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「危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意すること」の意味論 [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

まず、こちらの文章をお読み頂き、
その意味をお考え下さい。

【眠気、注意力・集中力・反射運動能力等の低下が起こることがあるので、本剤投与中の患者には自動車の運転等、危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意すること】

これはある抗痙攣剤の添付文書の記載です。

皆さんはこの表現をどうお読みになるでしょうか?

僕はこの薬を使用している患者さんは、
自動車の運転をしてはいけないのであり、
その旨処方の際に患者さんに指導をすることが必要なのだな、
と理解しました。

つまり、患者さんに対する自動車の運転の禁止です。

しかし、それでは矛盾する事項があります。

痙攣等の発作の持病のある患者さんは、
その発作を抑制する目的で、
抗痙攣剤を使用されています。

こうした方でも現在は自動車免許の取得が可能で、
その場合には主治医の診断書が必要とされています。
それは一定期間に発作がなく、
今後も発作の起こらないことが確実視される、
というような性質の診断書です。

この免許取得の条件の記載に、
投薬の有無は書かれていませんが、
そうしたご病気の専門の先生の文章などを読んでも、
投薬継続の順守が、
安全な運転の条件となる、
というような記載があり、
そうしたものを読む限り、
抗痙攣剤を定期的に使用していても、
自動車の運転には差し支えはない、
むしろ定期的に服用していることが、
運転の条件の1つとなる、
というニュアンスが感じられます。

しかし、一方ですべての抗痙攣剤には、
判で押したように上記の記載があります。

運転が禁止された薬剤を定期的に服用することが、
運転免許取得の条件になる、
ということになり、
これははなはだ矛盾した規定のように、
僕には思えます。

それで、当該の事項を診療所にお出でになる、
製薬会社の担当の方にお聞きしてみました。

すると、担当者の方の見解は次のようなものでした。

この表現は運転の禁止という強いものではありません。
あくまで「お願い」という性質のものです。
つまり、製薬会社としては当該の医薬品に対して、
その使用についての「お願い」を、
薬を処方する医療機関に対してしているのです、
というのです。

つまり、製薬会社としては適切な使用について、
医療機関や薬局に「お願い」をしたのです。
それは強制力のあるものとは違うので、
それに従うかどうかは、
処方する医師と説明をする薬剤師、
そして実際にその薬を使用する患者さんの、
自主的な判断に掛かっています。
仮にそのお願いに反した使い方をするとすれば、
その責任は製薬会社にはなく、
医者や薬剤師と患者さんにのみ、
存在することになります。

この表現が「お願い」であるという意味は、
要するに当事者のうち、
製薬会社のみを免責することにあったことが、
これで分かります。

実際には眠気を生じる可能性のある、
全ての薬剤に上記の記載があるのです。
先日触れたように、
副作用としての意識障害が疑われた、
禁煙補助剤のチャンピックスもそこに加わりました。

眠気を生じる可能性のある薬では、
車の運転には充分な注意が必要である、
ということは分かります。

しかし、実際にはそうした薬剤を使用しながら、
車の運転をしている人は大勢いて、
法律的にもそれを暗に認めるような指導が行われています。

もしそれが認められる性質のものなら、
現行の添付文書の当該の記載は、
本来は誰が読んでもそのことが分かるような、
そうした内容に改められるべきではないかと、
僕は思います。

たとえば…

【この薬では眠気が生じることがあるので、
服用時に車の運転を希望する場合には、
患者さんの状態がそれに適うものであり、
安全に問題がないかどうかを、
充分に検討の上、
適切な指示を行なうこと】

のような文面です。

上記の添付文書の記載は、
そのまま読めば運転禁忌と取れるもので、
非常に誤解を招くばかりでなく、
製薬会社の免責にのみ役立つような性質のものなので、
本来は望ましいものではなく、
関係者が充分な議論の上、
より実情に見合った、
改訂が行われるように希望して止みません。
(でも、きっとそんな改訂は実現しないと思います)

今日は添付文書の奇妙な日本語についての意味論でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

ごぶりん

4月にてんかんの持病がある人が薬を飲み忘れてお子さんが6人も亡くなるという痛ましい事故がありましたね。
そういった事例があると「お願い」レベルで片づけていいのか?車の運転は
1つ間違えれば何人もの方々の命を瞬時に奪うものなのにと考えさせられます。
妊婦さんや授乳婦さんへの注意の記載でも感じますが、添付文書は本当に
あいまいな記載で巧みに責任逃れをしている気がします。
妊婦さん、授乳婦さんについては情報を提供してくれている機関があるから
いいのですが、車両運転についてはそのような機関があるのは少なくとも私は知りません。
運転に関する注意事項のある薬を飲んでる患者さんとどうするべきかという話になったら、
添付文書に記載されてる学術情報センターにでも電話すべきですかねぇ~?
by ごぶりん (2011-07-20 09:04) 

Hirosuke

はじめまして。
ある世界的に有名な日本企業で、テクニカルライターとして取付説明書・取扱説明書を作成していました。

「PL法対策」という理由で、取付け上の注意点は無駄に長ったらしく返って分かりづらい程に修正させられるのに対し、取扱い上の危険性や責任を分かりやすく明確に具体的に書くと今度は極端に短く曖昧に修正させられる。

そんな事の繰り返しでした。
日本という国の性(さが)なんでしょうか。

製薬会社も世界的企業が多いですよね。
となると、これは世界に蔓延した闇なのか。

困ったものです。
もう僕は疲れ切って職を辞めてしまいました。
by Hirosuke (2011-07-20 12:53) 

fujiki

ごぶりんさんへ
コメントありがとうございます。
車は走る凶器であるとともに、
現在では生活に必須の日用品でもあるので、
本当はもっと広くしっかりとした議論を望みたいところです。
by fujiki (2011-07-21 08:17) 

fujiki

Hirosuke さんへ
コメントありがとうございます。
当該の文面に関しては、
欧米の添付文書にも同様の記載はあるのですが、
until whether you know …という付帯条件が付いているのを、
日本語は基本的には英語の直訳なのですが、
バッサリ切ってしまっています。
それで完全な禁止としか読めない文面になり、
非常にややこしいことになっています。
こうしたごまかし方には、
日本人の1つの特徴が表れているような気もします。
by fujiki (2011-07-21 08:23) 

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