癌検診の有効性と「癌」という言葉の問題 [科学検証]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
先月のJAMA誌の解説記事です。
他の識者の方も取り上げていますが、
非常に興味深い内容なので、
ご紹介をさせて頂きます。
「癌」という言葉は、
現代においては一種特別な意味合いを持っています。
死に結び付く病気の代名詞のように語られ、
「癌と戦う」という行為が英雄的に語られたこともあり、
逆に「癌と闘うな」というフレーズが、
医療への不信の代名詞のように語られることもあります。
かつての名作映画、黒澤明の「生きる」では、
胃癌であるという宣告が、
「死」そのものの代名詞のように、
ある種の記号として語られていました。
ただ、実際には、
一口に胃癌と言っても、
その内容は千差万別ですし、
放っておいても何ら問題のないものから、
仮に早期に診断がなされても、
死を避け難いような深刻なものまであります。
胃癌においてすらそうなのですから、
身体に生じる全ての悪性の腫瘍を一括りにして、
「癌」と名付けるような行為は、
本来はあまり妥当なものではないように思います。
これは決して日本だけの傾向ではなく、
上記の論説の記載の中にも、
Cancerという言葉が、
矢張り不吉で死に結び付く概念として、
英語圏の人々の心にも、
強い印象を残していることが書かれています。
さて、
癌というものが実際に存在する以上、
それに対して医療は対応策を練ります。
それは1つには手術や抗癌剤、
放射線、遺伝子治療などの、
治療法の進歩であり、
もう1つはなるべく早期に発見し診断するという、
診断技術の進歩です。
癌はその癌の持つ性質により、
それぞれの速度で大きさを増して、
ある地点に達した時に、
人間の身体に害をなします。
従って、
よりその癌が小さいうちに、
癌を発見し治療を行なえば、
治癒率は上昇し、
要するに癌で亡くなる人は少なくなる、
と予想されました。
そして、
癌が小さなうちに、
時にはまだ癌になる前の段階で、
発見するための手段として、
30年以上前から積極的に行なわれた方法が、
「癌検診」です。
癌検診というのは、
通常その特定の癌のリスクが高い対象者に対して、
特定の検査を行ない、
より早期の癌を発見して、
治療に結び付けよう、
という手法のことです。
当初の想定としては、
癌検診を導入することにより、
発見の比率が増加するので、
癌の患者さんは一時的には増えますが、
より早期のうちに癌が見付かるので、
進行した癌は減少し、
その結果として、
癌の死亡率も減少すると考えられました。
しかし、
皆さんも概ねご存じのように、
現実はそのようにはなっていません。
何故そうならないのかと言うと、
癌検診には過剰診断という問題があるからです。
こちらをご覧下さい。
上記の解説記事に付せられた図表です。
癌検診の有効性を、
その癌の性質毎に整理したものです。
人口当たりの癌の発生率が、
1975年と2010年とでどのように変化したのかという点と、
その癌の死亡率が、
これも1975年と2010年とでどのように変化したのかを、
それぞれ比較検討しています。
仮に理想的な癌検診が30年続けられたとすれば、
癌の発症率も癌の死亡率も、
いずれも低下している筈です。
そうして見てみると、
真ん中の大腸癌と子宮頚癌に関しては、
そうした効果が表れていることが分かります。
1975年と比較して、
2010年においては、
大腸癌と子宮頚癌の発症頻度はいずれも減少し、
その死亡率も明確に減少しています。
これはつまり、
適切な癌検診を行なうことにより、
早期の癌が見付かるようになり、
その癌が治療されることによって、
進行した癌が減ったので、
死亡率が減少した、
と考えることが出来ます。
大腸癌も子宮頚癌も、
その癌の発症の過程が分かっています。
子宮頚癌はヒトパピローマウイルスの感染等を誘因として、
細胞の異形成の変化が、癌へと進行し、
大腸癌は腺種性のポリープが、
遺伝子変異を連鎖させて、
癌に進行することが分かっています。
つまり、
前癌状態が明確で、
それが高率で癌化することが分かっていて、
しかもその進行は、
それほど早いものではなく、
かと言ってその人の生涯よりはずっと短い期間で、
癌になるのです。
こうした「ある種都合の良い癌」では、
前癌状態で処置をすることにより、
癌の発症自体を、
減らすことが可能となるのです。
非常に癌検診向きの癌で、
こうした癌では検診は、
期待通りの効果を挙げるのです。
その一方で、
