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ARBとACE阻害剤はどちらが優れた薬なのか? [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わります。
明日から16日の月曜日までは、
夏季休暇のため休診となりますので、
受診予定の方はご注意下さい。

それでは今日の話題です。

今日は高血圧の薬の話です。

ACE阻害剤という薬があります。
ACEというのはアンジオテンシン1をアンジオテンシン2に変換する酵素で、
これを妨害することにより、
アンジオテンシン2が減少すると、
血管が拡張して血圧は下がります。
アンジオテンシン2は強力な昇圧物質の1つなのです。

ACE阻害剤は商品名で言うと、
レニベースやエースコール、チバセンやコバシルなどが、
それに当たります。

日本でも発売当初非常に注目された薬ですが、
実際に使用してみると、
血圧はそれほど下がらず、
また空咳の副作用が、
結構多いという問題点がありました。
血圧があまり下がらないという点について、
日本の偉い先生は、
日本人は体質的にACE阻害剤の効きが悪いのだ、
という説を提唱されました。

ただ、この薬の日本での用量は、
海外の半分以下で、
薬によっては4分の1以下という低用量でした。

幾らなんでも海外の4分の1の量で、
同等の結果が出ると、
考えることの方に無理があります。

しかし、そうしたことは、
その時点ではあまり問題にはされませんでした。

一方で空咳については、
それはアンジオテンシン2が抑えられると共に、
キニンやサブスタンスPという物質が増えるので、
それが原因だということが、
その後明らかになりました。

そうした中で登場したのが、
ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)です。

この薬はアンジオテンシン2の産生自体は妨害せず、
アンジオテンシンが作用する受容体を妨害して、
アンジオテンシン2が効かないようにする、
というメカニズムの薬です。

これならばキニンなどを増やさないので、
空咳の副作用は少なくなることが期待されました。

アンジオテンシン2を抑えることは、
心臓病の発症を減らしたり、
心臓の働きの低下を防いだり、
腎臓病の進行を抑えるなど、
多くの副次的な効果があることが、
その後の研究で次々と判明しました。

しかし、そうした効果の殆どは、
ARBではなくACE阻害剤をその対象としたものです。

理屈から言えば、
ACE阻害剤と同等の効果が、
ARBにはあっても良い筈です。
しかし、実際に臨床試験のレベルで検討してみると、
なかなか同じ結果が出ないのです。

今年発表されたNAVIGATOR試験と呼ばれる、
大規模臨床試験があり、
これは糖尿病の予備軍の患者さんに対して、
バルサルタン(商品名ディオバン)というARBを使用し、
それを使わない群との間で、
心臓病の発症に差があるかどうかを比較したものです。
(内容はもっと多岐に渡り、この結果はその一部です)

その結果はバルサルタンを使用しても、
全く心臓病の発症は減少しなかった、
というものでした。

つまり、ARBの心臓保護作用と呼ばれるものは、
この試験の結果を見る限りは、
完全に否定されてしまったのです。

ARBとACE阻害剤とは、
全く別の薬であり、
所謂臓器保護作用は、
ACE阻害剤にしか存在しないものなのではないか、
という疑問を、この結果は示唆するもののように、
僕には思えます。

ただ、日本の高血圧治療の指導的立場にある先生は、
こぞってARBをACE阻害剤より優れた薬と評価していて、
ガイドラインでも第一選択の薬剤として推奨しています。
ACE阻害剤は言ってみればARBの不完全な模造品であって、
そんなものはなくても問題ない、
と言わんばかりです。

しかし、実際にはその根拠は非常に希薄で、
「理屈から言って優れた薬である筈だ」
ということだけです。
臓器保護の優れたデータの殆どは、
ARBではなくACE阻害剤を対象としたものだからです。

その余波によって、
本来はもっと用量を海外に近付けるべきACE阻害剤が、
そのまま異常な低容量でしか、
日本では使うことの出来ない状態になっているのです。

僕の手元に製薬会社の宣伝資料があって、
そこには錚々たる高血圧の専門医の先生の、
座談会での発言が載せられています。

そこでACCOMPLISH試験という試験が紹介されています。

これはACE阻害剤とカルシウム拮抗薬という薬を併用すると、
ACE阻害剤と利尿剤を併用するより、
より有意に心臓病の発作を低下させた、
という結果でした。
使用されているのはチバセンというACE阻害剤ですが、
この薬の現在の日本での用量は10mgまでなのに対して、
試験での用量は40mgです。

つまり、これだけ優れた薬が、
日本では4分の1の量でしか使うことが出来ないのです。

しかし、驚いたことにその座談会での専門医の先生の結論は、
RA系抑制薬が優れている、
というニュアンスで、
ACE阻害薬ではなく、ARBを推奨する内容になっているのです。

