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早期前立腺癌の手術療法の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
前立腺癌の治療効果.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
前立腺癌の治療についての論文です。

前立腺癌は高齢の男性に多い癌ですが、
その多くは悪性度が低く、
予後が良好なことで知られています。

前立腺癌は以前は、
早期に見付かることの少ない癌でしたが、
PSAという前立腺関連の腫瘍マーカーが、
臨床に活用されるようになってから、
その診断率が著明に増加しました。

一般に「前立腺癌検診」と呼ばれているものが、
それです。

血液のPSAの数値を測定して、
概ねそれが4.0ng/mlという数値を超えると、
前立腺癌の疑いがあると判断され、
前立腺に針を刺して組織を採取する、
前立腺生検を行ないます。

これで癌の組織が認められれば、
治療の方針が決定されます。

癌が前立腺に留まり、
外部に広がったり転移したりしていなければ、
概ね手術療法が選択されます。

そうした訳で、
検診により次々と前立腺癌が見付かり、
次々と手術が行われました。

これは世界的な傾向です。

しかし…

前立腺癌の手術による治療に効果がある、
ということを証明するには、
手術をした場合の方が、
何もしない場合と比較して、
その患者さんの寿命が延長したり、
少なくとも前立腺癌による死亡が減る、
という事実が必要です。

ただ、
前立腺癌の多くは、
そのまま放置しても予後は良いとされているので、
手術を行なっても、
左程の効果が期待出来ないのではないか、
という危惧が当初から存在していました。

今回の臨床研究は、
限局性の早期の前立腺癌の手術に、
その患者さんの生命予後を、
改善する効果があるかどうかを検証する目的で、
アメリカにおいて、限局性前立腺癌の患者さん731例を、
手術を行なう群と行わないでそのまま経過を見る群とに、
くじ引きで割り付け、
その後の経過を平均10年間観察しています。

癌が見付かったのに、
「手術をするかどうかはくじ引きで決めますね、これは実験ですから」
と言って承諾を得るのですから、
日本では確実に施行が不可能な種類の研究です。

ただ、当初の対象者は2000人以上を予定していたようですが、
アメリカでもさすがにそれは困難で、
最初のエントリーは5000人を超えていますが、
承諾を得て研究が施行されたのは、
そのうちの731名に留まっています。

そのトータルな結論としては、
観察期間中に手術を行なった患者さん364人中、
47%に当たる171人が死亡し、
手術を行なわず観察のみの患者さん367人中、
49.9%に当たる183名が死亡しています。
絶対リスクで治療による死亡率の減少は、
2.6%に留まっています。

つまり、
手術をしてもしなくても、
その後の経過に明確な差はついていません。

しかし、
実際に前立腺癌のために亡くなった患者さんは、
手術を行なった群では21名で、
観察のみの群では31名です。
経過の中で前立腺癌で生じ易く、
痛みなどの症状の原因になり易い、
骨への転移についてみると、
手術群で17名に対して、
観察群では39名でした。
この研究では定期的な骨のシンチの検査を、
行なっているのです。

つまり、トータルには差はなくても、
骨の転移の比率や前立腺癌のみの死亡数を見ると、
一定の治療効果はありそうです。

それで患者さんの背景毎に検討してみると、
腫瘍マーカーのPSAが10を超えるグループでは、
より治療効果が明確になり、
また生検での悪性度のスコアが高いことなどを加味した、
癌の悪性度のスコアを利用して、
悪性度の高い癌に絞って検討すると、
これもより治療効果は明確なものになっています。

今回の結果をどのように考えれば良いのでしょうか?

前立腺癌の手術治療は無効ではありませんが、
全ての癌に手術を行なうことは、
あまり患者さんの生命予後に影響を与えません。

より治療効果の高い癌、
すなわち放置すると命にかかわったり、
骨などに転移する可能性の高い癌に限って、
治療を行なうことが重要なのです。

しかし、
問題は手術の前にその判断を下すことが、
必ずしも容易ではない、
という点にあります。

治療の可否の判断には、
幾つかの段階があります。

まず、
前立腺癌検診をするという前提であれば、
その検診の段階で、
振り分ける、という考え方。

これは患者さんの年齢やPSAの数値などから、
治療の必要性が高いかどうかを検討する、
というものです。

次に、前立腺の生検までは行ない、
その時点での情報で振り分ける、
という考え方。

これは生検の組織の所見の悪性度や、
場合によって組織の遺伝子のマーカーの測定を行ない、
それを指標にして、
手術の必要性を判断する、
というものです。

ただ、現状ではどの基準も明確なものはなく、
どのレベルでどのようにして振り分けるにしても、
必ず漏れはあり、
悪性度の高い癌が放置されるケースや、
不必要な治療が行われるケースは、
ゼロには出来ません。

今回の結果などを元に、
アメリカでもそうしたガイドラインが作成されるのだと思いますし、
その動静も注視しながら、
PSAの測定結果の説明などに際しては、
より確実な情報を患者さんに提示出来るように、
努力をしたいと思います。

今日は前立腺癌の治療効果についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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