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DPP4阻害剤をどう考えるか? [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インクレチン関連薬の膵臓リスク.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌の解説記事ですが、
インクレチン関連薬と呼ばれる糖尿病治療薬の、
膵臓に対する副作用懸念について、
現時点でのアメリカとヨーロッパの当局の判断をまとめたものです。

インクレチン関連薬は、
世界的には2006年からその使用が開始された、
新しいメカニズムの糖尿病治療薬です。

インクレチンの代表である、
GLP-1(Glucagonlike Peptide1)は、
主に小腸から分泌される一種のホルモンで、
ブドウ糖と同じように、
膵臓のインスリン分泌細胞を刺激して、
インスリンを分泌させる働きがあります。

このホルモンは食事と共に速やかに分泌され、
その後は速やかに分解されます。

GLP-1を持続的に膵臓の受容体に結合させれば、
血糖を低下させる効果があり、
他の飲み薬の血糖降下剤と比較して、
低血糖などの副作用を、
起こし難いというメリットがあります。

更には糖尿病の病因として、
最近注目されている、
グルカゴンの分泌を抑制する効果も併せ持っています。

また、
動物実験のレベルでは、
膵臓の細胞の再生や増殖に働く、
とされています。

つまり、
血糖を降下させるのみならず、
疲弊した膵臓の細胞を復活させる可能性があると言うのですから、
糖尿病の「夢の新薬」として、
その発売時にはかなりの期待が寄せられました。

このGLP-1関連の薬には、
大きく2つの系統があります。

その1つはGLP-1と同じように、
GLP-1の受容体に結合して作用する薬で、
GLP-1アナログと呼ばれています。

もう1つは身体に存在するGLP-1を、
速やかに分解する酵素である、
DPP4を阻害することによって、
結果としてGLP-1の効果を強めよう、
という薬で、
DPP4阻害剤と呼ばれています。

現行日本においては、
GLP-1アナログとしてリラグルチド(商品名ビクトーザ)と、
エキセナチド(商品名バイエッタ)。
DPP4阻害剤として、
シダグリプチン(商品名ジャヌビアとグラクティブ)、
ビルダグリプチン(商品名エクア)、
アログリプチン(商品名ネシーナ)、
リナグリプチン(商品名トラゼンタ)、
アナグリプチン(商品名スイニー)、
テネリグリプチン(商品名テネリア)、
サキサグリプチン(商品名オングリザ)
があります。

このタイプの薬は日本においては、
海外以上に評価が高く、
2型糖尿病の第一選択薬に近い位置に、
現在では置かれています。

ただ、発売当時の熱狂的な支持に比べると、
最近ではそれほどではない、
という意見や、
否定的な見解が見られるようになりました。

その主な理由は、
このタイプの薬の使用により、
心筋梗塞や脳卒中のリスクが明確に減少した、
というようなデータが現時点で得られていないことと、
このタイプの薬の使用により、
膵炎や膵臓癌の発症が増えるのでは、
というような危惧があることです。

こうした点を強調される方は、
「インクレチン関連薬は、
心筋梗塞や脳卒中を減らす効果もなく、
血糖値の低下もそれほどではなく、
膵炎や膵臓癌を増やす可能性があるのに、
値段だけが高い無用な薬だ」
というような極端な見解を、
ネットなどで披露されています。
概ね糖尿病を専門にはされていない先生です。

その一方で、
糖尿病を専門とされている先生の多くが、
インクレチン関連薬、特にDPP4阻害薬の可能性に、
今でも大きな期待を寄せています。

先日糖尿病関連の勉強会で、
某大学の糖尿病内科の先生のお話を聞きましたが、
ちょっと清々しくなるくらいの「DPP4阻害剤押し」で、
ここまで極端だと問題があるかな、
とも感じましたが、
この温度差には改めて驚きました。

DPP4阻害剤の利点は、
グルカゴンを抑制する作用があることと、
血糖値に依存的にその効果を示す、
という特徴があることです。

グルカゴンの抑制というのは、
言うまでもなく今の糖尿病治療のトレンドで、
昔はインスリンの不足する病気と考えられていた糖尿病ですが、
今ではむしろグルカゴンが過剰に分泌される病気であり、
インスリンとグルカゴンとのバランスが乱れる病気というのが、
正しい捉え方だと考えられるようになったのです。

その意味でグルカゴンの抑制に働く薬剤こそ、
本質的な糖尿病の治療薬である訳です。

インクレチン関連薬の血糖降下作用の特徴は、
食後の血糖の上昇は抑えるけれど、
空腹時や夜間の低血糖は殆ど起こさない、
という点にあります。

血糖値の高さそのものより、
その変動幅の大きいことが、
心筋梗塞や脳卒中の発症のリスクを高めることは、
順天堂の河盛先生達の研究により、
動物実験では明確に立証され、
人間でもほぼ確認された知見です。

最近急速に普及している持続的な血糖測定のデータなどを見ると、
DPP4阻害剤の使用により、
血糖の変動幅が改善することは明確になっていて、
その意味で平均的な血糖の降下幅は軽度であっても、
1日を通した血糖のふり幅を改善することにより、
心筋梗塞や脳卒中のリスクの低下に、
結び付く可能性は高いと、
理屈の上ではそう考えられます。

問題は実際の臨床試験において、
現時点ではそうしたリスクの低下が証明されていないことで、
口の悪い方は、
その点を強調して罵倒をしているのです。

しかし、海外の臨床試験の殆どは、
メトホルミンという薬剤に上乗せした場合の効果を見ているので、
試験としてはハードルが高いのです。
現時点で上乗せでリスクが上昇した、
という結果がないことは、
悪いデータとは言えないように個人的には思います。

