した成分を、
重量比で2%含む餌とで飼育し、
6か月齢の段階で、ネズミを殺して脳を取り出し、
その異常蛋白(βアミロイド)の蓄積量と、
海馬における炎症性サイトカインの産生量、
そして海馬の神経成長因子の発現量などを計測しています。

その結果、
カマンベールチーズを摂取したネズミは、
そうでないネズミと比較して、
脳内のβアミロイドの蓄積量が少なく、
海馬の炎症性サイトカインも抑制され、
その一方で神経の再生を示唆する神経成長因子は増加していました。

その後カマンベールチーズの抽出物を、
ガスクロマトグラフィーで分析し、
最も目立った成分で、
白カビ菌による発酵後に著明に増加する成分として、
オレイン酸アミドという物質を同定しています。

このオレイン酸アミドが、
ミクログリアによるβアミロイドの貪食を進め、
その一方で炎症性サイトカインの産生は抑制する、
という作用のあることが確認されています。
ネズミに3日間オレイン酸アミドを摂取させた実験でも、
脳内の炎症の抑制は確認されていますから、
この物質が脳内移行して作用することも間違いないようです。

ただ、論文の締め括りの表現はややトーンダウンしていて、
カマンベールチーズのみで認知症が予防されるとは考え難く、
赤ワインのポリフェノールや魚のω3脂肪酸などと一緒に摂取するような食生活が、
トータルで良い影響を及ぼすのでは、
というような記載になっています。

ここまでが最初の文献の内容です。

2番目の文献は、
まず最初の文献と同じような、
認知症のメカニズムにおける、
ミクログリアの関与の推論と、
チーズやヨーグルトで認知症が予防されるのでは、
という疫学データのあることの紹介が再びあり、
その上でまず複数のタイプのチーズの成分で、
培養したミクログリア細胞からの、
炎症性サイトカインの産生抑制が見られるかどうかを検証したところ、
カマンベールチーズとゴルゴンゾーラチーズでのみ、
そうした現象が認められ、
やや飛躍がある気がするのですが、
その後はカマンベールチーズの成分のみで、
検証が行われています。

その成分をガスクロマトグラフィーを用いて分析したところ、
今度はデヒドロエルゴステロールという、
成分が同定され、
それが発酵により強い抗炎症作用を、
ミクログリア細胞に対して有することが証明されました。

ミクログリアが活性化すれば、
通常は炎症が惹起される筈ですが、
ミクログリア細胞をデヒドロエルゴステロールと共に培養すると、
一部のミクログリアのみが活性化され、
その活性化されるタイプのミクログリアは、
抗炎症作用を持つという説明です。
つまり、デヒドロエルゴステロールにより、
ミクログリアが一種の形態変化を起こし、
脳神経をより保護する方向に働く、
ということのようです。

ただ、ネズミにデヒドロエルゴステロールを飲ませる、
と言うような実験はされていないので、
厳密にはこの物質が脳内へ移行するかどうかは不明です。

キリンや東大のサイトのまとめ記事では、
まずカマンベールチーズで認知症モデル動物のネズミにおいて、
βアミロイドの沈着や脳の炎症が予防されることが示唆され、
その成分を分析したところ、
オレイン酸アミドとデヒドロエルゴステロールが見付かった、
という流れになっていて、
その方が理屈には合っているのですが、
実際の文献ではそうはなっていません。

こうした現象が、
実験の範囲では事実としてあるのだと思います。

ただ、カマンベールチーズが選択された過程や、
そこから2種類の物質が同定された課程は、
あまり説得力を持って記載されておらず、
その点が不自然な印象を持ちます。

2つの文献で2つの異なる物質が、
それぞれ認知症予防効果を持つものとして同定されていますが、
どちらがメインでそうした作用を持つのか、
両者がないと駄目なのか、
そうした点が明確ではありませんし、
最初の文献にある、
ネズミに食べさせた時の実際の脳の変化が、
同定された物質でも再現されるのかどうかも不明です。
デヒドロエルゴステロールに関しては、
実際に脳内で作用を起こすかどうかも、
確認はされていません。

