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ペリオスチンの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日で、
診療は午前中で終わり、
午後は珍しくフリーの予定です。

それでは今日の話題です。

先日こんな表題のニュースがありました。

【アトピー性皮膚炎慢性化の原因を解明】

テレビのニュースでは研究者の記者会見が行われていて、
ご丁寧にネズミを使った動物実験の様子まで、
映像として流れています。

一体どういう基準の下に、
こうした報道が行われるのでしょうか?

日本には多くの優秀な研究者がいて、
多くの科学の分野における研究成果が、
日々海外の一流の科学誌に、
掲載されています。

勿論医学の分野もその例に洩れません。

しかし、
その全てが平等に、
新聞の紙面を飾り、
テレビのニュースになる訳ではありません。

誰かなり何かなりが、
その選択を行なっているのでしょうが、
それは表には現れないので、
それを読んだり見たりするこちら側では、
どうにもしっくりしない思いがするのです。

今回の記事を読むと、
アトピー性皮膚炎が、
慢性化する理由は今まで分かっていなかったけれど、
それが初めて解明され、
今後のアトピー性皮膚炎の治療に、
明るい光が差し込むかも知れない、
というニュアンスの記事になっています。

記事にはこの研究は、
6月11日付のアメリカの科学誌に掲載された、
と書かれていますが、
多くの記事にはその科学誌の名前は書かれていません。

概ねこうした記事の第一報には、
そのソースは書かれていないのですが、
これはどうしてなのか、
いつも非常に疑問に思います。

せっかく論文が掲載されたのですから、
是非その原文を読みたいと思うのに、
それを探すのが一苦労です。

何故こんな嫌がらせのようなことをするのか、
はなはだ不愉快です。

更には文面も怪しくて、
アトピー性皮膚炎が慢性化する、
と書かれていますが、
アトピー性皮膚炎というのは、
そもそも慢性の病態に付けられた名前の筈です。
急性のアトピー性皮膚炎というのは、
急性湿疹のことですから、
それはアトピーとは言わないのです。
これは喘息の場合と同じですね。
慢性で反復性の経過が、
その診断の根拠になるのです。

それからいつも本当に腹が立ちますが、
「○○が解明」という表現は、
余程のことがなければ使用しないで欲しいと思います。

科学で何かが解明された、
というのは、
もうそれでその研究はゴールに達した、
という意味ですから、
たった1つの論文で、
「解明」というのは本来はないのです。

たとえば新聞を検索して、
一体この10年に、
どれだけの回数、
アトピー性皮膚炎のメカニズムは解明されたでしょうか?
おそらく両手の指では足りないと思います。

誰が解明されたと決めたのですか?

論文の著者でしょうか?

それではあまりに批判的な精神が欠如してはいないでしょうか?

日本のメディアというのは、
ある種の権威づけが成立すれば、
それでOKなのです。

○○大学教授がこう言った、
というのが1つあればそれで良い訳です。
第三者的な評価は無用なのです。

そのことにより、
多くの有害な記事が垂れ流されても、
そんなことには我関せずです。

大学教授にだって、
多くの怪しい人物はいて、
多くの怪しい研究をし、
または何も研究せず、
中にはデータを捏造して、
後から論文を取り下げる人だっているのですが、
そんなことは知ったことではないのです。

ただ、誤解のないように強調したいのですが、
上記の記事に紹介された研究結果自体は、
非常に優れた内容のものだと思います。

僕が疑問に思うのは、
取り上げ方の仰々しさと、
その不公正さだけです。

こちらをご覧下さい。
ペリオスチンとアトピー論文.jpg
上記の記事の元になった文献です。
the Journal of Clinical Investigation誌の電子版に掲載されています。

