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降圧剤による肺炎予防効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ACE.jpg
今月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
一部の高血圧の薬による、
肺炎予防効果についての論文です。

これはこの雑誌には矢鱈と多い、
これまでの論文を集計して、
トータルにその内容を解析した、
所謂メタ解析の研究です。
「他人の褌で相撲を取る」のですね。

高齢者の肺炎が、
特に慢性のご病気をお持ちの場合、
その方の予後を左右する大きな問題であることは、
皆さんもご同意されるのではないかと思います。

肺炎は今も昔と変わらず、
高齢者にとっては命に関わる病気なのです。

高齢者の肺炎の原因は、
誤嚥が関係することが多いと考えられています。

普段はお元気な方でも、
年齢と共に口から入った食べ物が、
気管の方に入り易くなります。

これを、
知らないうちに食べたものが気道に入って、
苦しくて大変だった、
というように言われる方が、
よくいらっしゃいます。
これは肺炎の危険信号です。

通常はお元気な方で、
無意識のうちに、
それまでにはなかった誤嚥が起こるとすれば、
それは食事を口の中から、
スムースに食道へと送り込む働きの何処かに、
問題が起こっているからに違いありません。

しかし、それはどのような問題なのでしょうか?

誤嚥というのは、
要するに声帯を超えて、
気管の方向に飲食物が侵入する現象ですが、
それを防ぐ仕組みには、
無意識にスムースに物を食道に送り込む仕組み、
すなわち嚥下反射と、
そのシステムの乱れから、
一旦声帯を超えた異物を、
再び口の方向に跳ね飛ばす、
咳反射の2つが存在します。

知らないうちに食べたものが気道に入って、
苦しくて大変だった、
という症状は、
要するにこの嚥下反射と咳反射とが、
共に充分には働いていない、
という状態を表しています。

こうした症状がたまにある、
と言う人は、
実は少量の誤嚥は常に起こしているのです。
ある程度大きな異物が気管に入り、
それがすぐに排除出来なかったから苦しかったのであり、
それが起こる背景には、
嚥下反射が充分に働かずに、
少量の食物や水分の気道への侵入が起こり、
それがすぐに咳反射で跳ね返されずにそのままになる、
という状況が必要だからです。
窒息に近いような侵入が起こって初めて、
身体は本気で反応し、
無理矢理にその異物を外に押し出そうとするので、
「死ぬほど苦しい」
という症状が出現しそれが肺炎に結び付くのです。

何故年齢と共にこうした現象が起こるのかのメカニズムは、
全てが解明されている訳ではありませんが、
その2つの反射のバランスの制御に、
脳のドーパミンとサブスタンスPと呼ばれる神経伝達物質が、
大きな役割を果たしている、
という考え方があります。

大脳の基底核という部分から放出された、
ドーパミンの刺激により、
頚部神経節という部分でサブスタンスPという、
11個のアミノ酸から成る神経伝達物質が生成され、
そのサブスタンスPは迷走神経と舌咽神経を経由して、
口の中で嚥下反射を、
気管で咳反射をそれぞれ誘発する、
という仕組みです。

それを図示したのがこちら。
嚥下反射と咳反射のメカニズム.jpg
この考え方を提唱したのは、
東北大学(当時)の関沢清久先生らのグループです。
一時期滅多やたらと論文が出ていて、
日本語の教科書には、
確定した事実の如く書かれていますが、
実際的にはこの先生のグループ以外からの論文というのは、
世界的にもあまりなくて、
どちらかと言うと1つの仮説の域を出るものではない、
という理解の方がより適切な気がします。

関沢先生の仮説では、
加齢によるドーパミンの低下が、
高齢者の誤嚥の大きな原因です。

ドーパミンの低下はサブスタンスPの低下を招き、
このことにより嚥下反射と咳反射の両者が低下して、
誤嚥が起こり易くなるのです。

この推論が正しければ、
脳内のドーパミンを上昇させるような薬剤に、
誤嚥を改善する効果が期待出来る、
ということになります。

この目的で使用された薬の1つが、
ACE阻害剤というタイプの高血圧の薬です。

ACE阻害剤は、
商品名ではレニベースやプレラン、コバシル、エースコール、
などがそれに当たります。

これは血管を収縮させる昇圧物質である、
アンジオテンシンⅡという物質の産生を抑える薬ですが、
副次的な作用として、
サブスタンスPの分解を妨害する作用があるので、
そのためにサブスタンスPの減少が抑えられ、
誤嚥が減るのではないか、という理屈です。
同時にブラジキニンという物質の分解も阻害されるので、
これによる咳反射の亢進も起こります。

