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降圧剤の止め方と中止の影響について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

「高血圧の薬は一旦始めると一生飲まないといけないですよね」
というのは、
高血圧の患者さんに薬による治療をお勧めする時、
必ずと言って良いほど聞かれる質問です。

この質問に対する正確な答えは、
一体どのようなものでしょうか?

高血圧の治療の目的は、
心筋梗塞や脳卒中などの、
所謂心血管疾患の予防のためです。

先日記事にしましたように、
これまでの多くの信頼のおける疫学データにより、
血圧を持続的に低下させることにより、
特に脳卒中の発症リスクが低下することは、
明確な事実であると考えられます。
心筋梗塞や狭心症のリスクも、
低下することはほぼ間違いがありません。

しかし、その治療は一生涯継続するべきものでしょうか?

それとも、
一定期間の治療で血圧が安定したら、
一旦止めて様子を見ても良いものなのでしょうか?

降圧剤というのは、
基本的には一時的に血圧を下げるだけの効果の薬です。

従って、薬を止めれば、すぐに血圧は元に戻ってしまうように、
その意味では思えます。

しかし、その一方で一定期間の治療の後に、
薬を中止しても、
その後長期に渡り正常血圧が維持された、
という報告が複数存在しているのです。

これは一体どういうことなのでしょうか?

こちらをご覧下さい。
降圧剤のやめ方のレビュー.jpg
これは1991年のJAMA誌のレビューですが、
題名はずばり「降圧剤治療ー止めるべきか止めざるべきか」
となっていて、
その後同様のレビューやメタ解析は幾つかありますが、
読んだ中ではこれは古いのですが、
最も充実しています。

降圧剤の中止の効果を見た試験は、
1960年代から既に複数報告されていて、
中止後一定期間正常血圧が持続した事例の比率は、
3%から74%と、かなりの幅を持って報告されています。

問題は治療に使用された薬剤もまちまちですし、
使用期間や、
中断してから観察した期間もまちまちで、
患者さんの背景もまちまちなので、
それをまとめて一般論としてこうだ、
というような結論を導くことは難しい、
という点にあります。

降圧剤を急に止めると、
それによりリバウンドとして、
急激な血圧上昇が起こるのではないか、
という危惧があります。

しかし、これは勿論薬によります。

クロニジン(商品名カタプレス)という薬があり、
中枢性交感神経遮断剤というタイプの降圧剤ですが、
この薬は高率に中止によるリバウンドが起こることで知られています。
今では使用されることは稀だと思います。

その後に主に使用され、
中断の試験においても対象となっているのは、
利尿剤とACE阻害剤、カルシウム拮抗薬などの降圧剤ですが、
こうしたタイプの薬は、
単剤で使用していて、
最小用量まで減量しても、
血圧が安定している状態であれば、
中止してもリバウンドのような急激な血圧変動は、
起こらないと考えられています。

むしろ、ジワジワと上昇するのが、
降圧剤中止の時の血圧の典型的なパターンです。

降圧剤中止の影響を見た論文が、
1980年代に多く発表されているのは、
当時まで主に使用されて来た利尿剤が、
脱水や尿酸値の上昇、カリウム値の低下などの、
症状や検査値の異常が、
しばしば認められる薬であったからです。

検査値異常が著明な場合には、
薬を中止せざるを得ないのですが、
そのことにより患者さんに悪影響が出ることを、
危惧する声が大きかったのです。
そのため、安定した血圧が維持された患者さんで、
一旦利尿剤を中止として、
その後の血圧の変動を見る臨床試験が行われました。

その結果は上記のように、
かなりばらつきがあるのですが、
中止後も一定期間、
正常血圧が維持された事例も少なからず報告されています。

観察期間は半年から1年程度のものが多いのですが、
中には4年間という長期のものも存在しています。

これは1987年のJAMA誌の論文ですが、
降圧剤の中止後、体重をコントロールし塩分制限を行なうと、
4年後の血圧も39%の患者さんで正常に維持されていたけれど、
何の指導も行わなかった場合には、
その維持率は5%に低下した、
という結果が得られています。

このように降圧剤の中止後の生活改善の努力により、
血圧が治療中止後も維持される可能性が高くなる、
という結果は他にも複数報告されています。

1985年のJAMA誌の論文では、
軽症高血圧で降圧剤中止後塩分制限をすると、
56週後にも正常血圧である患者さんが78%に達し、
しない場合のほぼ倍になる、
という結果になっています。

この場合の軽症高血圧というのは当時の基準で、
上が140代、下が90代ものを指しています。

このように、
降圧剤の中止が成功するには、
中止後に塩分や体重などの生活習慣の管理を行なうことと、
そもそも治療開始時の血圧値が、
それほど高くはないことが重要な要件であることが、
多くの論文をまとめて見た時に、
見えて来る事実です。

それでは、この現象の裏打ちとなる病態はどうでしょうか?

