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低用量アスピリンの使用とその出血リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
糖尿病の出血事象とアスピリン.jpg
JAMA誌の今月号に掲載された、
低用量アスピリンの使用と、
その副作用である出血のリスクについての話です。

この問題は相当ややこしくて、
奥が深く、
僕もあまりきちんとまだ整理が付いていません。

論文を個々に読み込みながら、
徐々に整理してゆきたいと思います。

低用量のアスピリンには、
血小板の働きを弱める作用があり、
そのため心筋梗塞の再発予防に使用されて、
明確な発作予防の効果が確認されています。

アスピリンには他にも、
腺癌の進展や転移を抑制する効果のあることも、
ほぼ確実と考えられていて、
そのために、
低用量のアスピリンを継続して使用することは、
癌と心筋梗塞という、
人間にとっての主な死亡原因の、
予後を改善する効果が期待出来ます。

アスピリンの効果が明確なのは、
心筋梗塞の二次予防、
すなわち一度心筋梗塞の発作を起こした後に、
発作の再発を防ぐという効果です。

ただ、この薬は実際には、
まだ明確な病気の症状が出る前に、
初回の発作を予防する目的でも使用されています。

これを一次予防、と言いますね。

アスピリンの一次予防には効果があるのでしょうか?

これはちょっと微妙です。

一次予防と二次予防とを比較すると、
どんな治療でも二次予防の方が、
明確な効果が期待出来ます。

これはつまり、
まだ病気の起こる前の段階では、
実際には薬を飲まなくても、
何ら問題なく病気も起こらない、
という人が多く含まれているからです。

それに対して、
一旦病気の発作を起こした人では、
確実に同様の発作の再発する危険性は、
そうでない人よりずっと高くなります。

つまり、
必要な人だけに使用するので、
その効果もより高いものになる訳です。

薬には必ず副作用のような有害事象があります。

アスピリンのような、
小さな出血を止めるために働く血小板の機能を、
低下させるような薬の場合、
その副作用で一番問題になるのは、
出血です。

それも健康上大きな問題になるのは、
消化管の出血と脳出血です。

アスピリンの再発予防効果が、
心筋梗塞では明確に見られても、
脳卒中でははっきりした差が出ないか、
出ても小さなものに留まるのは、
脳の血管は出血を伴い易いので、
そのリスクが効果と相殺される部分があるからと、
考えられます。

従って、
心筋梗塞の一次予防において、
本当に出血のリスクを差し引いても、
アスピリンのメリットがあるのか、
という点が、
1つの大きな問題点ということになります。

もう1つの問題は糖尿病の患者さんについてのものです。

糖尿病は単独で脳卒中や心筋梗塞を、
発症するリスクとして知られています。

そのため、アメリカの糖尿病学会は、
10年間の心筋梗塞や脳卒中のリスクが、
10%を超えると予想される患者さんでは、
その発症の一次予防に、
アスピリンを使用することを推奨しています。

しかし、
その一方で糖尿病の患者さんは出血のリスクも高く、
アスピリンによる出血の有害事象も、
多くなることが予想されます。

そして実際にこれまで、
明確にアスピリンが糖尿病の患者さんにおいて、
脳卒中や心筋梗塞の一次予防に、
効果のあったという、
信頼の置けるデータは存在しません。

つまり、
一次予防と二次予防という考え方で言うなら、
糖尿病の患者さんは、
よりリスクが高いのですから、
アスピリンの予防効果も、
本来なら高い筈なのに、
実際にはそうではないのです。

それはどうしてなのか、
というのがもう1つの問題点です。

今回の論文は、
イタリアにおいて市民の健康情報のデータを活用し、
低用量のアスピリンの使用と、
出血の有害事象の発症の有無、
そして糖尿病のあるなしで、
その出血の頻度がどのように変わるのかを、
検証したものです。

最終的には、
37万人余の人数を、
アスピリンの使用群と、
未使用群とに、
ほぼ半数ずつ割り付けています。
年齢層の平均は60代の後半です。

この研究のポイントは、
通常検証される、
アスピリンの心筋梗塞などへの予防効果ではなく、
アスピリンの使用や糖尿病のあるなしで、
出血の頻度自体がどのように変わるのかを、
検証したところにあります。

つまり、通常とは逆の発想で、
消化管出血や脳出血の、
有害事象をその中心にしているのです。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

平均観察期間5.7年で、
アスピリンを使用している場合の、
入院を要した脳出血や消化管出血の頻度は、
年間1000人当たり5.58人、
という比率で、
これが未使用の場合には、
年間1000人当たり3.60人になります。

つまり、
アスピリンの使用により、
1.6倍程度の出血リスクの上昇があります。

アスピリンを長期使用する場合、
プロトンポンプ阻害剤と呼ばれる、
胃薬を消化管出血の予防のために、
使用するケースが増えていますが、
アスピリン使用者で胃薬を使用しない場合の、
重症出血の発症は、
年間1000人当たり6.67人なのに対して、
使用している場合には、
4.24人になっています。