通常は、
このACE阻害剤の使用による、
咳の出現は、
薬の副作用と判断されるので、
むしろ薬を変更したり中止する、
という方針になることが多いのですが、
実がこれが高齢者の場合、
肺炎の予防として機能するのではないか、
という発想です。

こうしたドーパミン系の賦活による、
肺炎予防についての臨床研究は、
その多くが前述の関沢先生らのグループによるもので、
あまり世界的な追試は行なわれていないのですが、
このACE阻害剤については、
海外でも多くの論文が出ています。

そして今回、
そのメタ解析が発表されたのです。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

ACE阻害剤は多くの臨床研究において、
肺炎の発症を予防しており、
その効果は日本の論文でより著明ですが、
海外文献でもその傾向は認められています。
アジアでは相対リスクが5割以上低下しているのに対して、
それ以外の地域の文献では、
2割弱の低下に留まっています。
その予防効果は脳卒中後の肺炎でも認められています。
そして、その効果は同種の降圧剤でありながら、
サブスタンスPやブラジキニンの分解は阻害しない、
ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)では、
認められていません。

文献の結論は、
ACE阻害剤には、
一定の肺炎予防効果があり、
それは脳卒中後とアジア人種でより明瞭なものである、
というものです。

今回のデータをどのように考えれば良いのでしょうか?

日本人のデータは、
少し下駄を履いている、
と考えた方が良いのではないか、
と僕は思いますが、
ACE阻害剤が咳反射を亢進させることにより、
誤嚥を予防する効果のあることは、
ほぼ間違いのない事実だと思います。

高齢者の場合、
ACE阻害剤で咳が出現するのは、
日頃の少量の誤嚥に対して、
気道が敏感に反応しているためと考えると、
むしろこうしたケースの咳反射の亢進は、
患者さんにとって有益で、
咳を原因に薬を中止することは、
誤りである可能性があります。

勿論、
ブラジキニンの上昇は、
血管の浮腫みなど、
他の副作用の誘因ともなるので、
一概に良いことばかりとは言えませんが、
少量の誤嚥を繰り返している可能性のある患者さんの場合には、
継続が可能な程度の咳であれば、
中止や減量をするのは、
慎重に考えるべきではないかと思います。

ACE阻害剤は、
ブラジキニンやサブスタンスPを上昇させることが、
副作用に繋がるので不出来な薬とされ、
その改良薬としてARBというタイプの、
ずっと高価な薬剤が開発され、
日本でもACE阻害剤より、
遥かに多く処方されています。
しかし、その優位性に疑義を呈する意見も多く、
世界的にACE阻害剤を見直す気運があり、
日本でもそうした観点から、
ACE阻害剤の処方を、
もっと積極的に考える必要があるのではないかと思います。

今日は高血圧の薬による、
肺炎の予防効果についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

たか

突然すみません!こどもが10日くらいまえからカンピロバクターになりました。今は1日一回下痢をしてます。
おなかもまだ時々いたいようです。こんなに長くつづくのでしょうか。ネットでみたギランバレーも心配でたまりません!
by たか (2012-07-20 09:23) 

fujiki

たかさんへ
徐々に改善傾向のあるようであれば、
それほどのご心配は要らないと思います。
便の検査はされましたでしょうか?
耐性菌で痛みの続く場合には、
僕は抗生物質を少し追加で使用することはあります。
ただ、それが絶対必要、というほどではありません。
ギラン・バレーは、
トータルな頻度は1万人に1人出るかどうか、
というくらいでお考え頂いて、
それほどご心配されない方が良いと思います。
ただ、1か月くらいは、
「歩き難い」などの症状には、
注意が必要で、
足の力が入り難い、などの症状があれば、
受診は絶対に必要で、
その時には必ずカンピロバクターの話を、
するようにして下さい。
by fujiki (2012-07-20 18:12) 

たか

お返事ありがとうございました。安心しました。ネットでみれば見るほど不安になり…先生の過去記事も拝見したのにまた伺ってしまいました。お忙しいのにすみません。

便の検査はしました。また来週します。
ゆっくりですがよくはなってきていると思います。

ギランバレーの件もありがとうございました。ありえないくらいの心配性なので…ほんとに安心しました!経過は慎重に見ていこうと思います。

考え過ぎないようにします!

ほんとにありがとうございました。


by たか (2012-07-20 18:39) 

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