SSブログ

新規心不全治療薬LCZ696の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
新規心不全治療薬の効果.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
ノバルティス社の新規心不全治療薬の効果についての文献です。

心不全の治療は長足の進歩を遂げていますが、
慢性心不全をコントロールして、
その予後を改善する薬剤は、
ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)以降、
効果が確認された新薬が出ていません。

そのARBにしても、
レニン・アンジオテンシン系を抑制するメカニズムの薬としては、
それ以前のACE阻害剤と言われるタイプの薬と比較して、
明瞭に優れている、というデータは出ていません。
それ以外の直接レニン阻害剤やアルドステロン拮抗薬のような、
新しいメカニズムのレニン・アンジオテンシン系阻害剤については、
単独での効果はACE阻害剤に劣り、
ACE阻害剤への上乗せは、
有害事象のリスクをむしろ高めることが、
主に糖尿病の患者さんを対象とした、
臨床試験で確認されています。

僕が大学の医局で循環器のトレーニングを受けた、
20年前には既に、
ACE阻害剤は心不全の臨床において、
スタンダードに使用されていましたから、
端的に言えば、
20年前からこの分野には、
目立ったブレイクスルーが生まれていないのです。

そして、その20年ぶりのブレイクスルーではないか、
と期待をされているのが、
今日ご紹介するLCZ696 と呼ばれる薬剤です。

LCZ696とはどのような薬で、
発売前の臨床試験において、
心不全の予後改善にどのような効果があったのでしょうか?

LCZ696はノバルティス社の新薬で、
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬と、
ネプリライシン阻害剤との合剤です。

アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬は、
実際にはバルサルタン(ディオバン)のことです。
日本では捏造問題の記憶も生々しい、
あまり印象の良いとは言えない薬です。

そして、ネプリライシン阻害剤の方が、
これまでにない作用の薬剤です。

ネプリライシンというのは、
生体に広く分布する、
細胞膜を貫通する構造の一種の蛋白分解酵素で、
脳においては、
アルツハイマー病の原因の1つとされるβアミロイド蛋白を分解し、
心臓との関連においては、
ナトリウム利尿ペプチドを分解します。

ナトリウム利尿ペプチドの代表は、
hANPとBNPで、
これらはいずれも心臓がストレスにさらされることにより増加し、
ナトリウムを身体から排泄し、
血圧を下げ、血管を拡張させることによって、
心臓の負荷を軽減する働きがあります。

特に心筋のストレスにより心室から分泌されるBNPが、
より心不全の重症度を反映していて、
BNPは心不全の重症度の指標として使用されます。
これは、より心筋に掛かるストレスが強ければ、
BNPの分泌も増加するためですが、
BNP自体は身体が心不全を治療するために、
分泌している物質なのです。

さて、ネプリライシンは要するに、
脳においてはβアミロイドを分解する、
アルツハイマー病の「善玉」として働き、
心臓においてはBNPを分解することによって、
心不全の「悪玉」として働きます。

しかし、薬として脳への移行の少ないネプリライシン阻害剤を使用すれば、
新しいメカニズムの心不全の治療薬に成り得る、
ということになる訳です。

ARBによるレニン・アンジオテンシン系の抑制は、
血管を拡張させ、心筋の増殖や線維化を抑制することにより、
心不全の改善に結び付きます。
ネプリライシンの阻害によるANPやBNPの増加は、
ARBとは別個の働きで心不全の改善作用が期待出来るので、
その合剤は相乗効果が期待出来るということで、
今回の開発となった訳です。

LCZ696の1錠200ミリグラムには、
バルサルタンの160ミリグラムと、
ネプリライシン阻害剤AHU377が100ミリグラム相当、
含有されています。
通常の用量はこの1錠を1日2回服用します。

従って、バルサルタンは1日320ミリグラムになる訳です。

ディオバンとの抱き合わせというところが、
ノバルティス社の巧妙な戦略で、
ネプリライシン阻害剤を単独で発売して、
それを他のARBと組み合わせても、
当然良い訳ですが、
少なくとも先行する販売の期間は、
それをさせない、という戦略になるのです。

この薬を心不全に治療する場合、
他のARBやACE阻害剤との併用は出来ませんから、
他のARBやACE阻害剤の、
シェアを奪うという効果もある訳です。

さすが、ノバルティスという感じで、
認可する側が「単独のネプリライシン阻害剤を出せ」
と言えば良いような気もしますが、
FDAはこの合剤を認可する方針のようです。

さて、これまでの臨床試験において、
この合剤は比較的問題なく、
バルサルタンの単独よりも有意に血圧を低下させることが、
立証されています。
ただ、ネプリライシン阻害剤単独の使用においては、
有意な血圧の低下は認められていません。
しかし、その使用によりNT-proBNPという、
心不全の指標が改善することも示されています。

この薬は当然BNPを上昇されるので、
BNPは心不全の状態の評価には使えません。
しかし、BNPの前駆物質がBNPになる時に、
切り離される断片であるNT-proBNPは、
最初に産生されるBNP量を反映しているので、
その評価に使用することが出来るのです。

今回の文献にあるPARADIGM-HFと題された、
ノバルティス社が助成する大規模臨床試験は、
心不全の治療薬のスタンダードである、
ACE阻害剤のエナラプリル(商品名レニベースなど)と、
LCZ696の効果を比較したものです。

対象はスタンダードな治療を受けている、
心機能の低下した中等症から重症の心不全の患者さん、
トータル8442例で、
世界47カ国の1000を越える施設から登録されています。

患者さんはNYHA分類という心不全の重症度分類で、
Ⅱ度からⅣ度という比較的重症で、
躯出率という心臓の働きの指標では、
40%以下であることが条件となっています。

この患者さんを本人にも主治医にも分からないように、
くじ引きで2つのグループに分け、
一方はACE阻害剤のエナラプリルを1日20ミリグラム使用し、
もう一方はLCZ696を1日400ミリグラム使用します。

患者さんは当然殆どの方が、
ACE阻害剤もしくはARBを使用しているので、
これを一旦数週間エナラプリルに切り替え、
そのうちの半数を後からLCZ696に切り替える、
という方法を取っています。

患者さんの予後を観察したところ、
平均の観察期間が27ヵ月の時点で、
明確にLCZ696群の方が予後が良いことが確認されたため、
試験はその時点で中止されました。

総死亡のリスクはLCZ696の方が16%有意に低く、
心臓由来の死亡のリスクも20%、
心不全による入院のリスクも21%、
それぞれ有意に低くなっていました。

つまり、エナラプリル20ミリグラムと比較して、
明確にLCZ696の予後改善効果が示されたのです。

これは心不全の治療において、
ここ20年くらいなかった画期的な新薬の効果です。

現時点でこの結果についてはケチの付けようがなく、
実際に臨床に使用されても、
同様の効果が確認出来るようなら、
心不全治療のトレンドは、
明確にLCZ696に変わることは間違いがありません。

ただ、ネプリライシン阻害剤と組み合わせる薬剤が、
バルサルタンが最適と言えるのかについては、
当然再考の余地があるように思います。

また、脳への影響が本当にないのか、
と言う点にもより注意が必要です。
認知症を進行させるような悪影響が、
全くないとは言い切れないからです。

いずれにしても画期的な新薬であり、
臨床試験の結果であることは間違いがなく、
今後の安全性を含めた、
データの蓄積に期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍引き続き発売中です。
よろしくお願いします。

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな! ここ10年で変わった長生きの秘訣

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
  • 発売日: 2014/05/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)





nice!(38)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 38

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0