この雑誌はレベルの高い科学誌ですが、
僕の先輩も沢山の論文をこの雑誌に載せています。
しかし、一度も記者会見などされたことはありません。

要するに、
僕の言いたいのはそういう不公平と、
誰がそれを仕切っているのだろう、
ということだけです。

さて、愚痴が長くなり過ぎました。

論文の内容をご説明したいと思います。

気管支喘息もアトピー性皮膚炎も、
ダニやホコリ、病原体などの、
所謂抗原の刺激が引き起こす、
アレルギー反応がその元になっていることは、
明確になっている事実です。

アレルギー反応というのは、
要するに特殊なタイプの免疫反応です。

ただ、通常の免疫反応というのは、
抗原自体が身体から排除されれば、
それで元に戻る筈なのですが、
喘息やアトピーでは、
一旦抗原刺激がそのような病態を造り上げると、
それが慢性化して、
抗原刺激がなくなっても、
持続してしまう、
という特徴があります。

その病態に、
抗原刺激により分化した、
2型のヘルパーT細胞というリンパ球(略してTh2です)と、
そこから産生されるサイトカインが、
大きな役割を果たしていることは、
これまでに分かっていましたが、
たとえばアトピー性皮膚炎の場合、
サイトカインが何を介して持続的な炎症に至るのかは、
明確ではありませんでした。

慢性の炎症は、
線維化という現象を呼びます。

これは傷の治った後のかさぶたのようなもので、
一種の治癒機転なのですが、
どうもアトピーや気管支喘息の場合、
その線維化が歯止めが利かず持続している、
という現象が存在します。

そこで、
線維化に係わる物質やマーカーが、
慢性炎症継続の、
鍵を握っているのではないか、
という仮説が生まれます。

ここで上記の文献の著者が着目したのが、
ペリオスチンという物質です。

ペリオスチン(periostin)は、
細胞外マトリックス蛋白の一種で、
1999年に日本の研究者によってその構造が解明されました。
(これは間違いなく解明されたのです。
解明という言葉は、
本来はこうした時にのみ使用されるべきです)

細胞というのは、
それ自体はフニャフニャで、
それが集まっても、
それだけでは確たる構造を持ちません。

人間を構成する細胞だけを全部培養しても、
それは「形」としての人間にはなりません。

それを人間という構造物にしている支えの部分が、
コラーゲン線維などの細胞外マトリックス蛋白です。

ペリオスチンはその中で、
細胞の接着に関わる働きを持っていると、
考えられています。

人間の身体が障害を受け破損すると、
その部位に新たに細胞が増殖し、
その周囲には細胞外マトリックス蛋白が増殖して、
障害の部位を修復します。

しかし、
この修復過程で、
細胞自体より、
それをくっつける糊のようなものだけが、
過剰に増殖すれば、
一応傷は塞がりますが、
正常の組織には戻りません。

これが言ってみれば、
線維化という代物です。

ペリオスチンは、
ある種の癌では増殖したり、
また心筋梗塞の時などには、
心臓の筋肉の再生を助ける働きがあります。

ペリオスチンが作れないように、
遺伝子を欠損させたネズミでは、
心筋梗塞後の組織の修復力が低下して、
高率に心破裂を起こすことが、
ペリオスチンを発見したグループによって、
上記の文献よりずっと以前に報告されています。

今回の論文においては、
ペリオスチンが慢性炎症の仲介役であるとの仮説の元に、
ネズミに抗原刺激を与えてアトピーのモデルを形成し、
抗原刺激により、
繊維芽細胞から産生されたペリオスチンが、
インテグリンαを介して角化細胞に情報を伝達していることを、
複数の実験によってほぼ実証しています。

このインテグリンというのは、
細胞表面にある一種のセンサーで、
細胞はそれを介して、
細胞外マトリックスから情報を取り込むのです。

ペリオスチンの遺伝子が発現しないようにしたネズミでは、
抗原刺激があってもアトピーのような炎症は起こらず、
ペリオスチンがあっても、
インテグリンαをブロックすると、
その場合もアトピーのような炎症は起こりません。

