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原発事故による甲状腺初期被曝のデータを考える [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
床次先生論文.jpg
今月のScientific Reports誌に掲載された、
福島原発事故後の、
放射性ヨードによる、
甲状腺の被曝量の推定についての論文です。

これは事故後約1ヶ月後に、
弘前大学教授の床次眞司先生らのグループによる、
甲状腺の被曝量の調査を元にしたもので、
これまでに何度か断片的に報道されたものですが、
正直内容はあまりなく、
かなり水増しされても4ページに満たないという、
釈然としない内容のものです。

福島第一原発の事故によって、
大量の放射性ヨードが飛散したことは、
間違いのない事実ですが、
それが周辺にいた住民に、
どの程度の影響を及ぼしたのかについては、
現時点で判明しているデータは非常に限られています。

ご存知のように、
放射性ヨードの物理学的半減期は短く、
放射性ヨード131は8日程度ですし、
テルル132は3日で、
ヨード132に至っては2.3時間です。

従って、
放射性ヨードの被ばくを測定するには、
その被ばくから時間が経たないうちに、
計測することが不可欠です。

しかし、
事故から間もない時期においては、
現場は混乱しているのが実際ですし、
被ばくしている可能性の高い地域に住む住民にしても、
いきなりテレビカメラや、
大学教授などの肩書きのある人物が現われて、
「被ばくの実態を検査させて欲しい」
と言われても、
協力することに抵抗を感じる方が、
むしろ自然な反応のように思います。

つまり、
こうした事故直後の調査は、
行政が旗振りをして、
半ば強制的に行なうのでなければ、
実際には困難なのです。

今回のケースでは、
原子力安全委員会の勧告により、
3月24日から30日に掛けて、
いわき市や川俣町、飯舘村の15歳以下の住民、
1149人にシンチレーションサーベイメーターを用いた、
甲状腺の被曝量の検診が行なわれ、
甲状腺等価線量は最大で32ミリシーベルト、
と発表されました。

シンチレーションサーベイメーターというのは、
空間線量を測定するのに使用する機器と、
基本的には同一のもので、
それをお子さんの首に当てて、
その放射線量の測定値から、
甲状腺に残留している、
放射性ヨードが、
どれくらいあるかを推算するのです。
測定値は空間線量率と同じ、
μSv/h(毎時マイクロシーベルト)です。

この方法は簡便ですが、
放射性ヨードのみならず、
放射性セシウムなどの、
他のガンマ線を放出する放射性物質からの放射線も、
仮に存在すれば合算して計測し、
それを全てヨード131と見做して換算するので、
その感度は低く、
甲状腺の被曝量を算定するには、
正確性に劣る、
という欠点があります。

しかし、
本来はもっと正確な検査でも、
フォローするべきところ、
行政はこの結果をもって、
「甲状腺の被曝線量は、
50ミリシーベルトにも満たないもので、
問題はない」
という観点から、
それで調査は打ち切られています。

その後、
床次先生らのグループが、
現地に入り、
4月12日から16日の間において、
南相馬市からの避難者45人と、
浪江町の住民17人の計62名に対して、
今度はNaIシンチレーション・ガンマ線スペクロトメーターによる、
甲状腺の被曝線量の測定を行なっています。

この調査は年齢を問わずに行なわれていて、
逆に言うと未成年者の測定は、
8名しか施行されていません。

ポイントは、
このガンマ線スペクトロメーターは、
放射性ヨード131の、
ガンマ線のピークのみを測定出来るので、
純粋に放射性ヨード131が、
どれだけその時点で甲状腺に残留しているのかを、
より正確に測定出来る、
という点にあります。
測定値はベクレルの表示になります。
ただ、これは測定器を5分間首に当て続けるので、
測定はサーベイメーターと比較すると、
かなり面倒になります。

それではこちらをご覧下さい。
床次先生論文の表.jpg
論文に記載された生データは、
基本的にはこれだけです。

90ベクレルから最大で1500ベクレルの放射性ヨード131が、
その時点で甲状腺に残留していることが、
確認されています。

その横に書かれているのは、
この測定された放射性ヨード131が、
3月15日1日で大気中から吸入により被曝した、
と仮定した場合、
その身体に与える将来に渡っての影響を、
ミリシーベルという単位で換算したものです。
見易くするためにこの画像では切っていますが、
その右には、
今度はこの放射性ヨード131が、
吸入ではなく、
経口で摂取した場合の、
甲状腺等価線量が記載されています。

結論としては、
吸入でも経口摂取でも、
その甲状腺等価線量には、
殆ど差がなかった、
と書かれています。

0~9歳のお子さんは、
計測されたのは5名のみですが、
その甲状腺等価線量は、
最大で24ミリシーベルト、
大人では最大で34ミリシーベルトになります。

この数字は、
以前の報道ではもっと大きなものでした。

大事なポイントは、
今回発表された測定値は、
行政の簡易測定の数値と、
極めて一致している、
という事実です。

つまり、
「お上の測定された値は正しかったのだよ」
という裏打ちのデータになっているのです。

しかも、
サーベイメーターの測定値は、
やや高めになっていて、
これはセシウムも同時に測定していることを考えると、
極めて妥当に思えます。

しかし、
これだけでお子さんの甲状腺の被曝量は、
30ミリシーベルト程度に留まる、
と考えてしまって良いのでしょうか?

