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パラドックス定数「東京裁判」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日からクリニックは年末年始の休診となります。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
東京裁判.jpg
男のみのキャストで、
骨太な会話劇が特徴の劇団「パラドックス定数」の、
代表作である「東京裁判」が、
今数回目の再演として、
閉館が決まっているpit北/区域で上演されています。

僕はこの劇団は今回が初見ですが、
非常に素晴らしい舞台で、
小劇場ならではの美しい結晶体のような芝居です。

後半は切なくてボロボロ泣いてしまいましたし、
本当に観て良かったと思いました。

その題名の通り東京裁判を扱っているのですが、
5人の日本人の弁護人が主人公で、
目には見えない戦勝国の判事と検事達に対して、
「勝者が戦争を裁くことが出来るのか?」
という一点突破の無謀な弁論に挑む姿が描かれます。

舞台は地下倉庫のような、
かつての渋谷ジャンジャンを思わせるような小劇場で、
黒い素の舞台に机と椅子だけが置かれ、
最初から最後まで音効は一切なし。
唯一の演劇的な仕掛けは、
ラストに被爆者である弁護士が立ち上がると、
照明が絞り込まれるという演出のみです。
それ以外は照明も地明かりのままなのです。

つまりは、ほぼ史実通りの台詞だけで、
1時間40分ほどの上演時間を、
動きも殆どなく押し切るのです。

普通はかなり無謀な試みと思えるところです。
音効くらいちょっと入れないともたないかな、
と思ってしまうところですし、
もう少し個々のキャラクターを浮かび上がらせるような、
人物描写の台詞も入れたくなるところです。

しかし、そうしたことは一切せずに、
純粋な台詞劇として成立させているところに、
この作品のある種の潔さがありますし、
この作品に限って言えば、
その試みは成功していると思います。

正直、最初の30分くらいはまどろっこしい感じもあります。
実際は聞こえる筈の判事や検事の台詞や、
実際には聞こえていた筈の効果音などを、
一切取り払っていながら、
その間合いだけは空けているので、
観客として会話のリズムを掴むのが難しいのです。
しかし、中盤から後半になると、
そんなことはあまり気にならなくなります。
前半は全ての声が聞こえていた方が、
勿論わかり易いのですが、
後半もその調子であれば、
今度はそうした音は全て邪魔になると思います。
この辺の引き算の発想は、
なかなか普通の演出家や作家には、
真似の出来ない芸当ではないかと思いました。

トータルにはモノトーンの三谷幸喜、
というような感じがあります。
三谷幸喜さんでも書きそうな話の展開ですし、
後半の盛り上げ方や落としどころは良く似ている部分もあります。
ただ、三谷さんであれば、
もっと人物をコミカルに彩色して、
「食べやすい芝居」に仕上げたと思うのですが、
そうしたことはしていない分、
後半の感動はより大きなものになっているのです。

役者さんは5人とも水準を超えた芝居で、
これも成功の一因です。
ただ、とても1946年に生きていた人には見えない、
というところが、
仕方のないことですが少し残念には感じます。
劇団チョコレートケーキの実録ものは、
意外に「昔いたのじゃないか」
と思えるような役者さんを配置していて、
その辺りは一考の余地があるように思いました。

いずれにしても小劇場としては、
必見と言って良い水準の見事な舞台であることは確かで、
その上ちょっと歴史のお勉強も出来たような気分になります。
公演は大晦日まで続きますので、
本物の小劇場のマスターピースに触れたい方は、
是非劇場に足をお運び下さい。
心にちょっと刺さりますよ。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 1

やまんば@糖尿病

東京裁判は誰もが釈然としないものを心中にもっていいるのだと思います。
東京裁判をどのような切り口で迫っているのか?是非見たいものです。
by やまんば@糖尿病 (2015-12-29 13:05) 

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