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先入観の怖さについての一考察 [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はある事例をご紹介します。
実際の事例を元にしていますが、
患者さんの特定を避ける観点から、
敢えて細部を変更した点のあることを、
お断りしておきます。

患者さんはR さん。
それまで特に病気らしい病気をしたことのない、
40代の男性です。
美容院を経営していて、
かなりハードな仕事を続けていました。

毎年1回は、健診で胸のレントゲンの検査はしていましたが、
特に異常を指摘されたことはありません。

ある年の春から、
花粉症の時期に重なって、
むせるような感じの、
痰は絡まない、乾いた咳が出るようになりました。
仕事上、パーマ液など結構刺激のある物質を、
吸い込む機会は多いのですが、
その度に咳き込みが続く感じです。

数日前からその咳が強くなった気がしたので、
近所の耳鼻科を受診することにしました。
花粉症で咳が出ることもある、
という話を聞いていたからです。

たまたまその耳鼻科の医者は、
漢方薬にかぶれていて、
漢方薬を販売している製薬会社主催の、
「風邪の漢方処方」みたいな、
セミナーの講師までしている人物でした。

その医者はあまりのどは診ずに、
R さんの脈を取って言いました。
「この脈はストレスの強い脈ですね」。

R さんはびっくりしました。
その医者はストレスが身体のバランスを崩し、
咳を出している、と言うのです。
身体のエネルギーが胸に鬱屈しているのだ、
とも言いました。
確かにそういう考え方もあるかも知れませんが、
耳鼻科に行ってそんなことを言われるのは、
何か釈然としません。
鮨を食べようと思って鮨屋に行ったら、
いきなりピザが出て来たような気分です。

でもその医者は平然と、
漢方薬だけをR さんに処方しました。
ちなみに出たのは柴胡加竜骨ぼれい湯です。
これは端的に言えば、
「気鬱」の薬です。
「気鬱」というのは、身体の本質的なエネルギーである「気」が、
スムースに身体を巡らずに停滞している状態を表現する、
東洋医学の用語です、
「エネルギーが鬱屈している」というニュアンスは、
その医者なりに「気鬱」の状態を表現したのだと思われます。

数日漢方薬を飲みましたが、
却ってお腹を下してしまっただけで、
咳には殆ど変化はありません。

これは駄目だと思ったR さんは、
僕の診療所を受診されました。

胸の音は特に異常はなく、
咳の感じも、アレルギー性の咳かな、
という感じです。
ただ、直感的に何となく引っ掛かるものがあって、
胸のレントゲンの検査をお勧めしました。
その写真がこれです。

ちらっと見ただけで、
「あっ」と口に出そうな写真です。
一応病変をお示しします。

赤い矢印に囲まれた部分が、
肺癌です。
未分化の腺癌で、非常に進行の早い、
特殊なタイプのものです。
年齢もまだ若いですし、
毎年レントゲンを撮っていると言われれば、
普通は疑いません。
しかし、こうしたことは現にあるのです。

漢方薬の効果というのは、
その患者さんの体質にピタリと合えば、
処方した医者の方が驚くほどのことがあります。
一度そういう体験をしてしまうと、
麻薬みたいに病み付きになるところがあるのです。
R さんを最初に診た耳鼻科の医者も、
多分そうした漢方中毒だったのだと思います。

本当の達人なら、脈を触れただけで、
肺癌の存在も見抜くのかも知れません。
しかし、僕はそういう達人を身近には知りませんし、
知らないものの存在を、
安易に信じる気持ちにはなれません。

僕はR さんの脈を取って診ましたが、
特にストレス性の徴候とは感じませんでした。

結局どんな診断法も限界はある訳です。
それを過不足なく組み合わせて、
見落としがないように努めていくしかないのです。
しかし、往々にして人は自分の見たいものしか、
見ようとはしません。
医者と患者さんとの関係で言えば、
双方とも双方の立場で、
そうしたことはある訳です。
患者さんも自分の体調についての先入観や思い込みがあり、
医者も患者さんの状態についての、
同じような先入観があるのです。
僕も他人のことは言えません。
今までに同じような過ちを、
おそらく僕自身多く犯しているのだと思います。

現時点で僕の考えていることは、
まず患者さんの考えの立場に極力立つということです。
余程の過剰検査であれば別ですが、
患者さんが不安に思うことがあり、
それが簡単な検査をすることで解消するならば、
自分の判断だけで不要な検査と考えることはしません。
患者さんは常に医者とは別の考えを持ち、
同じ状態に対して、別の見解を持っています。
それに寄り添うことによって、
自分の診断の先入観の穴が、
埋められるのではないかと思うのです。

皆さんはどうお考えになりますか?

今日は診断の難しさについての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

まみしゃん

石原先生、毎日お疲れ様です!(^^)!

>現時点で僕の考えていることは、
>まず患者さんの考えの立場に極力立つということです。
>余程の過剰検査であれば別ですが、
>患者さんが不安に思うことがあり、
>それが簡単な検査をすることで解消するならば、
>自分の判断だけで不要な検査と考えることはしません。
>患者さんは常に医者とは別の考えを持ち、
>同じ状態に対して、別の見解を持っています。
>それに寄り添うことによって、
>自分の診断の先入観の穴が、
>埋められるのではないかと思うのです。

私は甲状腺専門医のスーパーMy主治医をはじめとする6人のドクターに診察を受けていますが、どのドクターもきちんと寄り添ってくださるドクターです。

生意気なようですが、私が通院を始めた時期は患者がドクターを選べる時代でした。

寄り添っていただけないドクターの診察を受けることは拒否しました。

去年、乳腺症の検査を受けた時のドクターは最悪でした。

今年も受診の案内がきましたが、どこの病院に行こうか探しています。

自分の命を預けるのですから・・・

寄り添っていただけないドクターには、命は預けられません。

先生の患者さんも、幸せですね(*^^)v
by まみしゃん (2009-04-24 22:23) 

fujiki

まみしゃんさんへ
コメントありがとうございます。
良いドクターにめぐり合えて良かったですね。
まみしゃんさんも、お体ご自愛下さい。
by fujiki (2009-04-25 08:28) 

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