本来はもっと筋道の立った実験をして、
最終的には同定された物質で認知症予防効果が再現され、
人間でも同じ効果が再現されるか、
少なくとも人間でも同様のことが起こることを、
示唆するようなデータが付加されていれば、
Natureクラスの雑誌に載ってもおかしくはない内容と思いますが、
それが不充分なまま、
2つの論文に分割されて、
PLOS oneに掲載されているのは何故なのか、
どうも何度読んでもしっくり来ないものがあるのです。

この研究グループが本気であれば、
次は当然人間での介入試験ということになる筈で、
そうしたデータが報告されれば、
これは本物だと言って良いと思いますし、
このままネズミの実験で立ち消えになる話であれば、
そこまでのもののように思います。

ココアの介入試験のデータは、
Nature Neuroscience誌に載りましたし、
前向きに今後の成果を是非期待したいと思います。

最後に確認ですが、
カマンベールチーズは実験においては、
脂肪分を除去した形で、
かなりの大量が使用されていて、
それを通常の本物のチーズで再現しようとすれば、
塩分や脂肪の摂取量はかなりの物になり、
あまり健康にトータルに良いとは言えません。
乳製品は死亡リスクを上げるのでは、
という疫学データもありますし、
摂れば摂るほど良い、ということではありません。
これはココアも同じです。
青かびにはこうした効果はない、という結論です。

従って、現状のデータからの理解では、
ブラック・チョコレートを一欠片と、
カマンベールチーズを一欠片を、
毎日摂るのがリスクは少なく、
場合によっては認知症を予防するかも知れない、
くらいに考えて頂くのが良いように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 8

底辺薬剤師

いつも、楽しく拝読しています。
トクホ以外の食品でも論文さえ有れば、論文の質を問わず効能効果が表示できるようになり、食品関係の情報提供が増えてくると考えています。
タイムリーな記事で勉強になりました。
これからも、食品関連の記事も期待してます。
ps
本もAmazonより購入して、気の合う患者さんには勧めています。
by 底辺薬剤師 (2015-04-01 10:09) 

さき

お疲れさまです。
ほどほどに食べるのがよいと思います。
乳製品は体に良いですから、美味しく、
腹八分目かと。
by さき (2015-04-01 11:36) 

dumbo

fujikiさま、こんにちは。
小岩井、キリンさんともにおいしく頂いております。
脚気が蕎麦でよくなると考えられていたこともあるようですので、
大発見につながるといいですね。
by dumbo (2015-04-01 14:49) 

fujiki

薬剤師さんへ
コメントありがとうごございます。
また本お薦め頂きありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2015-04-02 07:55) 

fujiki

さきさんへ
コメントありがとうございます。
乳製品の健康評価は、
最近は揺れているように思います。
by fujiki (2015-04-02 07:56) 

fujiki

dumboさんへ
コメントありがとうございます。
何か成分を強化したような、
商品を出すのかも知れませんね。
おそらく、そうした点で投稿を、
急ぐ必要があったのかも知れません。
by fujiki (2015-04-02 07:57) 

くもまん

いつも興味深く拝見しています。
すれ違いで恐縮ですが、6月末に、

Hope for Alzheimer's treatment as researchers find licensed drugs halt brain degeneration
http://www.theguardian.com/society/2015/jun/30/alzheimers-treatment-researchers-licensed-drugs-halt-brain-degeneration

という記事が出ました。
一刻も早く有効な治療方法が見つかるといいなあと思っている中で、認可済みの医薬品にその可能性があるとのこと。
ぜひ、この記事の感想をお聞かせください。

by くもまん (2015-08-07 12:36) 

fujiki

くまもんさんへ
コメントありがとうございます。
まだ薬品名を含めて、
開示はされていないお話のようですね。
こういうものはこれまでにも沢山あったので、
過度の期待は禁物のように思います。
by fujiki (2015-08-09 08:30) 

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