SSブログ

養子細胞療法と自殺遺伝子の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
細胞療法論文.jpg
今月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
免疫療法の進歩についての論文です。

癌の治療に対して、
手術や放射線治療、抗癌剤の治療以外に、
最近注目を集めているのが、
免疫療法で、
これを第4の治療という言い方もされます。

身体の免疫には、
癌に対して対抗する仕組みがあり、
そうした役割を果たす細胞である、
樹状細胞やTリンパ球、NK細胞(ナチュラルキラー細胞)を、
治療に利用する方法を、
免疫療法の1つとして、
細胞療法と総称しています。

このうち癌の患者さん自身の末梢の免疫細胞を一旦取り出し、
サイトカインなどで人工的に刺激して、
その腫瘍攻撃能力を高めた上で、
再度身体に戻すという手法を、
養子細胞療法と呼んでいます。

これが論文の表題にある、
Adoptive Cell Therapy です。

人間は非常に強力な外敵の排除システムを持っています。
それが免疫機能です。
その中には癌などの腫瘍に対する免疫も当然存在します。

しかし、実際にはある程度癌が成長してしまうと、
免疫はあまり癌の攻撃のためには働かず、
むしろ部分的には身体の免疫細胞が、
癌のために働くようになります。

身体の免疫はあまり攻撃性を、
持たなくなってしまうのです。

そこで、人工的に免疫を強化して、
癌への攻撃力を増した免疫細胞を、
体内に注入して癌を治療しよう、
という発想が生まれます。

それが養子細胞療法です。

リンホカイン活性化キラー細胞やNK細胞、
遺伝子修飾T細胞などの癌を攻撃する能力を持つ免疫細胞が、
その目的に使用が試みられ、
一部では臨床応用がされています。

ただ、問題はその細胞の人工的な注入により、
予期せぬ有害反応の起こる可能性があることです。

攻撃力を増した免疫細胞が変異して、
それ自体が癌化したり、
細胞に対する生体の反応が強過ぎて、
大量のサイトカインが放出されて身体に却って有害な影響を与えたり、
というような可能性も想定されます。

そこで、万一有害な現象が起これば、
その時点でその細胞を消滅させてしまえるような、
そうした機能を養子細胞に組み込んでおく、
という手法が考案されました。

昔の特撮ドラマやスパイもので、
悪の組織の子分が、
正義の組織に潜入し、
正義に目覚めて裏切った途端、
悪のボスに身体に埋め込まれた爆弾の起爆スイッチを入れられ、
その場でボカンと爆発して消滅する、
あのようなイメージです。

この爆弾に相当する、
あるスイッチが入れられると、
細胞に死を与える遺伝子を、
「自殺遺伝子」と呼んでいます。

単純ヘルペスウイルスの持つ、
単純ヘルペスチミジンキナーゼと言う酵素の遺伝子は、
こうした「自殺遺伝子」の1つです。

この遺伝子は抗ウイルス剤のターゲットなので、
この遺伝子を細胞に組み込んでおいて、
その細胞を消滅させたい時には、
抗ウイルス剤を使用すれば、
その細胞はヘルペスウイルスのように、
死んでしまうのです。

ただ、この方法は注入した細胞が、
裏切らずに良い働きをしている時に、
身体がヘルペスに感染しても、
抗ウイルス剤を使用出来ない、
という欠点がありますし、
その効果にも時間が掛かり、
また確実なものではありません。

そこで、もっと確実で安全な、
特定の注入細胞を自殺させる手法が、
望まれていたのです。

そして、今回の論文では、
新たな注入細胞の自殺のメカニズムが、
実際に人間において試験されています。

こちらをご覧下さい。
自殺遺伝子の図.jpg
これが細胞死を誘導するメカニズムを図示したものです。

分かり易いように短剣の形で示されているのが、
iCasp9と命名された構造物で、
これは体内にあるFK506結合蛋白に、
人間の体内にある代表的な「細胞死誘導物質」である、
カスパーゼ9を融合させたものです。

これは単独では全く無害なものなのですが、
赤い丸で表現された、
AP1903という物質と結合すると、
2つが一体となって2量体の構造を取ります。

この2量体がカスパーゼ9と同様に、
身体のミトコンドリアに組み込まれた、
細胞死のプログラムを始動させるので、
それによりiCasp9を持つ細胞は死に至るのです。

実際の実験では、
このiCasp9という爆弾を、
免疫を強化したT細胞の遺伝子に組み込みます。

つまり、自殺遺伝子を組み込まれたリンパ球です。

小児白血病の患者さんに、
造血幹細胞移植を行ないます。
強力に抗癌剤を使用するために、
1回患者さんの骨髄を、
それ自体殺してしまうのです。

その後に、
体質の合う他人の骨髄の元になる幹細胞という細胞を、
その患者さんに移植します。
移植の後にドナーの方のリンパ球を注入すると、
免疫の構築が早まるので、
癌の再発防止に有効だとされているのですが、
GVHDという反応が起こって、
患者さんの身体に臓器障害の起こることがあります。

そこで、注入するリンパ球の中に、
予めiCasp9を組み込んでおき、
GVHDが起こったら、
その時点でAP1903 を注入して、
リンパ球を殺してしまうのです。

この人体実験が、
実際に5名のお子さんに行なわれました。

その結果、5名中4名の患者さんに起こったGVHDは、
AP1903の使用により速やかに改善し、
AP1903注入後30分で、
注入されたリンパ球の9割が死滅する、という、
非常に劇的な効果が人体で確認されたのです。

ヘルペスウイルスの遺伝子を用いる方法と比較すれば、
遥かに迅速かつ確実な効果を持ち、
抗ウイルス剤の使用にも問題がない、
という利点があります。

今後は副作用のリスクの高い細胞療法に関しては、
こうした安全装置を必ず組み込んでおいて、
副作用が出現した時点で、
細胞を死滅させて食い止める、
というような用途にも使用が出来そうです。

ただ、本当にこの手法が安全性の高いものなのか、
と言う点については、
倫理的な面も含めて、
今後更なる検討が必要なのではないかと思います。

免疫療法の技術の進歩は目覚しいものがありますが、
その高度な技術と、
実地の医療行為との間のある種の乖離や、
途方もなく高額な医療費の問題、
生殖医療と同じように、
神の領域に土足で踏み込むような倫理の問題など、
多くの問題を孕んでおり、
単純に医療技術の進歩と、
喜んで良いような性質のものでは、
次第になくなりつつあるような危惧も、
心の片隅には感じざるを得ないのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(33)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 33

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0