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蜷川幸雄演出版「海辺のカフカ」 [演劇]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプトのとりまとめなどして、
それから今PCに向かっています。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
海辺のカフカ.jpg
村上春樹さんのベストセラー「海辺のカフカ」を、
アメリカ人が戯曲化し、
それを蜷川幸雄が演出した舞台が、
本日まで赤坂ACTシアターで上演されています。
2012年初演の舞台の、
キャストをかなり入れ替えての再演です。

村上春樹作品の本格的な舞台化というのは、
これまでにあまり類例がなく、
今回も元々アメリカの劇団向けに書かれたものなので、
それで実現したようなところがあります。
以前短編の幾つかを演劇化した試みがありましたが、
それも演出はイギリス人で、
原作はわざわざ英語版の短編集でした。
外国人にだけOKを出す、というところが、
何となく嫌らしい感じがしますが、
作者の意向なのですから文句を言う筋合いはありません。

村上作品は会話の占める比率が大きいですし、
登場人物の数もそれほど多くはありませんから、
演劇化すること自体は、
それほど難しくはありません。

しかし、「面白い芝居」にするのは、
かなり困難な作業であるように思います。

作品の台詞を実際に舞台で言葉にすると、
良くも悪くも淡々としていて、
舞台表現に不可欠な集束感や昂揚感に欠けますし、
起こる出来事も、
そのままやってしまうこと自体は簡単ですが、
舞台表現としては、
成立させるのが難しい面があります。

短編を再構成したイギリス人演出家の舞台も、
正直あまり演劇としての面白さはありませんでした。

今回もそんな訳であまり期待はしていませんでした。
ただ、初演の評判が意外に良かったので、
どういうことかしら、とちょっと興味が湧き、
再演には足を運ぶことにしました。

これは意外に良かったですね。

戯曲はかなり原作に忠実なのです。

ダイジェストの感じですが、
原作の重要な要素は全て入っています。
ただ、最後にお化けみたいなものが出て来るところはありません。
また、「海辺のカフカ」という絵の存在は、
舞台にさりげなく登場してはいますが、
ほぼ消去され、
佐伯さんが書いて燃やされる原稿も出て来ません。
その代わりに歌だけを強調するのは、
作劇として非常にクレヴァーだと感じました。
思い出から具体物は消去し、
目に見えない「歌声」だけを残しているのです。
この点のみでは原作を越えたと思います。

原作は断章が連続するようにして、
幾つかのパートが並行して語られますが、
戯曲もその通りになっていて、
従って短い場面が次々と続きます。
これを普通に演出すれば、
トータルな流れが感じられず、
ゴタゴタした感じになってしまいます。

そこを、蜷川マジックと言うべきでしょうか。
舞台セットを複数のパーツに分けて、
それぞれをドールハウスを思わせるような透明な箱に入れ、
中に仕込まれた蛍光灯で妖しい耀きを放つ、
その宝石箱のようなパーツが、
音楽と共に舞台をすべるように動き、
それぞれの場面を過不足なく表現して行くのです。

特にオープニング、
青いドレスの宮沢りえを入れた小さなガラスケースが、
幾つもの光り輝くケースを縫うように進む様は、
ちょっと息を呑むような美しさです。

ただし、同じことの繰り返しになるので
後半はちょっと新味がなくダレては来ます。
また、ラストで再び同じことを繰り返すのは、
さすがに蛇足という感はありました。

後半主人公達が一種の「魔界」に入るところは、
グラスケースの間を掻い潜るような感じになるので、
これは芸がない、という気がしました。
ここはシンプルに、何かを越える、
という演出は必要だと思います。

以下、内容に少し踏み込みますので、
原作を未読の方はご注意ください。

戯曲は作品のエッセンスを巧みに拾い上げています。
それをまた、非常に分かり易く構成した演出もさすがです。

ただ、テンポはゆったりしていて、
余白を大切にし、
上演時間は3時間半近い長尺ですから、
原作に対する興味のない方には、
退屈に感じるかも知れません。

この作品はギリシャ悲劇のオイディプスがベースになっていて、
要するに仮想の世界で父親を殺し、
母親と寝る、という話なのですが、
原作を読んでも個々のディテールに幻惑されて、
その構造にはなかなか気付きません。

それがこの舞台を観ると、
すんなり腑に落ちるように出来ています。
その辺りはさすがだと思います。

また、前半のラストに、
仮想の父親であるジョニー・ウォーカーが登場し、
猫を解剖して首を切り取るのですが、
それをちょっと悪趣味に思えるほど緻密に描写しています。
蜷川さんのアングラ趣味が、
かなり明確に出た場面だと思います。
おそらく今回蜷川さんが一番やりたかったのは、
これだと思います。
それを少年がアイヒマンについての本を読む場面と、
同じ空間で対比させるように演じているのですが、
2つの情景の重なり合いを、
原作より的確にかつ象徴的に示していて、
これも優れた脚色でありまた演出だと思いました。
原作にはこのエピソードは並んで出て来るのですが、
明確に対比されている訳ではありません。
ここは戯曲の創意です。

役者さんとしては初演から連続登板の木場勝己さんが、
頭1つ抜けた好演で、
他のキャストも概ね節度を保った好演でしたが、
やや大人し過ぎる感じはありました。
特に主役の少年には、
もう少し熱情があればより良かったと思います。

総じて原作のファンには新しい気付きのある面白い作品で、
原作のイメージを決して崩してはいないので、
むしろ原作を読んだ方に、
お薦めしたい舞台です。
このところ蜷川幸雄さんの演出は、
意外に良いですね。

猫の解剖で趣味を出したり、
空から大量の魚が降って来るという、
別にやらなくてもいいエピソードを実際にやって、
その後で無理矢理超高速で片付けるなど、
節度を持って真面目に演出しているようで、
随所で遊びの入る感じがまた熟練の技なのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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