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心房細動治療の効果を多角的に考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は心房細動という、
不整脈の治療について、
最新の2つの論文を叩き台にして、
少し考えます。

心房細動というのは、
主に心臓の老化の1つとして発症する、
非常にポピュラーな不整脈です。

通常始めは一時的に脈が乱れたり、
急に早くなったりするような発作的な変化が起こり、
それがしばらく時間が経過すると、
脈の乱れが24時間持続する、
「慢性心房細動」と呼ばれる状態に、
移行するのが一般的です。

発作を繰り返している時には、
発作の度に息苦しさを感じたり、
動悸を感じたりすることが多いのですが、
慢性心房細動の状態になると、
そうした症状はなくなることが多いのです。

ただ、問題は慢性心房細動が持続すると、
心臓が大きくなり、
そこに血の塊が出来ると、
それが脳卒中の原因となり易いということです。

これはイギリスの統計ですが、
75歳以上の方の1割は心房細動になり、
脳卒中の危険性はそうでない人の5倍に増加します。

そのため、脳卒中などの血栓症の予防のために、
血が固まり難くなるような薬が、
予防的に使用されます。

この目的で、
これまで最も使用されて来た薬剤がワーファリンで、
今年から日本でも使用されている新薬が、
ダビガトラン(商品名プラザキサ)です。
それからリバロキサバンとアピキサバンという新薬も、
近いうちに発売になる予定です。

ワーファリンは納豆が食べられないなど、
食事に制限があり、
また他の薬との相互作用も多く、
その作用が不安定だという欠点があります。
その効果はPT-INRという数値を測定して、
定期的にチェックする必要があります。
その使用量も場合によっては頻繁に変える必要が生じます。
また効き過ぎると、
脳出血などの出血系の重篤な副作用が、
時に起こり大きな問題になります。

それに対して、
ダビガトランは使用量は、
1回110mgか150mgの1日2回と、
原則として2通りの用量しかなく、
その使用法はシンプルで、
患者さんの煩わしさが少ない、
というメリットがあります。

発売前の世界的な大規模臨床試験の結果では、
110mgの低用量の効果は、
ワーファリンと同等で、
出血などの副作用はワーファリンよりは少なく、
150mgの通常用量では、
その脳卒中予防効果はワーファリンに勝りますが、
出血系の合併症もやや多く、
統計的に有意ではありませんが、
心筋梗塞はワーファリンよりやや多く認められました。
観察期間は2年間です。

しかし、この試験の有効性の判断は、
発作の再発の有無というような観点でのみ行なわれていて、
実際に個々の患者さんにとって、
ワーファリンよりダビガトランの方が、
利益をもたらす治療なのか、
というような点については、
突っ込んだ分析は行なわれてはいません。

そうした点をもう少し多角的に検証した論文が、
British Medical Journal 誌の先月号に、
掲載されています。

それがこちらです。
ダビガトランとワーファリンの費用対効果.jpg
糖尿病などの血栓症のリスクを持つ、
心房細動の患者さん50000人を対象にして、
ワーファリン使用群とダビガトラン使用群で、
その脳卒中の再発予防効果ばかりでなく、
ADLが維持されたかどうかなど、
より詳細な効果評価を行ない、
また医療コストの面からのメリットも検証しています。

ダビガトランの方が発作を予防したとしても、
別個の理由による入院が多かったり、
副作用の疑いで多くの検査が必要になり、
却って医療費が多く掛かったりすれば、
患者さんにとっては、
必ずしもワーファリンより良い結果とは言えないのです。

その辺りも含めて、
より詳細に検討したのがこの論文です。

その結果はどうだったのでしょうか?

2年間の観察期間において、
ワーファリン群と比較した時、
低用量のダビガトランは1.1ヶ月寿命を延長し、
通常用量では2.4ヵ月寿命を延長する効果が認められました。

脳卒中などの血栓症の発症は、
ワーファリンより、
低用量ダビガトランで12.5%低下し、
通常用量ダビガトランでは27.4%低下しました。

副作用としての出血性の合併症は、
ワーファリンと比較して、
低用量ダビガトランでは4%少なかったのですが、
通常用量のダビガトランでは、
8.8%多いという結果でした。

医療コストの点を配慮しても、
薬の値段はダビガトランが新薬なので高いのですが、
PT-INRなどの検査のコストや、
合併症や脳卒中などの発症による、
医療費のコストを加算すると、
トータルには、
よりコスト面でもダビガトランが推奨出来る、
という結果でした。

今回の結果をどう考えるべきでしょうか?

