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ROS1再構成変異とクリゾチニブの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ROS1再構成と肺がん治療.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
数年前から使用されている、
分子標的薬と言われている癌の治療薬が、
別個のタイプの癌に対しても、
有効性を示した、という臨床試験の論文です。

肺癌は初期に手術で切除可能な場合を除くと、
現在でも予後の悪い癌として知られています。

肺癌は大きく分けると、
小細胞肺癌と非小細胞肺癌とに分けられ、
小細胞肺癌は抗癌剤による化学療法が有効ですが、
非小細胞肺癌は抗癌剤の有効性が低く、
手術適応ではない進行肺癌では、
その予後は厳しいものとなっていました。

その現実自体はまだ大きくは変わっていませんが、
近年癌の増殖に関わる遺伝子の変異を標的として、
その部位だけに効果を示し、
癌の増殖を抑えるような、
分子標的薬と呼ばれる薬が開発され、
これまでにないような有効性を示して、
肺癌治療を大きく変えました。

そうした薬の1つが、
クリゾチニブ(商品名ザーコリ)です。

癌というのはそもそもは正常の細胞が、
その増殖の制御に関わる遺伝子に、
複数の変異が起こって、
身体の制御なく暴走するような増殖をするに至ったものですが、
そうした暴走に関わる遺伝子の1つが、
未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)遺伝子です。

このALKの再構成と呼ばれる変異が、
非小細胞肺癌の患者さんの5%程度に存在していて、
この変異の陽性の患者さんでは、
ALKを特異的に阻害する薬により、
癌の増殖が抑えられる可能性があります。

クリゾチニブはこのALKの阻害剤として開発され、
日本でも2012年より、
ALK融合遺伝子陽性の、
非小細胞肺癌の治療薬として使用が開始されています。

この薬は飲み薬で、
この遺伝子変異のある患者さんでは、
かなり高率に有効性を示します。
しかし、その効果は残念ながら永続的なものではなく、
薬の使用により一時的には癌の増殖は止まりますが、
癌細胞自体が変異を起こし、
他のALKをバイパスした増殖経路を生みだすので、
平均で10ヵ月を過ぎると、
病状が再び進行することのあることが分かっています。

また、間質性肺炎や肝機能障害、
視力障害などの副作用も、
少なからず認められています。

ただ、従来の細胞毒である抗癌剤と比較すれば、
有害事象は軽度のものが多いとは言えます。

現在よりその有効な期間を延長するべく、
他のタイプの薬と併用するなどの、
多くの試みが行なわれています。

さて、クリゾチニブは実はALKのみの阻害剤ではなく、
低分子チロシンキナーゼと総称される、
他の増殖に関わる蛋白質の阻害作用も持っていることが、
最近明らかになりました。

そのうちの1つが癌原遺伝子受容体チロシンキナーゼ(ROS1)です。

ROS1の再構成と呼ばれる遺伝子変異は、
非小細胞肺癌の患者さんの1から2パーセントに認められます。

人間の正常な細胞にあるROS1遺伝子が、
一体どのような役割を果たしているのかは、
殆ど分かっていません。
ROS1蛋白質には何かが結合する筈ですが、
それも明らかではありません。

しかし、ROS1はALKと同じインスリン受容体の仲間で、
そのため細胞の増殖に関わる物質であることは、
推測が可能です。

そして、ALKと同じように、
ROS1も他の遺伝子との間で融合遺伝子を作り、
そうなると制御の効かない細胞の増殖が起こります。

従って、非小細胞肺癌でROS1融合遺伝子の変化が見られる場合、
そが癌細胞の増殖に大きな役割を果たしていることは、
間違いがありません。

ROS1融合遺伝子を持つ肺癌は、
比率的には1から2パーセントと少ないのですが、
若年で喫煙歴のない組織型では腺癌に多い、
という興味深い特徴があります。

今回の論文では、
第1相臨床試験として、
ROS1再構成の変異の見られる、
非小細胞肺癌の進行癌の事例50例に対して、
クリゾチニブの使用を行なって、
その効果を検証しています。

試験の性質上、
コントロール群は設けてはいません。

クリゾチニブは1回250ミリグラムで、
1日2回の投与が行なわれます。
これは現行でALK融合遺伝子変異のある肺癌に対して、
行なわれている方法と同じです。

その結果…

癌が検査上は消失する完全奏効が3例、
元の大きさの30パーセント以下に縮小する部分奏効が33例で、
この集団におけるクリゾチニブの奏効率は、
72パーセントに達しました。

平均の奏効持続期間は17.6ヵ月で、
悪化傾向のない期間の平均は19.2ヵ月でした。
治療開始後1年の時点でも、
患者さんの85パーセントが生存していました。

同じような進行した肺癌の患者さんに対して、
抗癌剤を使用した場合の奏効率は、
10パーセント程度ですから、
かなり著効している、という言い方が可能です。

ただし…

ALK融合遺伝子の陽性患者に対しての使用でも、
長期の使用により耐性が生じますから、
同様のことが今回も生じる可能性は当然残ります。

副作用に関しては、
これまでにも肺癌に使用されていますから、
今回の試験において特別なものが見られてはいません。

しかし、視力障害が82パーセント、
下痢が44パーセント、吐き気が40パーセント、
浮腫みが40パーセントなどと、
かなり頻度が高いものが認められます。
日本で問題になることの多い間質性肺炎については、
今回報告はありませんが、
今回は50例のみの検討ですから、
今後事例が増えれば問題となる可能性はあります。

遺伝子標的薬は画期的な作用を持つ薬ですが、
1つのターゲットに対して処置をしても、
癌の側では数ヶ月から数年という期間で、
別個の増殖経路を活用出来るような変異を来して、
ある種の「進化」を遂げるので、
イタチゴッコになっている面は否めません。

しかし、これまでも使用されて実績のある薬が、
その用途を広げる可能性が高い、
というデータは、
患者さんにとっては間違いなく意味のあるものですし、
特に若年発症で喫煙と関連二低い癌であることを考慮すると、
より意義の大きなものだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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