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抗精神病薬と乳癌発症リスクとの関連性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
プロラクチンと乳がんリスク.jpg
今年の6月のCancer Research誌に掲載された、
乳癌のリスクと血液のプロラクチン濃度との、
関連性についての文献です。

これも最近ご質問のあった内容について、
少しでも正確な情報を整理しておきたい、
という考えからまとめたものです。

統合失調症の治療には、
抗精神病薬という薬が使用されます。

これは主に神経伝達物質である、
ドーパミンの作用をブロックする薬ですが、
統合失調症においては、
ドーパミンを適度に抑制することにより、
症状が安定し、治療上に有用性が高いのです。
1940年代から1950年代に掛けてのクロルプロマジンの発売が、
多くの統合失調症の患者さんにとって、
非常に意義のあるものであったことは確かです。

ドーパミンが抑制されると、
プロラクチン(乳汁分泌ホルモン)が上昇します。

この程度は薬剤によっても、
患者さんの体質によっても様々ですが、
あるレベル以上にプロラクチンが上昇すると、
特に女性では生理が止まったりする影響が、
1つの問題になります。

一般にクロルプロマジンのような、
古くからある抗精神病薬の方が、
プロラクチンの上昇作用は強く、
最近副作用の少なさや副次的な効果から、
臨床で頻用されている、
非定型精神病薬というタイプの薬剤では、
その作用は弱いのですが、
これは個人差もありますし、
リスペリドンのように、
非定型精神病薬でも、
プロラクチン上昇作用の、
比較的強いタイプの薬もあります。

薬に対する相性も、
患者さんにとっては大きな問題ですから、
コントロールが良好であるのに、
プロラクチンが上昇しているだけの理由で、
薬剤を変更することが、
必ずしも良いこととも言い切れません。
プロラクチンを低下させるような薬剤との、
併用が試みられることもありますが、
その適否や安全面などの評価は確立していません。

プロラクチンが上昇した場合に、
無月経や男性の性欲減退と共に、
問題となるのが乳癌のリスクの上昇です。

プロラクチンの上昇により、
どの程度乳癌のリスクが上昇するのでしょうか?

これはまだ明確な結論の出ていない問題です。

プロラクチンは細胞の増殖を促すホルモンで、
ネズミの実験においては、
明確に乳癌の誘発作用が確認されています。

ただ、人間においては女性ホルモンのエストロゲンの方が、
より乳癌の進行との関連性が明確で、
ネズミとは必ずしも同じではありません。

これまでに少なくとも2つの大規模な疫学研究で、
乳癌とプロラクチンとの関連性が報告されていますが、
その一方で関連性が認められなかった、
という報告も小規模ながら複数存在しています。
また、高プロラクチン血症の患者さん384名の検討で、
乳癌のリスクの上昇はなかった、
とする報告もあります。

つまり、
プロラクチンと乳癌との関連は、
そう単純なものではないようです。

今回ご紹介する文献は、
これまでにも多くの疫学研究で使用されている、
アメリカの看護師の健康調査のデータを活用して、
20年間という長期間の観察期間において、
血液のプロラクチンの測定値と、
乳癌の発症との関連性を検証しています。

2つの疫学研究でトータル20万人以上の対象者がいる、
非常に大規模なものです。

3000人に近い乳癌の事例が、
経過観察中に発症しています。

その事例をマッチングするコントロールと比較し、
血液のプロラクチン濃度を区分けして、
その濃度毎のリスクを数値化しています。
更に患者さんの閉経前と閉経後に分けての検討や、
診断前10年以内の測定値と、
10年より以前の測定値とが、
乳癌リスクに与える影響も検討しています。

その結果…

診断より10年以内のプロラクチンの測定値が、
15.7ng/mLを越えるグループでは、
最も少ない8.1以下のグループと比較して、
乳癌の発症リスクが1.20倍に有意に増加しました。

ただ、10年より以前のプロラクチンの数値については、
乳癌の発症との関連性は認められませんでした。

サブ解析を行なうと、
プロラクチンの高値と乳癌のリスクとの関連は、
閉経後の女性では1.37倍とより強く、
癌がエストロゲンの受容体を持っているケースでは、
1.28倍とこれも強くなり、
両者を兼ね備えた場合には、
1.52倍まで増加しました。
一方で閉経前の女性に限ると、
乳癌リスクの上昇は有意ではなくなりました。

つまり、
今回のデータにおいては、
プロラクチンの上昇により、
若干の乳癌の発症リスクの上昇が、
認められる可能性がありますが、
その上昇の程度は軽度で、
主に発癌の後期に影響を及ぼし、
閉経後のリスク上昇が主体です。

従って、
閉経後の女性で血液のプロラクチンの数値が、
11.0ng/mLを越える方は、
より慎重に乳癌検診でチェックをしてゆく必要があります。

勿論閉経前の女性が安全とは言い切れませんが、
そのリスクは限定的と考えられます。

ここでもう1つの問題は、
抗精神病薬の副作用で、
プロラクチンが上昇している患者さんでの乳癌の発症リスクを、
どのように考えれば良いのか、
という点にあります。

こちらをご覧下さい。
抗精神病薬と癌リスク.jpg
これは2006年のBritish Journal of Cancer誌の論文です。

抗精神病薬の使用により、
高率にプロラクチンは上昇します。
この上昇は上記の文献の15.7ng/mLを越えることが、
むしろ多数だと思いますし、
その10倍を超えることも稀ではありません。

この点から考えると、
抗精神病薬の使用により、
大幅に乳癌のリスクは増加しそうです。

ただ、その一方で抗精神病薬には、
腫瘍細胞に対する増殖の抑制作用のあることも知られていて、
癌の発症リスクが減少する、
というような報告も複数存在しています。

つまり、
抗精神病薬を使われている患者さんが、
単純に乳癌のリスクが増える、
というようには言えません。

上記の文献ではデンマークにおいて、
抗精神病薬を使用している患者さん25000人余を対象として、
各種の癌のリスクとの関連性を検討しています。

その結果、
結腸癌の発症リスクは女性で39%、
男性で18%有意に低下し、
女性の大腸癌も22%のリスク低下が認められました。
そして、乳癌に関しては、
リスクは増加も減少もしない、
という結果になっています。

ここにはお示ししませんが、
古典的な抗精神病薬と、
非定型精神病薬とを比較した文献において、
非定型精神病薬での乳癌リスクの上昇はなく、
それはリスペリドンのようなプロラクチン増加作用の強い薬剤でも、
同等であった、という結論になっています。

つまり、
血液のプロラクチン値の上昇は、
閉経後の女性においては、
若干の乳癌リスクの増加に結び付く可能性がありますが、
抗精神病薬によるプロラクチンの増加は、
抗精神病薬自体の持つ腫瘍細胞の増殖抑制作用と、
部分的に相殺されるので、
よりその影響は少ないものである可能性が高い、
という結果になります。

ただ、
こうしたデータはまだ明確に統一されたものではなく、
抗精神病薬により癌のリスクが増加した、
という結果の報告も別個に存在しますから、
どちらが正しいとは現時点では言い切れないのですが、
抗精神病薬を使用されていて、
プロラクチンの上昇による乳癌リスクを心配されている方は、
その可能性が否定された訳ではありませんが、
実証された事実ではなく、
むしろ発癌を抑制する可能性もあるのですから、
心配をし過ぎる必要はありません。
しかし、健康のため定期的な乳癌検診は、
特に閉経後においては、
推奨されることは間違いがないのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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