円形脱毛症の話 [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後はレセプトの事務作業の予定です。
それでは今日の話題です。
今日は円形脱毛症の話です。
頭皮の脱毛は、
現代の社会においては、
美容上の大きな問題であり、
ストレスの大きな源の1つである、
という意味でも、
医学的に無視出来ない問題です。
頭に毛が生えていようがなかろうが、
広く生物という観点から見れば、
何の違いもない事項ではあるのですが、
人間はただそれだけのことに、
悩み苦しみ、
脱毛の進行を食い止めるために、
多くの方が、
多大な犠牲や巨額の出費をすることを厭いません。
この高度資本主義の世の中においては、
脱毛を予防したり、
それを隠したり取り繕ったりすることが、
1つの産業として成立し、
巨額の収益を上げています。
医療というのは、
これまで脱毛の予防というような問題を、
「命には関わらない些細なこと」
と捉えてやや軽蔑する傾向があり、
あまり積極的にその撲滅や解消には、
取り組んで来なかったのですが、
最近では美容的な問題が、
資本主義社会の医療においては、
無視出来ない比率を持つようになって来たので、
「毛髪外来」のような窓口を設ける、
医療機関も増えて来ているのが現状です。
ただし…
加齢に伴う男性の退行現象としての脱毛に関しては、
現時点で画期的な名案はありません。
男性ホルモンが関与していることは間違いがなく、
毛根における男性ホルモン作用をブロックする作用を持つ、
ミノキシジルが育毛剤として使用され、
同種の作用を持つ飲み薬である、
フィナステリド(商品名プロペシア)が、
使用されていますが、
一定の効果はあるものの、
どちらかと言えば進行抑制で、
著名な改善を示すケースはごく僅かです。
30代の男性型脱毛の方がいて、
プロペシアを他院で処方されていました。
ある時健診でお見えになったので、
胸を見ると、
明らかに乳房は盛り上がって女性化しています。
お聞きすると、
プロペシアで目に見えた効果がなかったので、
今は女性ホルモンを飲んでいるのだ、
ということでした。
性的にそうした嗜好をお持ち、
という訳ではなく、
性同一性障碍でもなく、
ただ毛髪の改善のために、
そうした服薬を続けているので、
ご本人は髪が増えた、と喜んでおられたので、
何か複雑な気分になりました。
今はどうもそうした時代のようです。
さて、所謂脱毛症の中で、
男性型脱毛と共に頻度の多いのが、
今日のテーマである「円形脱毛症」です。
円形脱毛症と言って、
皆さんが真っ先に思い浮かべるのは、
強いストレスが掛かった時などに、
大き目のコインくらいの大きさに、
全く毛の生えない部分が、
刈り取られた草地のように急に出来る現象だと思います。
俗に「10円玉ハゲ」のようにも言われます。
これは男性にも女性にも同様に起こる現象で、
概ね数カ月~1年くらいで改善することが多いのです。
ただ…
円形脱毛症というのは、
決してこうした症状ばかりを指すものではありません。
ストレスなどのはっきりとした誘因なしに、
ほぼ全頭部の毛髪が、
ごっそり抜けるようなケースもありますし、
最初は円形の小さな脱毛から始まり、
それが多発して頭部全体の脱毛に進行する場合もあります。
非典型的なものでは、
「一夜にして全ての毛髪が白髪になる」
という江戸川乱歩のミステリーではお馴染みの設定がありますが、
これは架空のものではなく、
円形脱毛症の特殊型で、
色素系の毛母細胞が、
強く障害された時に起こる現象です。
全ての円形脱毛症を集めると、
アメリカの統計では生涯の発症リスクは2%になる、
というデータがあります。
つまり、そのくらい多いのです。
これもアメリカの統計ですが、
若年層に多く、
その3分の2は30代までに発症します。
それでは円形脱毛症とはどうして起こるのでしょうか?