放射性ヨードを実測したデータは極めて少なく、
上記のもの以外には、
論文化されているのは、
以前にご紹介した、
広島大学名誉教授の鎌田先生らのグループによるものだけです。

鎌田先生の調査は、
飯舘村と川俣町の住民15名に対して、
5月5日に尿の放射性ヨード131を測定する、
という形で行なわれています。

結果として、
放射性ヨードが尿から検出されたのは、
5名のみで、
そこから推定される甲状腺の等価線量は、
27~66ミリシーベルトとなっています。

つまり、
鎌田先生のデータは、
行政のデータや今回の床次先生のデータと比較すると、
より被ばく量は多かった可能性を示唆しています。

ただ、これは計測法は全く異なります。
甲状腺に残留する放射性物質から出るガンマ線を測定するのではなく、
尿の放射性ヨードのベクレル数から、
3月12日に住民が被ばくしたものと仮定して、
その時の被ばく量を逆算しているのです。

従って、
直接の測定でないため、
多くの制約があり、
ちょっとした条件の設定を変えるだけで、
大きく数値が変わってしまう危険性を有しています。

しかし、
この調査はその住民がどのような生活をし、
どの程度の量の放射性物質を空気中から吸い込み、
水や食べ物からどの程度の取り込みがあったのかを、
調査して推定の被ばく量を割り出しています。

こうした検証は、
床次先生の論文では全く行われていません。

問題は少数例の残留放射線量を測っただけで、
それで甲状腺の被曝線量が、
50ミリシーベルトを超える住民はいない、
と言い切って良いのか、
ということです。

床次先生の論文では、
その点を勘案して、
測定した62人のうち、
最も多く甲状腺に放射性ヨードが残留していた成人のデータから、
どのくらいの放射性ヨードを含む濃度の空気を、
吸入したかを逆算し、
それをお子さんが同じように吸入した場合に、
どの程度の被曝量になるかも推計しています。

これは全くの仮定のデータですが、
1歳や5歳の年齢では、
計算上63ミリシーベルトと、
50ミリシーベルトを超える線量になる可能性も、
示唆されるデータを追加しています。

ただ、せいぜい高く見積もっても、
このくらいに留まるだろう、
というのが論文全体の意味合いで、
鎌田先生の論文を含めても、
放射性ヨード131の甲状腺被曝については、
どんなに多く見積もっても、
100ミリシーベルトは決して超えない、
というのが、
概ね共通認識のようです。

今回のデータを、
どのように考えるべきでしょうか?

行政が主導で行なった、
サーベイメーターによる線量の生データと、
床次先生らの行なった、
スペクトロメーターによる、
残留放射性ヨードの測定データ、
そして鎌田先生らの行なった、
尿中の放射性ヨード131の測定データは、
事故当時の甲状腺の被ばくを考える上で、
重要な意味を持つものです。

ただ、重要なのはあくまで、
測定の生データのみです。

これを身体への影響として、
シーベルト単位に換算したものは、
多くの仮定の積み重ねで成立していて、
被ばくの期日が数日ずれたり、
被ばくの経路をどのように見積もるかによっても、
数値が結構違ってしまうなど、
その数値の解釈には、
慎重な検証が必要な性質のものだからです。

重要なポイントは、
NPO法人の方などが強調しているように、
3月11日以降20日くらいまでの期間に、
どのような生活をして、
どのくらいの時間外出し、
何を食べ何を飲んだか、
という詳細な記録を付けることの重要性で、
これがあれば、
後からでも被ばく量を推定することは可能です。

今回のデータはあくまで放射性ヨード131に限ったもので、
実際にはもっと半減期の短い、
テルル132やヨード132の飛散もあり、
その被ばくも存在している可能性があります。

そして、
上記の論文にも書かれているように、
その影響は検証が不可能であったために、
実際には無視されています。

従って、
ヨード131の被曝が、
小児甲状腺癌発症の主な要因だ、
というのは公式見解ではありますが、
それ以外の放射性ヨードの影響も、
それが測定されていない以上、
無視することは出来ないのです。

今回の論文も鎌田先生の論文も、
福島原発事故の周辺住民への影響は、
チェルノブイリと比較すると遥かに小さい、
というスタンスでは一致しています。
公式見解でチェルノブイリ避難民の、
甲状腺等価線量の平均は490ミリシーベルトとされていますから、
多く見積もっても60ミリシーベルト程度、
という検討結果は、
それより遥かに少ない被ばく量です。

海外では実状を知らずに、
チェルノブイリより深刻な事態であるかのような、
印象を持っている方も多く、
海外に日本の被害の実態を伝える役割を、
こうした論文は担っている側面があります。

従って、
データの解釈が、
結果として政府機関などの発表と、
あまり食い違いを見せない範囲で帰着しているのは、
一定の配慮が働いている可能性もあると思います。

勿論それが事実かも知れません。

ただ、
被曝による健康被害の発生は、
まだ現時点では未知数と考えるべきであり、
今後状況の変化によっては、
こうした初期被曝の推定のデータは、
もう一度再検証をする必要が、
あるのではないかと思います。

今日は論文化された、
福島原発事故による、
甲状腺初期被曝のデータを考えました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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