ホルモン産生腫瘍や腎臓の結果の異常などの、
はっきりとした原因のない、
所謂本態性高血圧では、
血液量の増加と血管の抵抗の亢進、
そしてその結果の1つとしての心臓の肥大が、
ある種の悪循環のループを為すようにして、
血圧の上昇に結び付くことが知られています。

この明瞭な指標の1つが心肥大ですが、
血圧の上昇から実験的には数か月もすれば心肥大が生じ、
半年から数年程度の降圧剤による治療によって、
強制的な血圧の正常化が維持されると、
心肥大が改善することが報告されています。
その効果は他の降圧剤と比較して、
ACE阻害剤(それとおそらくはARB)で強いとされています。

つまり、高血圧の続いたことによって、
連鎖的に起こっている身体の変化は、
数年程度の治療により改善する可能性があり、
改善した状態で塩分を制限するなど生活に注意を払えば、
高血圧の再発が防御される、
という可能性があるのです。

これが一定期間降圧剤による治療を行なった後、
薬を中止しても正常血圧が維持される、
1つの理屈の裏打ちです。

2001年のthe American Journal of Hypertension誌に、
同様の文献をまとめて解析した論文が掲載されています。
最初にご紹介したものより、
10年以上が経過している訳です。
それがこちらです。
降圧剤のやめ方メタアナリシス2001.jpg
文献をまとめて解析すると、
トータルでは42%の患者さんが、
特に生活改善などの指導なく、
降圧剤中止後に最低でも1年間正常血圧が持続しています。
中止後の血圧の再上昇は、
主に中止後半年以内に多く認められています。

比較的1980年代の文献より、
それ以降の成績が良いのは、
1つには治療薬の主体が、
長時間型のカルシウム拮抗薬やACE阻害剤になったことが、
要因ではないかと思われます。
前述のように、
理屈から言えばACE阻害剤での治療は、
ある程度の期間持続されれば、
身体の状態はリセットされるので、
薬剤中止後の再発も少ないと考えられます。
また、比較的軽症の高血圧も治療されるようになったことが、
原因の1つではないかと思われます。

この文献の解析においては、
治療前の血圧がそれほど高値ではなく、
中止時の降圧剤の種類や用量が少なく、
臓器障害がないか軽度で、
塩分制限や体重管理が薬剤中止後も持続されているケースで、
成功例が多いと考察されています。

巻末には1つの薬剤中止のアルゴリズムが示されています。
それによれば、
治療前の拡張期血圧が100未満で、
単独の薬剤で上が140未満、下が90未満にコントロールされ、
中止後の定期的な血圧測定と、
生活改善の努力の継続に、
同意された患者さんにおいては、
降圧剤の中止が検討されて良い、
というように記載されています。

概ね妥当な結論のように思います。

下の血圧が指標となっているのは、
一時期には下の血圧が患者さんの予後に影響する、
という考え方が強く、
そのため血圧の重症度が下の血圧の数値で、
判断される臨床試験が多かったためです。

さて、最初の文献において、
高齢であることは降圧剤の中止を困難にさせる、
1つの要因であるとの記載がありました。

その辺りを単独の集団で検討した、
オーストラリアの研究がこちらです。
降圧剤のやめ方高齢者のメタ解析.jpg
これは2002年のBritish Medical Journal誌の文献ですが、
65から84歳の503名の高血圧の患者さんを対象として、
降圧剤中止後1年間の経過観察を行なっています。
対象となった患者さんは、
薬剤中止後2週間は正常血圧の持続していた人です。

その結果、36%の患者さんが、
1年間正常血圧を持続し、
54%の患者さんは再び高血圧に戻りました。
残りは何らかの要因で経過が不明であったり、
病気で死亡されたりした方です。

どのような患者さんが正常血圧を維持したのかを解析すると、
治療前の収縮期血圧が低く、
治療中の収縮期血圧も低いほど成功率が高く、
年齢は65から74歳の方が、
それより高齢の患者さんより成功率が高い、
という結果になりました。

これ以降のこの分野の文献には、
あまり新たな知見は見当たらないようです。

それでは、
これまでの知見及び、
僕の経験的な蓄積より、
個人的な降圧剤中止のガイドラインを考えます。

本態性高血圧の患者さんにおいて、
ACE阻害剤単独(副作用等で使用困難であればARBも可)、
もしくはカルシウム拮抗剤との併用で、
最低半年、通常は1から2年の治療を行ない、
単剤の最小用量まで減量しても、
3ヶ月上140未満下が90未満が維持されていて、
臓器障害があるなど、
それ以上血圧を低下させる意義が乏しければ、
一旦薬剤の中止を考慮します。
利尿剤の併用は可ですが、
代謝系への影響が大きいので、
心不全がなければ原則半年以内の使用に留めます。
心エコーは可能であれば施行し、
左室肥大や左室流入圧が正常であれば、
より中止の妥当性は高まります。
血圧の変動が大きな患者さんでは、
より慎重に検討を必要とします。

中止の場合は、
1年までは3ヶ月毎にチェックを行ない、
減塩とダイエットの指導を継続します。
そして1年以降は年に1回の経過観察を継続します。

勿論全ての高血圧の患者さんで、
降圧剤が中止出来る訳ではなく、
少なく見積もっても半数の患者さんは継続的治療が必要なのですが、
それでも中止出来る患者さんが、
少なからずいらっしゃることは確かで、
その適切な判断と止め方の技術は、
一般の臨床医の腕の見せ所でもあると思います。
少しでも患者さんの負担を軽減出来るように、
その努力は重ねたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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