現在の考え方では、
円形脱毛症は「自己免疫疾患」だとされています。
こちらをご覧下さい。
これは先月のNew England Journal…誌に載った、
円形脱毛症の総説から取った図です。
図の左側が正常の毛髪で、
右側が円形脱毛症の毛髪です。
毛髪サイクルの中心となる、
毛乳頭という部分には、
自己抗原が存在するのですが、
「免疫寛容」という仕組みがあって、
通常はリンパ球などの攻撃からは守られているのです。
それが免疫のバランスが崩れるようなことが起こると、
その「免疫寛容」が破綻し、
リンパ球などが毛乳頭を攻撃して炎症を起こすことで、
正常な毛髪の再生が起こらなくなり、
脱毛が生じるのです。
ただ、何故こうしたことが起こるのかについてのメカニズムは、
未だ解明されない部分を残しています。
円形脱毛症は幾つかの自己免疫の関わる病気と、
合併することが知られています。
甲状腺の自己抗体とは関連があり、
円形脱毛症の8~28%の患者さんで、
橋本病などの自己免疫性甲状腺疾患を、
合併していた、
というデータがあります。
もう少し頻度は低いのですが、
肌が脱色して部分的に白くなる尋常性白斑や、
膠原病の全身性エリテマトーデスなどとの合併も認められます。
アトピー性皮膚炎との合併も頻度が高く、
これは欧米より日本で、
所見として特に強調されています。
ただ、その関連性の詳細は不明です。
円形脱毛症の長期予後は、
どのようなものなのでしょうか?
軽症の事例は8割が1年以内に改善した、
というデータがありますが、
トータルに見ると、
34%~50%は1年以内に回復し、
15~25%が頭全体に病変が広がる、
全頭型に移行する、
とされています。
そして、全頭型に移行したような、
重症の事例の回復率は1割以下と不良になります。
治療法として、
その効果が世界的にも確認されているのは、
局所のステロイド注射と、
局所免疫療法の2種類だけです。
ステロイドは強力な抗炎症剤ですから、
円形脱毛症の毛乳頭における炎症に対して、
その効果は当然予測出来ます。
ただ、脱毛の範囲が広いと、
ステロイドの使用量も多くなって、
副作用が無視出来なくなりますし、
治療が長期間に渡れば、
皮膚が萎縮するなどの弊害も見られるようになります。
ステロイドの全身的な使用やパルス療法にも、
一定の効果が確認されていますが、
脱毛が急速に進行する時期以外では、
その効果は限定的とされていますし、
当然副作用も伴います。
たとえば腎障害を来たすような自己免疫疾患では、
ステロイドの副作用があっても、
使用した方がより有益である、
と判断されますが、
脱毛の改善のみが目的の場合には、
その判断は非常に難しくなります。
局所免疫療法というのは、
皮膚の免疫反応を惹起するような物質を、
敢えて脱毛部に塗り付け、
その刺激によって、
自己抗原に対する反応を、
和らげよう、という特殊な方法です。
有効性はおそらく最も確認されていますが、
皮膚炎などを起こし易いので、
慎重な使用が必要であることと、
健康保険の適応となっていないのが、
大きな問題点です。
日本においては、
アトピー性皮膚炎のような、
アレルギー疾患との関連性が重視され、
抗アレルギー剤による治療に、
一定の効果がある、
という文献が複数ありますが、
先に挙げたNew England…の総説などには、
全く触れられておらず、
日本語の文献のみなので、
正直僕は懐疑的です。
円形脱毛症は、
最も頻度の高い自己免疫疾患で、
その意味でこの病気のメカニズムの解明と、
その治療法の開発は、
他の自己免疫疾患の解明にも繋がるものなので、
重要性が高いと考えられるのです。
今日は円形脱毛症の総説でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後はレセプトの事務作業の予定です。