上段の癌はまるで事情が違います。
乳癌も前立腺癌も、
1975年と比較して2010年では増加していますが、
その死亡率は低下しています。
30年間以上検診をしても、
癌の発症が増えている、ということは、
放っておいても生涯何の影響も与えず、
命に関わることはなかった癌を、
多く発見している、
という現象を示唆しています。
ただ、死亡率が減っているという事実は、
一定の比率の患者さんは、
適切な時期に治療を受けることにより、
死亡を回避しているという効果があった、
ということを示唆していますし、
この間の治療の進歩も反映しています。
肺癌では発症率は変化していませんが、
実際には早期癌の発見が増えている一方、
進行癌はそれほど減ってはいません。
癌検診は無効ではありませんが、
その効率はあまり良いものではなく、
治療の必要な癌を発見する一方で、
より多くの治療の必要ではない「癌」を、
過剰に診断し過剰に治療している、
ということを示しています。
つまり、
効率の良い検診とは言えません。
下段の甲状腺癌と皮膚癌は、
検診により格段に発症率は増加していますが、
死亡率には差がないか、
むしろ増加しています。
勿論癌の発症率は検診のみで変わる訳ではなく、
生活習慣や環境要因などの影響も、
当然考えられる訳ですが、
これだけ著明な変化は、
矢張り検診の影響を示唆するものですし、
30年以上の検診で実際には予後は改善せず発症も減らないとすれば、
検診があまり意味を成していない、
ということは明らかです。
そこでポイントは、
有効な検診をする、
ということです。
有効な検診とは、
それを続けることにより、
進行した癌の患者さんが減り、
結果として癌の死亡率が減少するような、
効果のある検診、ということです。
そのためにはまず、
癌検診の有効な癌を選んで検診を行なう、
という選択が大切です。
放っておいても一生命には関わらない癌を、
発見することは過剰診断ですし、
それを治療することは過剰な治療です。
そうした診断や治療が実際には、
肺癌においても乳癌においても、
前立腺癌においても甲状腺癌においても、
行なわれているのです。
前癌病変の中には、
それほどの高率には癌にならないものもありますし、
組織は癌であっても、
その人の生涯に影響を与えないような、
大人しい性質のものもあります。
現状はそうした病変と、
進行する病変とを、
厳密に見分ける方法はあまりありませんが、
そうした試みは甲状腺癌においても乳癌においても、
色々と行なわれていますし、
一定の成果を挙げつつあるものもあります。
将来的にはそうした大人しい癌や前癌病変を、
診断しない、見付けない、治療しない、
ということが、癌検診の有効性を高める上で、
不可欠の視点になります。
上記解説の提言の中では、
今後はそうした大人しい癌については、
もう癌という言葉自体を使わないようにしよう、
というような見解も述べられています。
その一方で現時点で早期に発見しても、
その治療効果が期待出来ないような、
悪性度の高い癌については、
これも癌検診の対象からは外す、
という思い切りが必要です。
治療効果が上がり、死亡率が明確に減少することが期待され、
早期に発見することにより、
進行癌の比率が減少することが予想される検診のみが、
施行する意味のある検診である、
という考え方です。
一部の方が言われるように、
全ての癌検診が無駄、ということはありませんし、
検査はすればするほど有用性が増す、
というものでもありません。
個人の立場に立てば、
検診という自費の検査のジャンルであれば、
一定の理解の下に、
どのような検査をすることも自由だと思いますが、
本来治療の必要のない病変を発見して、
その不安に怯えたり、
不必要な治療をすることは、
かなり大きな身体的精神的ダメージを蒙ることであり、
その点もよく理解した上で、
検診は受ける必要があると思いますし、
どのような検診が有用性が高く、
どのような検診がそうではないのか、
と言う点については、
医療者は常に理解を深め、
一般の方にご説明する義務があるように思います。
いずれにしても、
全ての癌検診を一括りにして、
それが「無駄」であるとか、
逆に「有効」であるというような言説や、
慎重に読めばそうは書かれてはいなくても、
そういう印象を与えるように、
意図されているような言説については、
それこそが有害無益であり、
非科学的なものだということは、
最後に強調しておきたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
