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睡眠剤が植物状態を目覚めさせるのは何故か? [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診の整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

マイスリーという商品名で、
日本でも使われている睡眠導入剤があります。
一般名は酒石酸ゾルピデム。
世界的で現在最も多く使われている、
睡眠導入剤です。

数年前、この薬で意識状態が改善したり、
植物状態から復活したなどという、
常識では考えられないような報告が、
複数寄せられました。

睡眠薬が意識のない人を目覚めさせるというのです。
そんなとんでもない話が信じられますか?

普通は有り得ないことだと考えますよね。

ただ、僕はこの話を聞いた時、
満更嘘ではないのではないか、
と思いました。

もし人が吐いた嘘なら、
もっとありそうな嘘を吐く筈だからです。
人間の思考の枠を超えた突飛さは、
概ね真実の証拠なのです。

先日のNHKスペシャルで、
その実際の事例が放送されました。

本当に仰天しましたね。

ある青年がほぼ植物状態なのですが、
その口に半ば無理矢理に溶かした、
マイスリーの粉末を押し込むのです。
その量は10mg ですから、
日本でも睡眠剤として使われているレベルの量です。
すると、それからしばらくすると、
青年は起き上がり、自分でテーブルに座って食事を取り、
簡単な会話さえ交わすようになります。
そして、数時間後、薬の作用が切れると、
元のほぼ植物状態に戻るのです。

「ほぼ植物状態」という言い方をしたのは、
その青年はテレビで見る限り、
自力で座ることの可能な状態ですし、
表情もある程度動かすことが可能なようです。
ですから、ナレーションは「植物状態」と、
はっきり表現されているのですが、
実際にはちょっと微妙な部分がある訳です。

しかし、それにしても信じ難いような、
驚異的な効果です。

これが「やらせ」なら、大変な問題ですが、
そうではないと僕は思います。

では何故こんなことが起こるのでしょうか。

睡眠剤が人を劇的に覚醒させるのは何故でしょうか?

マイスリーはベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤です。
脳にあるベンゾジアゼピンの受容体にくっつき、
それを介して、GABA(γ-アミノ酪酸)という神経伝達物質の、
作用を賦活することによって効果を表わすとされています。
要するにGABAが増えたのと、
同じような効果がある訳です。
GABAは主に神経の働きを抑える役目があり、
これによって、鎮静作用や催眠作用が現われる、
という理屈です。
ベンゾジアゼピンの受容体には、
ω1とω2の2種類があることが知られていますが、
このマイスリーの特徴は、
ベンゾジアゼピンの受容体のうち、
ω1にはくっつくけれど、
ω2にはくっつかないことです。
ω1が刺激されると、
通常人間は睡眠に入ります。
もしマイスリーの効果がこれだけなのだとすれば、
植物状態の人間では、
ω1の受容体が睡眠ではなく、
むしろ覚醒に働いているのではないか、
と推測することが出来ます。

僕は以前から疑問に思うことがあるのですが、
睡眠導入剤で、むしろ興奮するのではないか、
と思えるような現象があります。
たとえば認知症の方で、不眠と夜間の興奮状態があり、
睡眠導入剤を使用すると、
却って興奮して大声を上げたりすることがあります。
また、重度の不眠症で睡眠剤を大量に使用していると、
時期によっては飲んだ方が却って、
覚醒が持続し易いのではないか、
と思える時があります。
薬を飲むとむしろ目が冴えてしまって、
薬が丁度切れる頃に、むしろ眠気が来るのです。
こうした事例は、ベンゾジアゼピンのω1が刺激されると、
時によっては過剰な覚醒が誘導されるのでは、
という想像を僕に語り掛けてくれます。

マイスリーは人によって、
夜間の幻覚などの副作用が報告されている薬です。
幻覚というのも過剰な覚醒の1種だとすれば、
マイスリーが時には覚醒作用のある薬である、
という考え方も出来る訳です。

やや誤解を招く言い方ですが、
睡眠剤は時に覚醒剤として働くのかも知れません。

通常の状態では、
ベンゾジアゼピンのω1が刺激されると、
鎮静と睡眠とが誘導されます。
しかし、覚醒を維持する機能が、
何らかの原因で障害されたり、
睡眠と覚醒のリズムが障害された状態では、
おそらくはドーパミンを介した経路を使って、
ω1への刺激が覚醒に繋がるのではないか、
というのが僕の現時点での推論です。

状況によって睡眠剤が覚醒剤として働くのならば、
現在の睡眠剤の使用法は、
抜本的に考え直す必要がありそうです。
睡眠剤を多量に使っても、
全く眠れず、睡眠覚醒のリズムが乱れるケースは稀ではありませんが、
その裏にこうした事例が隠れているとすれば、
使用法を根本から変えないと、
そうした患者さんの状態を改善することは出来ないのではないでしょうか。