それでは今日の話題です。
今日は円形脱毛症の話です。
頭皮の脱毛は、
現代の社会においては、
美容上の大きな問題であり、
ストレスの大きな源の1つである、
という意味でも、
医学的に無視出来ない問題です。
頭に毛が生えていようがなかろうが、
広く生物という観点から見れば、
何の違いもない事項ではあるのですが、
人間はただそれだけのことに、
悩み苦しみ、
脱毛の進行を食い止めるために、
多くの方が、
多大な犠牲や巨額の出費をすることを厭いません。
この高度資本主義の世の中においては、
脱毛を予防したり、
それを隠したり取り繕ったりすることが、
1つの産業として成立し、
巨額の収益を上げています。
医療というのは、
これまで脱毛の予防というような問題を、
「命には関わらない些細なこと」
と捉えてやや軽蔑する傾向があり、
あまり積極的にその撲滅や解消には、
取り組んで来なかったのですが、
最近では美容的な問題が、
資本主義社会の医療においては、
無視出来ない比率を持つようになって来たので、
「毛髪外来」のような窓口を設ける、
医療機関も増えて来ているのが現状です。
ただし…
加齢に伴う男性の退行現象としての脱毛に関しては、
現時点で画期的な名案はありません。
男性ホルモンが関与していることは間違いがなく、
毛根における男性ホルモン作用をブロックする作用を持つ、
ミノキシジルが育毛剤として使用され、
同種の作用を持つ飲み薬である、
フィナステリド(商品名プロペシア)が、
使用されていますが、
一定の効果はあるものの、
どちらかと言えば進行抑制で、
著名な改善を示すケースはごく僅かです。
30代の男性型脱毛の方がいて、
プロペシアを他院で処方されていました。
ある時健診でお見えになったので、
胸を見ると、
明らかに乳房は盛り上がって女性化しています。
お聞きすると、
プロペシアで目に見えた効果がなかったので、
今は女性ホルモンを飲んでいるのだ、
ということでした。
性的にそうした嗜好をお持ち、
という訳ではなく、
性同一性障碍でもなく、
ただ毛髪の改善のために、
そうした服薬を続けているので、
ご本人は髪が増えた、と喜んでおられたので、
何か複雑な気分になりました。
今はどうもそうした時代のようです。
さて、所謂脱毛症の中で、
男性型脱毛と共に頻度の多いのが、
今日のテーマである「円形脱毛症」です。
円形脱毛症と言って、
皆さんが真っ先に思い浮かべるのは、
強いストレスが掛かった時などに、
大き目のコインくらいの大きさに、
全く毛の生えない部分が、
刈り取られた草地のように急に出来る現象だと思います。
俗に「10円玉ハゲ」のようにも言われます。
これは男性にも女性にも同様に起こる現象で、
概ね数カ月~1年くらいで改善することが多いのです。
ただ…
円形脱毛症というのは、
決してこうした症状ばかりを指すものではありません。
ストレスなどのはっきりとした誘因なしに、
ほぼ全頭部の毛髪が、
ごっそり抜けるようなケースもありますし、
最初は円形の小さな脱毛から始まり、
それが多発して頭部全体の脱毛に進行する場合もあります。
非典型的なものでは、
「一夜にして全ての毛髪が白髪になる」
という江戸川乱歩のミステリーではお馴染みの設定がありますが、
これは架空のものではなく、
円形脱毛症の特殊型で、
色素系の毛母細胞が、
強く障害された時に起こる現象です。
全ての円形脱毛症を集めると、
アメリカの統計では生涯の発症リスクは2%になる、
というデータがあります。
つまり、そのくらい多いのです。
これもアメリカの統計ですが、
若年層に多く、
その3分の2は30代までに発症します。
それでは円形脱毛症とはどうして起こるのでしょうか?