先月のJAMA誌の解説記事です。
他の識者の方も取り上げていますが、
非常に興味深い内容なので、
ご紹介をさせて頂きます。
「癌」という言葉は、
現代においては一種特別な意味合いを持っています。
死に結び付く病気の代名詞のように語られ、
「癌と戦う」という行為が英雄的に語られたこともあり、
逆に「癌と闘うな」というフレーズが、
医療への不信の代名詞のように語られることもあります。
かつての名作映画、黒澤明の「生きる」では、
胃癌であるという宣告が、
「死」そのものの代名詞のように、
ある種の記号として語られていました。
ただ、実際には、
一口に胃癌と言っても、
その内容は千差万別ですし、
放っておいても何ら問題のないものから、
仮に早期に診断がなされても、
死を避け難いような深刻なものまであります。
胃癌においてすらそうなのですから、
身体に生じる全ての悪性の腫瘍を一括りにして、
「癌」と名付けるような行為は、
本来はあまり妥当なものではないように思います。
これは決して日本だけの傾向ではなく、
上記の論説の記載の中にも、
Cancerという言葉が、
矢張り不吉で死に結び付く概念として、
英語圏の人々の心にも、
強い印象を残していることが書かれています。
さて、
癌というものが実際に存在する以上、
それに対して医療は対応策を練ります。
それは1つには手術や抗癌剤、
放射線、遺伝子治療などの、
治療法の進歩であり、
もう1つはなるべく早期に発見し診断するという、
診断技術の進歩です。
癌はその癌の持つ性質により、
それぞれの速度で大きさを増して、
ある地点に達した時に、
人間の身体に害をなします。
従って、
よりその癌が小さいうちに、
癌を発見し治療を行なえば、
治癒率は上昇し、
要するに癌で亡くなる人は少なくなる、
と予想されました。
そして、
癌が小さなうちに、
時にはまだ癌になる前の段階で、
発見するための手段として、
30年以上前から積極的に行なわれた方法が、
「癌検診」です。
癌検診というのは、
通常その特定の癌のリスクが高い対象者に対して、
特定の検査を行ない、
より早期の癌を発見して、
治療に結び付けよう、
という手法のことです。
当初の想定としては、
癌検診を導入することにより、
発見の比率が増加するので、
癌の患者さんは一時的には増えますが、
より早期のうちに癌が見付かるので、
進行した癌は減少し、
その結果として、
癌の死亡率も減少すると考えられました。
しかし、
皆さんも概ねご存じのように、
現実はそのようにはなっていません。
何故そうならないのかと言うと、
癌検診には過剰診断という問題があるからです。
こちらをご覧下さい。
上記の解説記事に付せられた図表です。
癌検診の有効性を、
その癌の性質毎に整理したものです。
人口当たりの癌の発生率が、
1975年と2010年とでどのように変化したのかという点と、
その癌の死亡率が、
これも1975年と2010年とでどのように変化したのかを、
それぞれ比較検討しています。
仮に理想的な癌検診が30年続けられたとすれば、
癌の発症率も癌の死亡率も、
いずれも低下している筈です。
そうして見てみると、
真ん中の大腸癌と子宮頚癌に関しては、
そうした効果が表れていることが分かります。
1975年と比較して、
2010年においては、
大腸癌と子宮頚癌の発症頻度はいずれも減少し、
その死亡率も明確に減少しています。
これはつまり、
適切な癌検診を行なうことにより、
早期の癌が見付かるようになり、
その癌が治療されることによって、
進行した癌が減ったので、
死亡率が減少した、
と考えることが出来ます。
大腸癌も子宮頚癌も、
その癌の発症の過程が分かっています。
子宮頚癌はヒトパピローマウイルスの感染等を誘因として、
細胞の異形成の変化が、癌へと進行し、
大腸癌は腺種性のポリープが、
遺伝子変異を連鎖させて、
癌に進行することが分かっています。
つまり、
前癌状態が明確で、
それが高率で癌化することが分かっていて、
しかもその進行は、
それほど早いものではなく、
かと言ってその人の生涯よりはずっと短い期間で、
癌になるのです。
こうした「ある種都合の良い癌」では、
前癌状態で処置をすることにより、
癌の発症自体を、
減らすことが可能となるのです。
非常に癌検診向きの癌で、
こうした癌では検診は、
期待通りの効果を挙げるのです。
その一方で、
上段の癌はまるで事情が違います。
乳癌も前立腺癌も、
1975年と比較して2010年では増加していますが、
その死亡率は低下しています。
30年間以上検診をしても、