つまり、
アトピーによる慢性炎症の発症には、
あくまでネズミの実験のレベルですが、
ペリオスチンとインテグリンαの、
双方が必要なのです。

論文の中には人間の皮膚において、
アトピーの患者さんでは、
ペリオスチンの表皮での発現が多いことが、
染色により確認されている、
というデータも付加されています。

ただ、人間で分かっているのは、
そこまでです。

こちらをご覧下さい。
ペリオスチンとアトピーの図.jpg

論文にある、
アトピーの発症メカニズムの仮説の図です。

まず抗原刺激があると、
抗原提示細胞による情報伝達により、
2型のヘルパーT細胞が活性化され、
そこからインターロイキン4とインターロイキン13という、
サイトカインが放出されます。
これにより、
繊維芽細胞からペリオスチンの分泌が起こり、
そのペリオスチンがインテグリンαとの結合を介して、
表皮の角化細胞に情報を伝達します。
その結果として角化細胞から産生された炎症物質が、
Th2リンパ球を活性化する、
という一種のループを形成しているのではないか、
というのが、
著者らの提唱する仮説です。

ただ、これはまだ、
あくまで仮説の域を出ないものだと思います。

以前ご紹介しましたが、
インターロイキン13の抗体による、
喘息の治療は試みられていて、
その使用によりペリオスチンも減少しますが、
全ての喘息の患者さんに、
その治療が有効であった、
という訳ではありません。

喘息とペリオスチンとの関連も、
多くの研究結果はありますが、
まだ解明に至っている、
という段階ではありません。

一般臨床でアレルギーの患者さんを診ることもある、
臨床医として思うことは、
アレルギー疾患は決して均一なものではなく、
同じような喘息症状やアトピーの湿疹であっても、
その成り立ちは個々に違う部分が、
かなりあるのではないか、
ということです。

従って、
アトピーの発症メカニズムとして、
こうした経路のあることは事実だと思いますが、
それが全てと即断することは、
リスクがあるのではないかと思いますし、
事実ではないと思います。

更に最近の高度医療というのは、
こうした物質の関与が疑われると、
すぐにそれを阻害するような物質
(この場合インテグリンとペリオスチンとの結合を、
邪魔するような抗体が、
すぐに思い付きます)を、
高額な注射薬として販売し、
製薬会社が巨額の利益を得る、
という流れですが、
ペリオスチンはIgEのようなものとは異なり、
心筋梗塞などのストレス時には、
明確な必要性のある物質なので、
その作用をブロックするような薬を、
軽率に開発するのは危険だと思います。

個人的な見解としては、
今回の結果は非常に興味深く、
今後のアレルギー疾患の診療に道を開くものだとは思いますが、
それですぐアトピーの全てが解明された、
とか、
アトピーの完治に繋がる治療薬が開発される、
というのは、
言い過ぎではないかと思いますし、
節度のある報道を、
メディアには期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ミケロット

「その構造が解明されました」と言うのも1つの立体構造モデルの提示と言うべきで「解明」とは言わないのではないでしょうか?
by ミケロット (2012-06-19 19:31) 

fujiki

ミケロットさんへ
貴重なご指摘ありがとうございます。
「解明」という意味合いは、
その後の研究の積み重ねや検証の結果として、
1999年の論文で提示された内容が、
2012年の時点において、
「事実」として認識されている、
という意味合いでご理解頂ければ幸いです。

僕の言いたいことは、
新たな知見が、
1つの研究グループの手によって、
論文化されても、
その時点ではまだ、
それは基本的に仮説であって事実ではなく、
その結果が「事実」であるような印象を、
読者や視聴者に与えるような、
そうした報道のあり方は、
基本的に誤りではないか、
と言うことです。
by fujiki (2012-06-19 21:53) 