つまり、
プロトンポンプ阻害剤の使用により、
出血のリスクは3分の1程度低下しています。

更に興味深いのは糖尿病です。

アスピリンを使用していなくても、
糖尿病の患者さんの重症出血発症リスクは、
年間1000人当たり5.35人です。

つまり、
アスピリンを使用している場合と、
出血のリスクは殆ど変わりません。

そして、
アスピリンを使用している糖尿病の患者さんでも、
そのリスクは5.83人で、
それほどの違いはありません。

この解釈は難しいのですが、
糖尿病自体が、
独立した出血のリスクなので、
アスピリンの使用により、
そのリスクはやや底上げされますが、
それほどは変化しないのです。

個人的な考えとしては、
糖尿病では脳出血や出血性梗塞の頻度が多く、
アスピリンで増加するのは、
主には消化管出血なので、
それぞれのリスクが、
独立しているのではないか、
と思います。

これまでのデータによると、
アスピリン使用での重症出血の発症は、
年間1000人当たり1~2人程度という報告が多く、
日本のデータは概ねもう少し高い数値です。

しかし、今回のデータでは、
その頻度は数倍多いものになっています。

ただ、これはこのデータが、
実際に医療機関で、
選択された患者さんを対象にしているのではなく、
住民全体からアスピリンの使用者を抽出したものなので、
実際の頻度を反映しているからだと思います。

たとえば、
臨床試験の結果では殆ど報告されなかった副作用が、
その薬が一般発売されると、
急に増えて問題になる、
というケースがよくありますが、
特定の高次の医療機関や専門施設で、
症例を限って行なわれる診療試験というのは、
実体を反映しないということが、
ありがちなものだからです。

その意味でこうしたデータは非常に貴重なもので、
アスピリンという、
非常に有用な薬剤を、
患者さんにとって安全かつ有効に使用するための、
多くのヒントが含まれているように思えるのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

たろう

いつも楽しみに拝見させてもらっています
心房細動の脳塞栓の予防に対しJAST試験が行われアスピリン投与に疑問が生じております
ワーファリン管理困難な患者様にアスピリンの継続をどうするか代替薬をどうするか悩んでおります
ご意見あれば教えていただけるとありがたいです
by たろう (2012-06-14 12:49) 

fujiki

たろうさんへ
コメントありがとうございます。
難しい問題ですね。

基本的には慢性心房細動で、
一定以上の塞栓症のリスクがあるという判断であれば、
抗凝固療法が必須と思われますので、
ワルファリンが使用困難であれば、
矢張りプラザキサかイグザレルトの使用を、
検討するのが望ましいように思います。

ガイドラインの記載は、
その辺りはどうも玉虫色です。

しかし、実際には、
ワルファリンの使い難い事例では、
海外データを元に、
低用量のアスピリンが使用されることが、
多いのではないかと思います。

ただ、ご指摘のように、
日本人のJAST試験では、
出血のリスクの方が、
むしろ上回る可能性が高い、
という結果でした。

この結果を重視するとすれば、
抗血小板剤での代用薬は、
出血リスクの相対的に低いと思われる、
プレタールか、
ということになりますが、
現時点での心房細動に対するエビデンスは乏しいですし、
心臓への影響が、
心房細動の場合は気に掛かります。

また、先日、
肺塞栓症の二次予防に、
ワルファリンからアスピリンへの切り替えで、
一定の予防効果が認められた、
というデータがあり、
海外データではありますが、
これなどを見ると、
アスピリンも悪くないのでは、
と心は動きます。

問題は消化管出血より、
矢張り対応や予防の困難な、
脳出血のリスクを、
どう見積もるか、
という点にあり、
個人的には全身の動脈硬化の進展していない、
比較的若年の事例では、
プラザキサやイグザレルトと共に、
アスピリンも考慮に値すると思いますが、
全身の動脈硬化の進行した、
出血リスクが非常に高いと考えられる事例では、
心房細動に対する抗血小板剤のみの使用は、
見合わせた方が、
むしろ患者さんの利益になるように、
現時点では思えます。
ボーダーラインの場合に、
抗血小板剤で何を選択するか、
ということになれば、
矢張りデータの蓄積の多い、
アスピリンを選択したいと思います。

ちょっと不正確な部分が記事にありましたので、
少しその部分を削りました。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2012-06-14 23:12) 

たろう

御丁寧な回答ありがとうございました。 ワーファリンの使いづらいケースは通常高齢で腎機能低下を伴うことが多いですね。 薬価の問題はありますがイグザレルトなどの低用量投与はどうだろうか?なんて考えたりもしています。
by たろう (2012-06-15 13:41) 

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