皆さんはどうお考えになりますか。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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けろきち

マイスリーは、身近なお薬だと思っていましたが、このような事例があることは知りませんでした。驚きです。

今朝の先生の記事を読んで、『レナードの朝』という映画を思い出しました。あれも、嗜眠性脳炎の患者に、1960年代に開発されたパーキンソン病向けの新薬L-ドーパを投与し、覚醒させたが、耐性により効果が薄れてく・・・という実話が元にあったとか。(出典: 『Wikipedia』)

映画を見た時には、薬剤のメカニズムよりも切ないストーリーの方が気になりまし、原疾患も違いますよね。
でも、どちらも薬剤のメカニズムや人体には、まだまだ解明されていない(モチロン私には理解しきれない)深い部分が、たくさんあることを感じます。
by けろきち (2009-04-20 10:29) 

fujiki

けろきちさんへ
海外では治験の段階に入っているという話なので、
症例によっては効果のあることは事実のようです。
ただ、たとえばクアゼパム(ドラール)もω1選択性ですが、
こうした事例はないなど、
そのメカニズムはクリアではありません。
どうもGABAというのは、
今まで言われているほど、
抑制的なだけの作用ではないのではないか、
という気がしています。
いずれにしても、面白いし不思議ですね。
by fujiki (2009-04-20 16:52) 

やまひらそらね

不謹慎かもしれませんが、マイスリーの聞き始めはふわふわした感じで楽しく気持ち良かったです。なんというか他のものに比べて個性というかユーモアがあるような印象です。そしてかなり昔のことですが1度、天井の模様がぐにゃ〜と動いて「??」と混乱した記憶があります。睡眠薬で幻覚?まさか。私の頭がついにおかしくなったかしら?!と思いました、そういえば。すぐ寝ちゃってその後は気にしなかったんだと思いますけど。
by やまひらそらね (2009-04-28 05:06) 

fujiki

そらねさんへ
お久しぶりです。
それは僕が処方した時でしょうか。
説明不足ですいません。
マイスリーは単純に、
それまでのベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤の、
副作用を軽減する目的で作られた薬ですが、
非常に不思議な色々な特徴のある薬だと思います。
もっと有効な使用法が、
多分ありそうな気もします。

by fujiki (2009-04-28 21:53) 

或るケミスト

はじめまして
非常に興味深く読ませていただきました。
ぢつは小生の母親が身体表現性障害→大うつ病エピソードで3年間SSRIで治療、投薬終了後2週間で再発し、不眠の症状もひどくなりました。フルニトラゼパムやアルプラゾラム0.4mgではすぐに寝付き、そこそこ寝れるので別の医院に行くまでそれで凌いでおりました。ミルタザピンで治療を開始したところです不眠症状も出ていることもあり、一応眠剤としてドラールを飲ませても眠くなるどころか、目がギンギンにさえてしまい36時間寝れず、本人は寝れないと泣き出す始末。
しゃあないので、次の日はミルタザピンを飲んで4hr後にアルプラゾラム0.4mgを飲ませると15分もたたずしてぐっすり。あれ?・・・
ネットに氾濫している情報ではミルタザピンは眠気がきついという人が多いようですが、うちの母親の場合は逆に目がさえまくり。ドラールを服用してもダメ。ということを医師に伝えてアルプラゾラムを処方してもらいました。クアゼパムの選択的ω1受容体刺激作用で覚醒に働いたんでしょうかねえ。
ちなみに抗ヒスタミン作用を利用した薬剤でも眠くならない体質のやうです。
by 或るケミスト (2009-10-07 03:36) 

fujiki

或るケミストさんへ
コメントありがとうございます。
クアゼパムには不思議とゾルピデムのような報告はなく、
何かω1選択性以外の機序があるのかも知れません。
by fujiki (2009-10-07 08:55) 

通りすがり

マイスリーの作用について先生の説明わかりやすく理解が深まりました。ひとつ正誤があると思います。ご確認いただけますでしょうか?

>マイスリーはベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤です。
の説明についてです。
正)非・ベンゾジアゼピン
誤)ベンゾジアゼピン
http://www.astellas.com/jp/corporate/news/fujisawa/001211b.html
by 通りすがり (2009-10-25 12:46) 

fujiki

通りすがりさんへ
貴重なご指摘ありがとうございます。
今手元にある「ベンゾジアゼピン系薬剤の薬理と開発動向」
(臨床精神病理学 35(12);1631-1635、2006)
によりますと、
「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」として、
マイスリーやドラールも、
同じ表の中に記載されています。
製薬会社の「非べンゾジアゼピン系」という表現は、
従来のベンゾジアゼピン系薬剤とは、
その構造や作用機序が異なる、
という意味合いで、誤りではありませんが、
通常の睡眠剤の分類では、
ベンゾジアゼピンの受容体に結合する薬剤という意味で、
一緒に論じることの方が一般的だと思います。
要するに製薬会社は、今までにない画期的な薬、
と言いたいために、こうした表現になっているものと思います。
従って、どちらでも良い、
というのが結論ではないかと考えます。
by fujiki (2009-10-25 13:29) 

通りすがり

先生、お忙しいところ煩わせまして申し訳ございません。
そういうことですね。
構造は、ベンゾジアゼピン系と若干異なるがベンゾジアゼピンの受容体に結合するという仕組みが同じであり、「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」として同類の薬剤として論じてもいいわけですね。ありがとうございました。販社のPDFを真に受けてしまいました。
by 通りすがり (2009-10-26 21:58) 

通りすがり

先生、ご教示いただけますでしょうか?
遷延性意識障がいに何故、マイスリーが一時的に効果があるのかについてです。先生の理論を骨にして推測してみました。
私は医療者ではないので、出典文献の用語など基本的なところがわかりません。先生も沈静ではなく興奮作用ではないかという点では、文献と同じ事をご指摘しているのだと思いますが、いかがでしょうか?なお、下記作用案については、私の個人ブログに書いています。ご迷惑でしたらご指摘下さるようお願いいたします。(参考として先生のURLを記させていただいています)

・ゾルピデムは、非・ベンゾジアゼピン構造(イミダゾピリジン構造)
1)GABAA受容体のサブタイプであるω1受容体(ベンゾジアゼピン1受容体)に選択的に作用
2)神経伝達物質GABA(注)受容体と結合
3)抑制性信号ω1の持つ「催眠鎮静作用」または「健忘作用」作用となる
4)ゾルピデムは、抗痙攣・筋弛緩に作用するED50値が鎮静作用に比べて各8倍、15倍高く選択的鎮静作用を示している。つまり、ゾルピデム抗痙攣活動作用(ペンチレンテトラゾール誘発痙攣、電撃療法によって引き起こされた痙攣)がω2ではなくω1に選択された事の作用ではないのか?
5)そして休眠脳に対して、抗痙攣・筋弛緩作用した結果、一時意識回復したのではないのか?(私の推定)
※参考
http://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/119/2/111/_pdf/-char/ja/
by 通りすがり (2009-10-26 23:47) 

fujiki

通りすがりさんへ
コメントありがとうございます。
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2009-07-13
にもう少し詳しい推測を書いてあります。
「機能解離」という現象が、
1つのキーワードではないか、という仮説です。
僕の疑問はほぼ同様の機序を持つ筈の「ドラール」に、
あまりそうした報告がないのは何故か、ということです。
(もしドラールで同様の効果があった、という報告があれば、
是非教えて下さい)
by fujiki (2009-10-27 22:31) 

通りすがり

先生、ご教示いただきありがとうございます。
内容拝見いたします。
by 通りすがり (2009-10-28 23:37) 

通りすがり

先生の仰る通り、同じオメガ1受容体に選択作用する
ドラール、アモバンでの作用は、同様なのか否なのかという、仮説について立証する必要があると思います。

それから、お教えいただいた「機能解離」についても理解を進めたいと思います。
by 通りすがり (2009-10-28 23:52) 

らら

私は眼瞼下垂術後に原因不明の眼瞼痙攣、しかも強直性の激痛でトラムセットという鎮痛剤やロキソニンなど強い鎮痛剤も効かず激痛で眠れず死ぬしかないと思っていたときに眠れずマイスリーをもらって鎮痛剤(効かなかった)とマイスリー一緒に飲んだら嘘のように無痛になりました、医者にも信じてもらえませんでした。調べたら繊維筋痛症という原因不明の病気でマイスリーを痛み止めに使ってる人が一人いました。
また、質問ですがω1はドラールとマイスリー結合比はどちらが高いのでしょうか?ドラールにはω2の作用もあるんですか?マイスリーにはないですよね?ドラールとマイスリーの違いわかりますか?
by らら (2013-02-06 23:42) 

通りすがり

昏睡状態が続いた人は、筋肉や姿勢の感覚がやせ細ってしまっていて、通常は、立てない、歩けない、グッタリ、といった姿を思い浮かべます。
頭が歩こう、立とう、としても、ブルブル筋肉が震え、思うままにならない、、結構、入院で寝付いていた人たちは、骨も溶け、スカスカになってるのも見て、胃も小さくなってしまって、ヤクルトしか飲めない、便秘だ、という主訴で来られる患者さんが平成前後から少し、目立ったのを思い出します。
by 通りすがり (2016-05-10 10:11) 

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