「散歩する侵略者」 [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
僕の大好きな黒沢清監督の新作が、
今ロードショー公開されています。
これはイキウメの前川知大さんの戯曲(後に小説化)が原作で、
二重の意味で興味のある作品でした。
「散歩する侵略者」は前川さんの代表作の1つで、
イキウメで何度か再演されていて、
今年も映画化に併せての再演が控えています。
別に集客のあるスターが出演するという訳ではないのに、
完売で追加公演まで決まる盛況のようです。
僕もイキウメ版は一度観ましたが、
人間の「観念」を奪い取る宇宙人、
という発想自体は如何にも前川さんというものなのですが、
妻の「愛」を奪った宇宙人が苦悩する、
というラストにはやや脱力する感じがありました。
しかも、このラストを再演の度に前川さんは直していて、
それも腰が据わらない感じがして納得出来ないのです。
僕はイキウメも前川さんのお芝居も大好きなのですが、
この「散歩する侵略者」は正直あまり好きではありません。
このそれ自体観念的な地味な戯曲を、
どうやって黒沢監督は映画化するのだろうと思うと、
1950年代くらいの侵略SF映画のテイストで、
なかなか鮮やかにスペクタクル化していました。
原作のテイストは「観念」を奪うという趣向のみ残して、
後は昔懐かしいSF娯楽映画の、
やや歪んだ不思議な世界が、
見どころ満載で展開されていたのです。
1950年代はアメリカを、
目に見えない共産主義の恐怖が覆っていて、
それが赤狩りに繋がるのですが、
その「見えない侵略者」がSFに変化して、
「盗まれた町」や「惑星アドベンチャー」に代表される、
一連の侵略物SFが生まれました。
パターンはほぼ一緒で、
住民が密かに宇宙人に入れ替わってしまい、
いつの間にか人間は少数派となり、
主人公達はその恐怖の中に逃げ回ることになるのです。
今回の作品は中でも「惑星アドベンチャー」との類似が顕著で、
そこでは田舎町の住民が1人ずつ宇宙人に入れ替わり、
少年と犬だけが真実を知って宇宙人に闘いを挑み、
警察や軍隊も登場して活劇が繰り広げられるのです。
これをそのまま今の日本を舞台にやろうと言うのは、
ちょっと常軌を逸しているようにも思えるのですが、
それが意外にそうでもないのではないか、
という計算が、黒沢監督の頭にはあったのではないかと思います。
つまり、今の世界はほぼほぼ、
50年代の侵略SFの荒唐無稽さに近いのではないか、
今の世界を表現する最適な方法は、
実はこうした荒唐無稽さにこそあるのではないか、
と言う計算です。
そしてその計算は、
ある程度正鵠を射ていたように思います。
長谷川博己さん演じるジャーナリストや、
主婦でデザイナーの長澤まさみさんが、
人類が滅びると理解していながら、
宇宙人の方にシンパシーを感じてしまったり、
宇宙人と戦っている筈の国家が、
得体の知れないインチキ集団のようにしか見えなかったり、
宇宙人自体の無防備な無軌道さにしても、
微妙に日本の今とリンクしているように思えるのが、
ある意味とても恐ろしく感じます。
押しも押されぬ大家となった感じの黒沢監督ですし、
昨年の「クリーピー」にしても、
「ダゲレオタイプの女」にしても、
かなり暗く重厚な感じの作品でしたから、
もうそんな感じなのかなと思っていたのですが、
今回の作品は黒沢監督のキャリアの中では、
初期作を思わせるようなアナーキーで破れかぶれのような感じもあって、
笑えるかどうかはともかくとして、
スラプスティックなコメディのような描写もあります。
黒沢監督の作品をあまり観慣れていない方には、
何処までが本気なのか分からない気分になるかも知れません。
僕も正直キョンキョンが出て来るラストなどは、
ぶっ飛び過ぎていて如何なものかなと思いますし、
堂々と「愛」という観念の素晴らしさを盛り上げるのも、
原作通りとは言え、
かなり気恥ずかしい思いもするのですが、
「愛」を奪うラストは、
「ドクトル・ジバゴ」と同じと考えれば、
文学と言えるようにも思います。
黒沢清監督の映像の大ファンとしては、
オープニングの血まみれ女子高生が道を歩き、
ワンカットで後ろで車が大爆発というショットからして凄いですし、
監督が以前からこだわっているという銃撃戦を、
今回は派手にやっているのも嬉しい気がします。
パトカーのガラスを手で突き破っての拳銃発射とか、
ワンカットでの銃の乱射、
女子高生の宇宙人を即物的にはねる車のシーンにも凄みがあります。
長谷川博己さんが死ぬ爆撃のシーンなどは、
おそらく黒沢監督のフィルモグラフィの中で、
最も派手でハリウッド映画的な、
アクションスペクタクルではないでしょうか?
