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ウブレチドによるコリン作動性クリーゼの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はウブレチド(ジスチグミン臭化物)という薬の、
副作用についての話です。

この話題は以前も一度取り上げたことがあります。
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2008-09-16

ウブレチドという薬は、
重症筋無力症という病気の症状を抑える薬で、
その目的で使用する範囲においては、
特別の問題のない薬です。

しかし、この薬にはもう1つ、
膀胱の働きが落ちて、
おしっこをしっかり出せないような症状に対して、
膀胱の働きをサポートする目的で、
使用されることがあります。

これを「神経因性膀胱」と言って、
主にご高齢の方、特にご高齢の女性の方に多い症状です。
おしっこは非常に近くなり、
全部一度に出すことが出来ずに、
残尿が残ります。
そうすると、膀胱炎を起こし易くなり、
そのことによって、更に症状は悪化するのです。
糖尿病の神経障害に伴って起こることがありますが、
大多数はご年齢による、
自律神経の働きの低下による症状です。

この病気に対して、
一時期非常に良く使用された薬剤が、
このウブレチドです。

たとえば老人ホームに入所されている方で、
おしっこが頻回で職員が困っているとします。
泌尿器科に紹介すると、
概ねこの薬が出ます。

この薬は1錠が5mg ですが、
初回から2錠なり3錠なりがいきなり処方されます。

効果はまずまずで、
おしっこの訴えは少なくなり、
職員は良かったね、という感じです。
ところが、しばらくして、
その方が激しい下痢に襲われ、
お腹を痛がり、嘔吐を繰り返します。
如何にもお腹の風邪のような症状なので、
今度は内科を受診すると、
胃薬や下痢止めが処方されます。
しかし、それを飲んでも一向に症状は改善せず、
数日後に冷や汗と共に意識障害を起こし、
病院に救急で運ばれます。

一体何が起こったのでしょうか?

これがウブレチドによる、
「コリン作動性クリーゼ」です。

この薬はアセチルコリンの働きを強める薬です。
アセチルコリンは副交感神経の刺激を介して、
膀胱の収縮力を高めます。
それ自体は良いのですが、
全身にも働きます。
すると、この薬が身体に蓄積することにより、
副交感神経の過剰な興奮状態が起こり、
酷い下痢や吐き気、
脈の低下などが起こり、
更に進行すると気道が異常に収縮して、
呼吸困難に陥ります。

これは有機リン系の農薬の中毒や、
サリン中毒とも似通った症状です。

この薬はもともと「毒薬」の指定を受けていましたが、
今年の3月には更にクリーゼに対する警告が出されました。

実は昨年1年間で42例のこの薬によるクリーゼが報告され、
そのうち3人の方が亡くなられています。
これはかなり深刻な数字と言って良いと思います。

クリーゼの起こるケースで典型的なのは、
上に挙げたような施設に入所されている、
お年寄りのケースで、
泌尿器科で出された薬が、
しっかり把握されていないことが往々にしてあります。
クリーゼの初期症状は吐き気や下痢なので、
ご高齢の方では稀なことではなく、
大抵はお腹の風邪、などと見誤ります。

また、ご高齢の方でなく、
この薬が使われるもう1つの典型的なケースは、
抗精神病薬を使用されている精神科治療中の患者さんです。
この場合、薬による副作用で尿が出難くなる場合があり、
そうした方を泌尿器科に紹介すると、
この薬が処方されます。
本来はこれは本末転倒で、
抗精神病薬で副交感神経が抑えられ過ぎている状態こそ、
問題である筈なのですが、
一般的には「おしっこが出ない」という症状のみに目が向けられ、
薬の副作用に更にそのための薬が足される、
という事態になるのです。

ウブレチドの問題点は、
この薬の用量が、
5mg~20mg とされていた点にあります。

この薬は海外では、
どちらかと言えば頓服的に使用されることが多く、
たとえばイギリスでは、
1日5mg を毎日もしくは1日おきで使用する、
となっています。

その薬を何故か日本では4倍の用量まで許可しているのです。
一体誰が用量の決定を行なったのか、
非常に奇怪に思われますが、
この用量設定は明らかに誤りだったと、
言われても仕方がないと思います。

今年の緊急の改定で、
ようやく5mg が通常量、
という変更が行なわれました。

しかし、5mg の使用でも無害とは言い切れず、
この薬の使用には、
もっと厳密性が必要なのではないか、
と僕は思います。

今日はウブレチドという薬の副作用についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
2009年に「毒薬」の指定をされたという、
誤りの記述があり、
ご指摘を受け当該部分を訂正しました。
(2011年9月5日8時)
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コメント 6

A・ラファエル

ありがとうございます。
デトルシトールを飲んで何故吐き気が出るのか理解できました。
by A・ラファエル (2010-03-21 09:53) 

fujiki

A・ラファエルさんへ
コメントありがとうございます。

デトルシトールやベシケアは、
ウブレチドのような副作用は生じ難いとされていますが、
人によって吐き気のような副作用は、
有り得ることだと思います。
by fujiki (2010-03-21 21:47) 

黒瀬亮太

大変勉強になりました。
ありがとうございました。

高齢者の頻尿は、特に女性で大変多く経験しますが、
泌尿器科で検査が出来ず在宅でなんとかしようという場合、
抗コリン剤を使うのか、
逆にコリン作動性を使うのがいいのか、
迷う場合が多くあります。

ウブレチドを使う時にはよく注意して使うようにします。

by 黒瀬亮太 (2010-04-22 08:07) 

fujiki

黒瀬亮太さんへ
コメントありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-04-22 08:22) 

ヤッホー

わかりやすい説明ありがとうございました。
ひとつ気になったのですが、ウブレチドは昔から毒薬の分類だったと思いますがいかがでしょうか?


by ヤッホー (2011-09-04 23:19) 

fujiki

ヤッホーさんへ
ご指摘ありがとうございます。
当該部分は修正をされて頂きました。
MRの方に聞き取りの情報を元に書いたのですが、
そのメモが今見付かりません。
ご指摘の通り「毒物」の指定はそれ以前からで、
何か別のことと取り違えていたようです。
by fujiki (2011-09-05 08:19) 

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