通りすがりのアトピー患者

言いたいことは、メディアへの批判であって、論文著者への批判ではないですよね?
長々と説明されていますが、私の読解力不足のためでしょうが、正直意図がわかりません。

確かにメディアは誇張表現をしているかもしれませんが、
そんなに目くじらを立てて批判する程、嘘を書いているとは思えません。
素人にわかりやすいのはどちらかと言えば、
このブログより新聞等のメディアの記事の方で、直感的です。

識者先生であれば、論文の内容に対する議論を、我々素人にわかりやすく議論していただく方が建設的かと思います。

by 通りすがりのアトピー患者 (2012-06-20 12:14) 

通りすがりのアトピー患者

追記です。

論文のAbstractをちょっと読んだだけですが。

The mechanisms underlying chronicity in allergic inflammation remain unresolved. 中略 Here we show that periostin is a critical mediator for the amplification and persistence of allergic inflammation ...
アレルギー炎症慢性化のメカニズムは「unresolved」である。中略。
我々はペリオスチンが...アレルギー炎症の固執と増幅のための重大なメディエイターであることを「show」する。

と書いてます。著者は解明したとは明記していませんが、普通に読めば、「unresolved」だった問題を「show」した場合、「解明」したと日本語訳してもおかしくないのではと思います。
もちろん、「解明」よりより良い日本語があるかとは思いますが。
by 通りすがりのアトピー患者 (2012-06-20 12:24) 

fujiki

通りすがりの…さんへ
駄文に目を通して頂き、
貴重なご指摘をありがとうございます。

私なりに論文の内容をご紹介しようという意図で、
書いた記事なのですが、
前置きが長くなり過ぎて、
意図が不明瞭になったのだと思います。
本来は前半はただのおまけです。
それが、書いているうちに、
次第に膨らんでテンションの高いものになってしまうのです。
良くご指摘を受ける点なので、
今後はより明確な記載を、
心がけたいと思います。

勿論ご指摘のように、
プロの方の書かれた記事の方が、
数段上だと思います。

以前にも、
群馬大学のご高名な先生から、
ツィッターというものの中で、
「ダラダラ長過ぎて何が書いてあるのか分からん」
と貴重なご指摘を頂いたこともあります。

一点のみ、
論文の記載についてのことですが、
勿論論文というのは、
自分の研究成果を、
なるべく重要なものとして表現するのが当然なので、
「画期的な発見」や「世界で最初に明らかにした」
というようなニュアンスになるのです。
それはそれで良いことで、
自己宣伝は重要な要素なのだと思います。

従って、報道される科学記事が、
「論文の紹介」であれば、
「解明」で全然問題はないのですが、
そうではなく、
論文の内容とその評価を第三者的な立場から、
解説する、という趣旨のものだと思いますので、
そうであれば、
「解明」というのは言葉が強いのではないか、
と思うのです。

私がこう考えますのは、
新聞のこうした記事を読みますと、
「解明」というのは、
1つの決まったフレーズのようになっているので、
それは矢張りちょっとまずいのではないか、
文章と取材のプロのジャーナリストの方には、
もっとその内容ごとの微妙な言い回しを、
使って頂ければ、
より良い内容になるのではないかと、
非常に僭越とは思いましたが、
そう考えたためです。

今回の記事に即して考えますと、
「アトピー発症の機序にペリオスチンの関与か?」
とか
「アトピー発症メカニズムのミッシングリンクに、日本発新たな知見」
くらいがどうかな、
というのが私の意見です。
by fujiki (2012-06-20 14:41) 

Licca

前半の「ただのおまけ」、私は好きです。
そんな読者もいますので、
できれば今まで通りでお願いできませんか。

そもそもアトピーって、「なんかよーわからん」って事ですよね。
解明されればアトピーじゃなくなる訳で。







by Licca (2012-06-20 19:14) 

fujiki

Licca さんへ
暖かいコメントありがとうございます。
ほどほどに続けたいと思います。
by fujiki (2012-06-20 22:10) 

ウィーンより

詳細な説明ありがとうございました。大変参考になりました。
by ウィーンより (2013-07-28 18:29) 

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