癌の発症が増えている、ということは、
放っておいても生涯何の影響も与えず、
命に関わることはなかった癌を、
多く発見している、
という現象を示唆しています。
ただ、死亡率が減っているという事実は、
一定の比率の患者さんは、
適切な時期に治療を受けることにより、
死亡を回避しているという効果があった、
ということを示唆していますし、
この間の治療の進歩も反映しています。
肺癌では発症率は変化していませんが、
実際には早期癌の発見が増えている一方、
進行癌はそれほど減ってはいません。
癌検診は無効ではありませんが、
その効率はあまり良いものではなく、
治療の必要な癌を発見する一方で、
より多くの治療の必要ではない「癌」を、
過剰に診断し過剰に治療している、
ということを示しています。
つまり、
効率の良い検診とは言えません。
下段の甲状腺癌と皮膚癌は、
検診により格段に発症率は増加していますが、
死亡率には差がないか、
むしろ増加しています。
勿論癌の発症率は検診のみで変わる訳ではなく、
生活習慣や環境要因などの影響も、
当然考えられる訳ですが、
これだけ著明な変化は、
矢張り検診の影響を示唆するものですし、
30年以上の検診で実際には予後は改善せず発症も減らないとすれば、
検診があまり意味を成していない、
ということは明らかです。
そこでポイントは、
有効な検診をする、
ということです。
有効な検診とは、
それを続けることにより、
進行した癌の患者さんが減り、
結果として癌の死亡率が減少するような、
効果のある検診、ということです。
そのためにはまず、
癌検診の有効な癌を選んで検診を行なう、
という選択が大切です。
放っておいても一生命には関わらない癌を、
発見することは過剰診断ですし、
それを治療することは過剰な治療です。
そうした診断や治療が実際には、
肺癌においても乳癌においても、
前立腺癌においても甲状腺癌においても、
行なわれているのです。
前癌病変の中には、
それほどの高率には癌にならないものもありますし、
組織は癌であっても、
その人の生涯に影響を与えないような、
大人しい性質のものもあります。
現状はそうした病変と、
進行する病変とを、
厳密に見分ける方法はあまりありませんが、
そうした試みは甲状腺癌においても乳癌においても、
色々と行なわれていますし、
一定の成果を挙げつつあるものもあります。
将来的にはそうした大人しい癌や前癌病変を、
診断しない、見付けない、治療しない、
ということが、癌検診の有効性を高める上で、
不可欠の視点になります。
上記解説の提言の中では、
今後はそうした大人しい癌については、
もう癌という言葉自体を使わないようにしよう、
というような見解も述べられています。
その一方で現時点で早期に発見しても、
その治療効果が期待出来ないような、
悪性度の高い癌については、
これも癌検診の対象からは外す、
という思い切りが必要です。
治療効果が上がり、死亡率が明確に減少することが期待され、
早期に発見することにより、
進行癌の比率が減少することが予想される検診のみが、
施行する意味のある検診である、
という考え方です。
一部の方が言われるように、
全ての癌検診が無駄、ということはありませんし、
検査はすればするほど有用性が増す、
というものでもありません。
個人の立場に立てば、
検診という自費の検査のジャンルであれば、
一定の理解の下に、
どのような検査をすることも自由だと思いますが、
本来治療の必要のない病変を発見して、
その不安に怯えたり、
不必要な治療をすることは、
かなり大きな身体的精神的ダメージを蒙ることであり、
その点もよく理解した上で、
検診は受ける必要があると思いますし、
どのような検診が有用性が高く、
どのような検診がそうではないのか、
と言う点については、
医療者は常に理解を深め、
一般の方にご説明する義務があるように思います。
いずれにしても、
全ての癌検診を一括りにして、
それが「無駄」であるとか、
逆に「有効」であるというような言説や、
慎重に読めばそうは書かれてはいなくても、
そういう印象を与えるように、
意図されているような言説については、
それこそが有害無益であり、
非科学的なものだということは、
最後に強調しておきたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2013-08-01 08:12
nice!(36)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0