血栓症発症のリスクの高い患者さんに、
限定して考えると、
ワーファリンよりダビガトランの方が、
より発作を予防する働きが強く、
コストの面でも有益な薬剤だと考えられます。

その効果は主に通常用量でより発揮され、
低用量ではワーファリンとあまり差がありません。

ただ、通常用量のダビガトランは、
しっかりコントロールされた状態のワーファリンより、
その出血性の合併症も、
やや多くなる傾向があります。
また、心筋梗塞の発症は、
ダビガトランにやや多い、という傾向も見られました。
これは現時点では統計的に有意なものではありませんが、
ダビガトランの効果の検証は、
まだ2年間しか行なわれておらず、
今後観察期間が延びるに従って、
そのリスクが有意なものになる可能性もあります。

日本人ではワーファリンにおいても、
出血性の合併症は海外より多い傾向があり、
ダビガトランの発売後、
出血性の合併症で亡くなった方が少なからず報告されて、
安全性に関しての緊急情報が出されたことは、
皆さんご存知の通りです。

ワーファリンの欠点はその効果が不安定なことで、
その大きな要因は、
患者さんの遺伝子の個人差に関係する部分が大きいことが、
最近明らかになっています。

2種類の遺伝子の変異がその予測に重要で、
来年にはそれに関しての臨床試験が、
文部科学省の主導で行なわれるようですし、
海外では既に、
遺伝子変異を測定した上での、
ワーファリンの使用法が数式として考案されています。

つまり、そうした知見が今後積み重ねられれば、
より安全かつ効果的に、
ワーファリンが使用出来る可能性があるのです。

そうなった場合に、
より緻密な効果予測に基くワーファリンの使用と、
ダビガトランその他の新薬の使用との間に、
あまり差がなくなる可能性もあります。

つまり、現時点でワーファリンの効果が安定している患者さんでは、
必ずしもダビガトランへの変更が、
患者さんにとってメリットのあるものであるとは、
日本人の場合限らないのです。

僕は個人的には現時点においては、
ワーファリンの効きが安定している患者さんでは、
敢えて変更はせず、
ワーファリンの効果が不安定であったり、
何らかの理由でワーファリンの使用が難しい患者さんに限って、
ダビガトランの使用を行なっています。

ワーファリンの代替薬という点については、
こんな論文もありました。

こちらをご覧下さい。
プラビックスのアスピリンへの上乗せ効果.jpg
これは先月のAnnals of Internal Medicine 誌に掲載された、
ワーファリンの使用が難しい患者さんに対して、
アスピリンとクロピドグレル(商品名プラビックス)の、
併用療法を行ない、
その効果を矢張り多角的な観点から、
検証した論文です。

心房細動の脳卒中予防のために、
ワーファリン以外に使用されているのは、
低用量のアスピリンです。

これはワーファリンに比較すると、
発作の予防効果は明らかに劣り、
その副作用にはさほどの差はないので、
単独では無効ではありませんが、
あまり推奨はされていない治療です。

ただ、アスピリンには発癌の抑制など、
発作予防以外にも有用な作用のあることが、
報告されているので、
そうした効果も期待して、
使用されているケースも結構多いと思います。

ここにクロピドグレルという、
そのメカニズムの異なる抗血小板剤を追加することで、
ワーファリンに近い発作予防効果が期待出来るのでは、
という検討が行なわれ、
それを再度解析したのがこの論文です。

その結果は若干の上乗せ効果はあったものの、
ワーファリンに匹敵するような効果はなかった、
というものでした。

つまり、現状では、
ワーファリンかダビガトラン(もしくは他の発売予定のⅩa阻害剤)以外に、
心房細動の脳卒中予防に、
推奨出来る別の選択肢はないのです。

今日は心房細動の治療についての、
最新の知見の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ひらら

CYPの変異の有無の検査で質問させていただいたひららです。

ワーファリンの効果が安定しているというのはどういう状態かを伺いたく再度の質問をさせてください。

1月4日に肺血栓塞栓症で倒れて数日後からワーファリンを服用しています。3錠から始めて2ヶ月毎に少しづつ増えて、8月受診時に1.46で効いていないからとの判断で4錠を5錠に増やしていただきました。その結果10月の受診では1.85になり現在に至っています。ところがワーファリンの量に関係ないかもしれませんが9月中旬頃から胃腸の調子が悪い状態が1ヶ月以上続き最近やっと少しは落ち着いてまいりました。ワーファリンの他にパリエット1錠と重カマを服用しています。胃腸の不調を担当医の先生にお話したのですが「おかしいなあ、パリエットをだしているんだが?」と仰います。食後血糖値が上がっていて主食を減らしたためか体重が53キロから39キロに減り、体重が減ったことも薬の負担を増しているかとも考えています。コレステロールの高め以外腎臓は異常ないと言われています。担当医から適用になるといわれていたダビガトランを相談してみようかと考えています。

胃腸の不快感は2~3時間続きますが、このような状態は上手くコントロールされていると考えた方がよいのでしょうか。
by ひらら (2011-11-12 10:51) 

fujiki

ひららさんへ
ワーファリン自体が胃の不快感を生じ易い薬、
という訳ではないのですが、
仮に胃に潰瘍や出血性の胃炎などが存在すれば、
ワーファリンの影響により、
それが重症化の要因になることは考えられます。
胃腸の不快感が継続しているようであれば、
胃カメラのような検査で、
その原因を確認されることを出来ればお勧めします。
主治医の先生にご相談下さい。
ワーファリンのコントロール自体は、
良好と思います。
by fujiki (2011-11-12 13:14) 

ひらら

ご回答ありがとうございました。
今月末の受診時まで様子をみてみます。
by ひらら (2011-11-12 20:50) 

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