主人公の夫婦2人の道行に、
異様な色の夕景がバッと広がる辺り、
ドライブインの部屋で語らいながら、
窓の向こうは何か凄いことになっている、
というようなお馴染みの描写も素敵でした。
これはまあ黒沢監督が、
滅びに一直線の今の世界を笑ってしまおう、
という怪作で、
吉田大八監督の「美しい星」も、
同じような発想の作品でしたが、
間違いなく出来は「散歩する侵略者」の方が上でした。
これはとてもお勧めですが、
受け付けない方も多いと思います。
どうかその本質を見誤らないように、
黒沢版惑星アドベンチャーを、
楽しむ気分で観て頂ければと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
僕の大好きな黒沢清監督の新作が、
今ロードショー公開されています。
これはイキウメの前川知大さんの戯曲(後に小説化)が原作で、
二重の意味で興味のある作品でした。
「散歩する侵略者」は前川さんの代表作の1つで、
イキウメで何度か再演されていて、
今年も映画化に併せての再演が控えています。
別に集客のあるスターが出演するという訳ではないのに、
完売で追加公演まで決まる盛況のようです。
僕もイキウメ版は一度観ましたが、
人間の「観念」を奪い取る宇宙人、
という発想自体は如何にも前川さんというものなのですが、
妻の「愛」を奪った宇宙人が苦悩する、
というラストにはやや脱力する感じがありました。
しかも、このラストを再演の度に前川さんは直していて、
それも腰が据わらない感じがして納得出来ないのです。
僕はイキウメも前川さんのお芝居も大好きなのですが、
この「散歩する侵略者」は正直あまり好きではありません。
このそれ自体観念的な地味な戯曲を、
どうやって黒沢監督は映画化するのだろうと思うと、
1950年代くらいの侵略SF映画のテイストで、
なかなか鮮やかにスペクタクル化していました。
原作のテイストは「観念」を奪うという趣向のみ残して、
後は昔懐かしいSF娯楽映画の、
やや歪んだ不思議な世界が、
見どころ満載で展開されていたのです。
1950年代はアメリカを、
目に見えない共産主義の恐怖が覆っていて、
それが赤狩りに繋がるのですが、
その「見えない侵略者」がSFに変化して、
「盗まれた町」や「惑星アドベンチャー」に代表される、
一連の侵略物SFが生まれました。
パターンはほぼ一緒で、
住民が密かに宇宙人に入れ替わってしまい、
いつの間にか人間は少数派となり、
主人公達はその恐怖の中に逃げ回ることになるのです。
今回の作品は中でも「惑星アドベンチャー」との類似が顕著で、
そこでは田舎町の住民が1人ずつ宇宙人に入れ替わり、
少年と犬だけが真実を知って宇宙人に闘いを挑み、
警察や軍隊も登場して活劇が繰り広げられるのです。
これをそのまま今の日本を舞台にやろうと言うのは、
ちょっと常軌を逸しているようにも思えるのですが、
それが意外にそうでもないのではないか、
という計算が、黒沢監督の頭にはあったのではないかと思います。
つまり、今の世界はほぼほぼ、
50年代の侵略SFの荒唐無稽さに近いのではないか、
今の世界を表現する最適な方法は、
実はこうした荒唐無稽さにこそあるのではないか、
と言う計算です。
そしてその計算は、
ある程度正鵠を射ていたように思います。
長谷川博己さん演じるジャーナリストや、
主婦でデザイナーの長澤まさみさんが、
人類が滅びると理解していながら、
宇宙人の方にシンパシーを感じてしまったり、
宇宙人と戦っている筈の国家が、
得体の知れないインチキ集団のようにしか見えなかったり、
宇宙人自体の無防備な無軌道さにしても、
微妙に日本の今とリンクしているように思えるのが、
ある意味とても恐ろしく感じます。
押しも押されぬ大家となった感じの黒沢監督ですし、
昨年の「クリーピー」にしても、
「ダゲレオタイプの女」にしても、
かなり暗く重厚な感じの作品でしたから、
もうそんな感じなのかなと思っていたのですが、
今回の作品は黒沢監督のキャリアの中では、
初期作を思わせるようなアナーキーで破れかぶれのような感じもあって、
笑えるかどうかはともかくとして、
スラプスティックなコメディのような描写もあります。
黒沢監督の作品をあまり観慣れていない方には、
何処までが本気なのか分からない気分になるかも知れません。
僕も正直キョンキョンが出て来るラストなどは、
ぶっ飛び過ぎていて如何なものかなと思いますし、
堂々と「愛」という観念の素晴らしさを盛り上げるのも、
原作通りとは言え、
かなり気恥ずかしい思いもするのですが、
「愛」を奪うラストは、
「ドクトル・ジバゴ」と同じと考えれば、
文学と言えるようにも思います。
黒沢清監督の映像の大ファンとしては、
オープニングの血まみれ女子高生が道を歩き、
ワンカットで後ろで車が大爆発というショットからして凄いですし、
監督が以前からこだわっているという銃撃戦を、
今回は派手にやっているのも嬉しい気がします。
パトカーのガラスを手で突き破っての拳銃発射とか、
ワンカットでの銃の乱射、
女子高生の宇宙人を即物的にはねる車のシーンにも凄みがあります。
長谷川博己さんが死ぬ爆撃のシーンなどは、
おそらく黒沢監督のフィルモグラフィの中で、
最も派手でハリウッド映画的な、
アクションスペクタクルではないでしょうか?
主人公の夫婦2人の道行に、
異様な色の夕景がバッと広がる辺り、
ドライブインの部屋で語らいながら、
窓の向こうは何か凄いことになっている、
というようなお馴染みの描写も素敵でした。
これはまあ黒沢監督が、
滅びに一直線の今の世界を笑ってしまおう、
という怪作で、
吉田大八監督の「美しい星」も、
同じような発想の作品でしたが、
間違いなく出来は「散歩する侵略者」の方が上でした。
これはとてもお勧めですが、
受け付けない方も多いと思います。
どうかその本質を見誤らないように、
黒沢版惑星アドベンチャーを、
楽しむ気分で観て頂ければと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
2017-09-24 08:21
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コメント(1)
2018年9月30日にサンフランシスコの日本町の映画館で上映...
http://www.jffsf.org/2018/before-we-vanish/
by サンフランシスコ人 (2018-08-26 06:15)