RA系というのは、レニンとアンジオテンシン、アルドステロンの、
一連の作用を含んだ名称なので、
その意味ではACE阻害剤もARBも、
RA系抑制薬であることには違いはありません。

しかし、両者は同じ薬ではなく、
同じ条件で臓器保護作用が確認されている訳ではありません。

それなのに、ぼんやり読むと、
全ての試験でARBの効果が立証されているような言い方をするのは、
末端の医者を騙すためのトリックと言われても、
言い逃れがし難いものなのではないか、
と僕には思えます。

その文脈によって、
ACE阻害剤を「RA系抑制薬」と言い換えるのは、
科学者の取るべき態度ではありません。

今日僕の言いたいことは、
日本でもACE阻害剤の再評価をするべきで、
その用量も海外のレベルに近付けるべきだ、
ということです。
ACE阻害剤に日本人では副作用が多い、
というのはあまり科学的に立証された事実ではなく、
その忍用性が異なると言うのなら、
もっとしっかりとした検証が必要です。
そうした検証をせずに、
ACE阻害剤とARBとが同等で、
日本人ではよりARBが優れている、
というような根拠のない意見を、
一流の科学者が垂れ流すのは、
医療への不信を却って増すもののように、
僕には思えます。

ARBは商品名で言うと、
ディオバン、ニューロタン、ミカルディス、ブロプレス、
イルベタン、オルメテック、などがそれに当たります。
更に現在では他の薬との合剤も次々と発売され、
高血圧の治療薬の中で、
日本では最も多く使用され、
また多くの製薬会社の主力商品です。

このタイプの薬は血圧の薬の中では最も高価で、
製薬会社としてはそれを売りたいという気持ちが強いのです。

ただ、本当にその価格差に見合った効果があるのかと言うと、
その効果の確認された試験の多くは、
実はACE阻害剤のものなのです。

高血圧の研究と治療において、
日本の指導的立場に立つ先生の多くが、
何故発売の当初から強力にこのタイプの薬を推奨し、
遥かに安価で世界的には効果も実証されている、
ACE阻害剤を軽視し続けているのか、
僕はその裏にあるものに、
何となく不快な思いを感じざるを得ないのです。

僕も実際には多くの患者さんにARBを処方しています。
それは、ACE阻害剤の用量が少なく決められ、
とても選択出来ないような状況があるからです。
海外のACE阻害剤再評価の気運を見るにつけても、
日本の現状には疑問を覚えてなりません。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 7

まみしゃん

先生、夏休みで少しでも英気を養ってくださいね!(^^)!
by まみしゃん (2010-08-11 08:57) 

みぃ

お早うございます。
お医者様は大変なお仕事の割には、休日が少なく、お気の毒だな~と感じています。  どうぞ、後ゆっくり休養なさって下さいませ。

先生の今回の記事には、関係が無いのですが、熱中症の記事の所で、トマトジュースはカリウムが多いので、その点が・・・とコメレス下さいました。  私の場合は、トマトジュース等大好きなのですが、カリウムが標準より少ないので、ワカメや麦茶を良く取る様にと、お医者様に言われました。  たぶん、カルシウムも普通の人よりも接種していても、骨密度が低くなっているので、吸収の悪さが原因かも知れません・・・・。
カリウムを取り過ぎても、カルシウム同様、何か問題が起こって来るのでしょうか?

by みぃ (2010-08-11 09:42) 

みぃ

ごめんなさい。 誤字訂正です。 後ゆっくりは、ごゆっくり、接種は摂取のつもりでした。
by みぃ (2010-08-11 09:48) 

fujiki

まみしゃんさんへ
ありがとうございます。そうします。
by fujiki (2010-08-12 09:14) 

fujiki

みぃさんへ
コメントありがとうございます。

通常腎臓の働きが悪くなければ、
少し多めにカリウムを取っても、
特に問題はないと思います。
ただ、熱中症のような場合には、
血液が酸性になって、
カリウムの血液濃度が上昇しているケースも、
有り得るので注意は必要になるのです。


by fujiki (2010-08-12 09:16) 

2469侍

高血圧専門医として、まったく同意します。そして塩分摂取の多い日本人でRA系作動薬の効果が弱いのは当り前だのクラッカー・・・・(古い、爆)。高齢化にしたがってRA系の食塩保持力の低下した人への過剰なRA系作動薬の投与が血圧コントロールの視点からは良くない結果をきたしている事を証明しなければならないと思っています。
by 2469侍 (2013-05-24 00:30) 

fujiki

2469侍先生
コメントありがとうございます。
ご指摘のように、
特に痩せた高齢者では、
RA系の薬剤は時に急激な血圧低下を来したり、
低ナトリウム血症を来すことがあり、
本来は慎重投与が望ましいように、
個人的には思います。
是非検証をよろしくお願いします。
by fujiki (2013-05-25 06:20) 

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