現行幾つかの大規模臨床試験が進行していて、
その結果が出揃う数年後には、
また別の結論が出る可能性があります。

従って、現時点でのインクレチン関連薬の一番の問題は、
矢張り膵炎や膵臓癌のリスク上昇への危惧にあります。

これはこのタイプの薬の持つ、
膵臓への増殖刺激作用から、
ある程度は推測出来る事項であり、
また動物実験でもそれを示唆するデータがあります。

臨床的にも膵炎や膵臓癌の増加を示唆するデータが幾つかあり、
そのためアメリカのFDAも、
ヨーロッパのEMAも、
本腰を入れて調査に乗り出したのです。

上記の記事によると、
現時点でのFDAとEMAの見解は、
膵炎や膵臓癌とインクレチン関連薬との関連性を、
明確に示唆する所見はない、
というものになっています。

特に重要視されているのは、
最近その結果が明らかになった、
サキサグリプチンとアログリプチンを使用した、
大規模な臨床試験で、
そのデータからは偽薬と比較して、
膵炎や膵臓癌の発症に、
明確な差は見られていません。

従って、これは消極的な安全宣言というべきもので、
まだ調査は続行されるのですが、
現時点では少なくとも、
DPP4阻害剤のこの点でのリスクは、
それほど大きなものではない、
と考えてそう間違いはなさそうです。

個人的には中年層の2型糖尿病では、
メトホルミンが第1選択で、
高齢者(概ね70歳以上)の2型糖尿病では、
DPP4阻害剤が第1選択と考えて、
大きな誤りはないと現時点では考えています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

bpd1teikichi_satoh

Dr.Ishiha興味深い内容の記事ありがとうございました。
爺の妻は、失調感情障害(双極型)と言う診断で、気分安定薬、
デパケンR、リーマスの他に、抗精神病薬を少量持続的に飲む
必要が有り、少し前までは、リスパダール1mgを飲んでいたのですが錐体外路系の副作用が強く、先ず糖代謝内科で処方されていた、
ジャヌビア錠50mg1錠を2錠に増量してもらい、抗精神病薬を
エビリファイに変えてからは、劇的にQOLが上がりました。
by bpd1teikichi_satoh (2014-03-06 09:55) 

老犬勤務医

いつも大変役に立つ記事をありがとうございます。
本来は自分で調べるべきなのでしょうが、先生にお尋ねするほうがすぐに信頼性のあるお答えがいただけるように思うので質問させていただきます。

>個人的には中年層の2型糖尿病では、
>メトホルミンが第1選択で、
>高齢者(概ね70歳以上)の2型糖尿病では、
>DPP4阻害剤が第1選択と考えて、
>大きな誤りはないと現時点では考えています。

このご意見の根拠をお教えいただければ幸いに存じます。
老健に勤務しているのですが、後期高齢者ばかりが対象患者で、おまけに安価な薬剤が必要とされますので、最近までは製造中止となったしまったヘキストラスチノンを多用していました。
世界中でファーストチョイスとされるメトホルミンが使用したいのですが、後期高齢者に不適当とは知りませんでした。

ご指導よろしくお願いいたします。


by 老犬勤務医 (2014-03-09 11:55) 

fujiki

bpd1teikichi_satoh さんへ
コメントありがとうございます。
SSRIは低血糖を生じにくい点がメリットと思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2014-03-09 12:23) 

fujiki

老犬勤務医先生
コメントありがとうございます。
これは実際には定説はありません。
殆どの糖尿病の大規模臨床試験は、
65歳以下を対象としており、
信頼のおけるデータ自体がないのです。
欧米のガイドラインにおいては、
基本的に高齢者においても、
2型糖尿病の第一選択はメトホルミンかと思います。
ただ、特に状態の悪い高齢者においては、
脱水による腎機能の低下などが引き金となる、
乳酸アシドーシスの発症などのリスクは、
高いことが想定され、
個人的にはそうした事例の経験もあるので、
メトホルミンは高齢者にはややリスクが高いように考えています。

低血糖を起こさないことが、
寝たきりなどの高齢者においては、
優先される事項のように思うので、
その意味でDPP-4阻害剤を第一選択と考えました。
勿論これはあくまで個人的な見解です。

ただ、脱水や感染時は使用を控えて、
血糖値が容認出来ない水準であれば、
早めの入院加療や、
インスリンの一時的使用を考慮するなど、
慎重に使用すれば、
メトホルミンも選択肢として有効だと思いますし、
最近SU剤は非常に評判が悪いのですが、
ラスチノンを少量で使用する、
という先生のご判断も、
誤りではないと思います。
端的に言えばSU剤が悪いというのは、
夜間にしばしば低血糖を起こしている、
と言う点にあるので、
その点を配慮して、
血糖を下げ過ぎずに、
比較的安定した患者さんを主体に使用すれば、
大きな問題はないように思います。
低血糖以外の有害事象については、
ある意味最も少ないのがSU剤ではないかと考えます。
使用経験も高齢者を含めて豊富なのは利点だと思います。
本来は日本において、
高齢者のSU剤の安全性について、
検証が必要ではないかと考えます。

老健はまるめなので、
先生も薬剤の選択には、
本当にご苦労をされていることと推察します。

稚拙な考察失礼致しました。
ご参考になれば幸いです。
by fujiki (2014-03-09 12:44) 

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