現在の考え方では、
円形脱毛症は「自己免疫疾患」だとされています。
こちらをご覧下さい。
これは先月のNew England Journal…誌に載った、
円形脱毛症の総説から取った図です。
図の左側が正常の毛髪で、
右側が円形脱毛症の毛髪です。
毛髪サイクルの中心となる、
毛乳頭という部分には、
自己抗原が存在するのですが、
「免疫寛容」という仕組みがあって、
通常はリンパ球などの攻撃からは守られているのです。
それが免疫のバランスが崩れるようなことが起こると、
その「免疫寛容」が破綻し、
リンパ球などが毛乳頭を攻撃して炎症を起こすことで、
正常な毛髪の再生が起こらなくなり、
脱毛が生じるのです。
ただ、何故こうしたことが起こるのかについてのメカニズムは、
未だ解明されない部分を残しています。
円形脱毛症は幾つかの自己免疫の関わる病気と、
合併することが知られています。
甲状腺の自己抗体とは関連があり、
円形脱毛症の8~28%の患者さんで、
橋本病などの自己免疫性甲状腺疾患を、
合併していた、
というデータがあります。
もう少し頻度は低いのですが、
肌が脱色して部分的に白くなる尋常性白斑や、
膠原病の全身性エリテマトーデスなどとの合併も認められます。
アトピー性皮膚炎との合併も頻度が高く、
これは欧米より日本で、
所見として特に強調されています。
ただ、その関連性の詳細は不明です。
円形脱毛症の長期予後は、
どのようなものなのでしょうか?
軽症の事例は8割が1年以内に改善した、
というデータがありますが、
トータルに見ると、
34%~50%は1年以内に回復し、
15~25%が頭全体に病変が広がる、
全頭型に移行する、
とされています。
そして、全頭型に移行したような、
重症の事例の回復率は1割以下と不良になります。
治療法として、
その効果が世界的にも確認されているのは、
局所のステロイド注射と、
局所免疫療法の2種類だけです。
ステロイドは強力な抗炎症剤ですから、
円形脱毛症の毛乳頭における炎症に対して、
その効果は当然予測出来ます。
ただ、脱毛の範囲が広いと、
ステロイドの使用量も多くなって、
副作用が無視出来なくなりますし、
治療が長期間に渡れば、
皮膚が萎縮するなどの弊害も見られるようになります。
ステロイドの全身的な使用やパルス療法にも、
一定の効果が確認されていますが、
脱毛が急速に進行する時期以外では、
その効果は限定的とされていますし、
当然副作用も伴います。
たとえば腎障害を来たすような自己免疫疾患では、
ステロイドの副作用があっても、
使用した方がより有益である、
と判断されますが、
脱毛の改善のみが目的の場合には、
その判断は非常に難しくなります。
局所免疫療法というのは、
皮膚の免疫反応を惹起するような物質を、
敢えて脱毛部に塗り付け、
その刺激によって、
自己抗原に対する反応を、
和らげよう、という特殊な方法です。
有効性はおそらく最も確認されていますが、
皮膚炎などを起こし易いので、
慎重な使用が必要であることと、
健康保険の適応となっていないのが、
大きな問題点です。
日本においては、
アトピー性皮膚炎のような、
アレルギー疾患との関連性が重視され、
抗アレルギー剤による治療に、
一定の効果がある、
という文献が複数ありますが、
先に挙げたNew England…の総説などには、
全く触れられておらず、
日本語の文献のみなので、
正直僕は懐疑的です。
円形脱毛症は、
最も頻度の高い自己免疫疾患で、
その意味でこの病気のメカニズムの解明と、
その治療法の開発は、
他の自己免疫疾患の解明にも繋がるものなので、
重要性が高いと考えられるのです。
今日は円形脱毛症の総説でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2012-05-02 08:14
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コメント(4)
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橋本病、確率高いですね。
円形脱毛はないですが、アトピーは、30歳を前にして
復活しました。蕁麻疹とか出やすいです。
by HWK (2012-05-08 23:23)
HWKさんへ
コメントありがとうございます。
データ的にはそうなのですが、
正直僕は個人的には、
あまり経験はありません。
ただ、脱毛が増えた、というご訴えは、
時々聞くことがあります。
by fujiki (2012-05-09 08:05)
私は20年前に全身の毛が抜けてしまいました。
当初は病院に通いましたが精神的なものかもと思い治療をやめて自然治療にしました。でも一向に治る気配なく築けば20年の月日が流れてしまいました。
精神的苦痛は今でも大きいです。でもどうすることもできないのです。
by 先生、とっても詳しく書いてくださってありがとうございます。 (2012-05-20 16:37)
先生、とっても…さんへ
コメントありがとうございます。
少しでもご参考になる点があると良いのですが…
by fujiki (2012-05-21 08:22)