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妊娠中の遊離甲状腺ホルモン濃度の信頼性について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
妊娠中のT4濃度の測定の不正確さ.jpg
2009年のAmerican Journal of Obestetrics&Gynecology誌に掲載された、
妊娠中の甲状腺ホルモン測定検査の信頼性を検証した論文です。

これは先日ご紹介した、
2017年版の妊娠中と授乳期の甲状腺疾患のアメリカのガイドラインに、
引用されていた文献で、
ちょっと興味を持って読んでみました。

妊娠中の甲状腺機能の判定には、
通常はTSH(甲状腺刺激ホルモン)と、
遊離T4という甲状腺ホルモンの測定値を用いています。

甲状腺ホルモンにはT3とT4とがありますが、
それぞれがTBG(甲状腺ホルモン結合グロブリン)などの、
結合タンパクにくっついた形でその多くが血液中に存在しています。

T4の場合、総T4の99.9%以上は、
結合タンパクにくっついた形で存在していて、
タンパクから離れて存在している遊離ホルモンは、
全体の0.02から0.03%に過ぎません。

しかし、実際にホルモンとして働いているのは、
実はこのごくわずかな遊離ホルモンなのです。

今は酵素免疫法などの間接的な方法によって、
この遊離ホルモンの数値を測定しています。

しかし、昔はそうした方法がなかったので、
総T4の濃度と、
TBGのうちでどれだけがホルモンと結合していないか、
という比率を測定して、
そこから遊離T4インデックスという数値を計算して使用していました。

総T4の濃度はTBGの影響を受けるので、
TBGが増加すると、
遊離T4は増加していなくても、
総T4濃度は増加します。

これが如実に現れるのが妊娠中で、
妊娠により血液中のタンパクは全て増加しますから、
見かけ上総T4は妊娠中は高い値を取ります。

これを甲状腺機能亢進症と誤解しては判断を誤るので、
妊娠中の甲状腺ホルモンの測定は、
TBGの影響を受けない遊離T4が適切だと考えられたのです。

面倒な遊離T4インデックスを計算するようなことは、
医者は誰もやらなくなりました。

ところが…

このTBGの変動に関わらず、
甲状腺機能を正確に判定すると考えられていた遊離ホルモンの測定系が、
妊娠中には低く測定され過ぎるのではないか、
という疑問の声が最近寄せられるようになりました。

実際、特に妊娠の中期から後期において、
TSHは正常であるのに、
遊離T4の値が異常低値になる、
というような報告が多かったのです。

そこで今回の検証では、
134名の妊娠された女性と、
コントロールとして107名の妊娠はしていない女性で、
血液中のTSHと遊離T4の2種類の免疫法による測定値、
総T4濃度とTBGからホルモンのタンパク結合率を割り出し、
そこから計算した遊離T4インデックスとの関係を、
妊娠の時期毎に検証しています。

その結果、
TSHは妊娠初期にやや低下して、
それから妊娠中期から後期においては、
非妊娠時と違いのないレベルで推移します。

総T4濃度はTBGが妊娠で増加するので当然のことですが、
妊娠中には概ね1.2から1.3倍程度に上昇します。
タンパクとのホルモンの結合率は、
非妊娠時が1.1程度で、
妊娠初期には1.2程度、
妊娠中期から後期には1.4倍程度に増加します。
ここから遊離T4インデックスを計算すると、
その数値は妊娠初期に増加して、
妊娠中期から後期には非妊娠時の水準にほぼ戻ります。

しかし、2種類の方法で測定された、
現在一般的に使用されている遊離T4濃度の測定値は、
非妊娠時より妊娠中を通して低値となり、
特に妊娠中期から後期にかけて有意に低下していました。

要するに、
TSHと相関した変動をしているのは、
昔の方法で産出された遊離T4インデックスの方で、
全ての専門の先生が今推奨している、
遊離T4濃度は、
理屈に合わない低値を示している、
ということになります。

僕が以前師事していた甲状腺を研究されていた先生は、
当時から「遊離T4の測定は当てにならない」と言われていて、
TBGと総T4濃度を測定していました。
そうした意見に賛同される方は当時から少なく、
今も少ないのですが、
僕は個人的には先生の意見が正しくて、
遊離ホルモンの測定というのは、
不安定で不正確なことが実際には多いのではないかと、
これは一貫してそう思っています。

総ホルモンの0.02%しか遊離ホルモンではなく、
機能しているのは遊離ホルモンだ、
それを直接測るのだから一番正確なのだ、
と言われると、
そりゃもっともだ、と多くの方は思います。

ただ、遊離ホルモンを直接測ると言っても、
実際にはマーキングした抗体をくっつけて引き算をしたりして、
結構複雑な操作をして測定を行っているのです。
それで、0.02%しかない遊離ホルモンを、
本当に正確に測定しているのでしょうか?

遊離テストステロンの測定法というのも、
日本以外ではあまり使用されず、
今では総テストステロンの方が、
安定した指標として海外では使用されています。

確かに遊離ホルモンを「正確に」「安定して」測定が可能であれば、
その方がより適切な指標であることは間違いがありません。
しかし、往々にして、
総ホルモンの測定系は安定していても、
そのうちの一部がタンパクから解離して遊離ホルモンになるので、
遊離ホルモンは微量な上に変動しやすく、
その測定は不安定なものになりやすいのです。

LDLコレステロールの測定系やHbA1cの測定でもそうですが、
日本の臨床の研究者は、
どうも新しい検査法や「直接測定」「遊離なんチャラの測定」と言った言葉に弱く、
臨床検査的な知識がそれほどないのに、
新しい検査の精度のデータを、
メーカーの宣伝の通りと鵜呑みにしてしまう傾向があるように、
個人的には思います。

甲状腺機能については、
現状TSHの測定が一番信頼性が高く、
そこを最初の指標として、
他の数値がそれに見合うものかを見る必要があると思います。
そこで総T4とTBGを測定して、
それが通常どの程度妊娠中に変動するものかを知っていれば、
別に遊離T4を測定する必要性は、
それほど高くはないのです。

特に妊娠中においては、
遊離T4の測定はあまり当てになるものではない、
という認識を持つことが、
重要ではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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