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潜在性甲状腺機能低下症の治療効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から雑用をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
潜在性甲状腺機能低下症に対するホルモン剤の効果論文.jpg
Arch Intern Med.誌に先月掲載された、
潜在性甲状腺機能低下症に対する、
甲状腺ホルモン剤治療の、
心疾患予後改善効果についての論文です。

甲状腺ホルモンは、
心臓の働きを適切に維持するのに、
重要な役割を果たしています。

それが不足した甲状腺機能低下症では、
その状態が高度であれば、
心臓の働きは落ち、
脈拍数は低下し、
心臓は著明に拡大して、
身体が浮腫んで息切れがする、
粘液水腫と呼ばれる特有の心不全症状が出現します。

その一方で、
甲状腺ホルモンが過剰になる、
甲状腺機能亢進症の状態では、
心臓の鼓動が高まり、
脈拍数は増加して、
今度は心臓が過剰に運動することにより、
動悸や息切れの症状が出現します。
程度が強ければ、
高拍出性の心不全という、
これも特殊な心不全の状態になります。

このように、
その量が多くでも少なくても、
甲状腺ホルモンは心臓に対して、
良くない影響を与えます。

従って、甲状腺機能低下症も、
甲状腺機能亢進症も、
勿論それだけが治療の理由ではありませんが、
心臓の働きを適切に維持するために、
治療の必要性があるのです。

ただし…

甲状腺の機能異常と一口で言っても、
その程度は様々です。

従って、
実際にどの程度の機能異常であれば、
治療のメリットが生じるのか、
というのは、
一般の臨床において極めて身近な問題であると共に、
実際には検証の難しい問題でもあります。

甲状腺機能低下症の場合、
その程度は主に甲状腺刺激ホルモンの数値で、
判断がされます。

甲状腺に原因のある、
甲状腺機能低下症の場合、
ホルモンの不足の程度に伴って、
甲状腺刺激ホルモン(TSH)の数値は上昇します。

このTSHの数値が、
概ね10mIU/Lを超えた場合を、
顕性の甲状腺機能低下症と呼ぶのが一般的です。

この数値の意味合いは、
概ねこの数値を超えれば、
甲状腺ホルモン自体の数値も、
正常範囲を下回るようになり、
TSHは年齢と共に上昇し、
高齢者の正常上限は7程度になる、
というデータもあるのですが、
10を超えれば、
どの年齢層でも異常と言って良い、
という当たりにあります。

また、幾つかの大規模な疫学データにおいて、
TSHが10を超えると、
心疾患の発症や死亡のリスクが増える、
という結果があるからです。

ただ、85歳以上の年齢層においては、
甲状腺の軽度の機能低下があった方が、
生命予後は良い、というデータもあって、
高齢者の場合の意味付けには、
議論が残っています。

甲状腺ホルモンは、心臓に、
「ほら働け!」と発破を掛けるような作用があるので、
年齢を重ねて少し弱った心臓においては、
発破の掛け方は通常より弱くした方が、
却って心臓が長持ちする、
というくらいに考えると、
了解は可能なような気がします。

さて…

問題はより軽度の機能低下症においても、
同様のことが言えるのかどうか、
というところにあります。

これを潜在性甲状腺機能低下症と言います。

その定義は必ずしも統一されたものではありませんが、
上記の論文においては、
TSHが5.01から10.0までの間で、
甲状腺ホルモンの数値自体は、
上限を超えないものとされています。

疫学データにおいては、
このレベルの機能低下症でも、
心疾患の増加に繋がる、
という結果が存在します。

ただ、そのリスクは軽度のものなので、
問題はそうした状態の患者さんでも、
甲状腺ホルモン剤の治療を、
行なう必要性があるのだろうか、
というところにあります。

逆に言えば、
甲状腺ホルモンを使用することにより、
軽度の甲状腺機能低下症の患者さんでも、
心疾患の予防効果が期待出来るかどうかが、
大きなポイントになるのですが、
その点についての、
信頼のおける大規模な疫学データは、
これまで存在しませんでした。

そこで、今回の研究においては、
イギリスの医療データベースを用いて、
2001年の時点で潜在性甲状腺機能低下症であった、
40歳~70歳の患者さん3000人余と、
70歳を超える患者さん1600人余を、
それぞれほぼ半数は甲状腺ホルモン剤の治療群、
残りの半数は未治療として、エントリーし、
その後の平均7年を超える経過を検証しています。

甲状腺ホルモン剤(T4製剤です)の、
平均1日量は75μgです。

その結果、
40~70歳の年齢層においては、
その後の心疾患の発症率を、
相対リスクでほぼ4割有意に低下させ、
更には全死亡リスクも、
有意に低下させていました。
そのリスク低下は死因別に見ると、
心疾患及び癌死亡で認められました。
70歳以上の年齢層では、
そうした治療による効果は認められませんでした。
有意ではありませんが、
心疾患の発症率は、
甲状腺ホルモン使用群で、
むしろ増加する傾向を示していたのです。
ただ、治療群における、
心房細動の増加はありませんでした。

今回の結果をどのように考えれば良いのでしょうか?

TSHが5.01~10.0程度の、
潜在性甲状腺機能低下症においても、
70歳以下の年齢層では、
甲状腺ホルモン製剤を使用することにより、
その後の心疾患の発症リスクを減らし、
生命予後にも良い影響を与える可能性があります。
ただ、70歳以上の年齢層においては、
軽度の機能低下は、
むしろ心臓に負担を掛けない意味で望ましい場合があり、
高齢者の治療の目安は、
TSHが10を超えるくらいにおいた方が、
より安全だと現時点では考えられます。

今日は潜在性甲状腺機能低下症の、
治療効果についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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茨城の母

先日、甲状腺検査を受け、子供が腺腫様甲状腺腫と診断されました。
近所には、嚢胞が見つかっているお子様が何人かいますが、
先生は、原発事故によるものでないと判断しますか?
ちなみに、診察してもらったお医者さまはわからないとのことでした。
by 茨城の母 (2012-05-02 13:23) 

fujiki

茨城の母さんへ
通常の考えからすれば、
無関係だと思います。
被曝が生じてから、
仮に腫瘍が誘発されるとすれば、
数年という時間は必要と考えられるからです。
ただ、こうした判断には絶対ということはなく、
今後の経過を見ないと何とも言えないと思います。
複数の嚢胞があって、
それで腺腫様甲状腺腫という判断であるとすると、
放射能云々を無視して考えれば、
通常はまずご心配は要らないと思います。
by fujiki (2012-05-02 21:35) 

茨城の母

早速のご回答、ありがとうございます。
子供の様子を見ながら過ごすことにします。
これからも宜しくお願いします。
by 茨城の母 (2012-05-02 22:26) 

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