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鳥肌胃炎はスキルス胃癌の原因なのか? [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先日鳥肌胃炎という萎縮性胃炎の一種について、
コメントでご質問を頂きました。

若い女性の方で、
胃カメラの検査で鳥肌胃炎という診断を受け、
スキルス胃癌になる可能性が高い、
と言われたというのです。

スキルス胃癌と言えば、
非常に予後の悪い癌として知られています。
胃カメラの検査では見付かり難く、
発見された時にはかなり進行していて、
手術などの治療も、
困難になることが多いとも言われています。

こうした深刻な病気であるというイメージは、
一般にも広く知られています。

そのスキルス胃癌になる可能性が高いと言われれば、
殆どの方は大きなショックを受け、
非常に驚きます。

しかし、
鳥肌胃炎は若い女性に多い胃炎です。
それで鳥肌胃炎にはスキルス胃癌が多い、
ということになれば、
若い女性にはスキルス胃癌が起こり易い、
ということになってしまいます。

本当にそんなことがあるのでしょうか?

何かにわかに納得がいかない気がします。

本当のところはどうなのでしょうか?

今日はこの問題について、
現時点で分かっていることを整理しておきたいと思います。

まずこちらをご覧下さい。
鳥肌胃炎の画像文献より.jpg
これが鳥肌胃炎(Nodular gastritis)です。
次にご紹介する論文から引用した画像です。

胃カメラの検査で胃の粘膜を見ると、
このように鳥肌を思わせるようなポツポツした、
小さな膨らみが並んでいます。
これが鳥肌胃炎です。
このように胃全体の広い範囲に広がっていることもあり、
また部分的に見られることもあります。

通常研究目的以外では、
鳥肌胃炎の診断のみのために、
組織の検査をすることはあまりありませんが、
その本態は胃の粘膜の、粘膜固有層という部分における、
リンパ濾胞の増殖による、
ということが分かっています。

リンパの増殖があるのは、
要するに胃の粘膜に慢性の炎症性の変化がある、
と言うことを示していて、
通常は高率にピロリ菌の感染が認められ、
ピロリ菌の感染による、
胃粘膜の変化の1つであると考えられています。

鳥肌胃炎が注目されたのは、
胃癌との関連性が指摘されたからです。

こちらをご覧下さい。
鳥肌胃炎の発癌リスクの文献.jpg
2007年のDigestive Endoscopy誌に掲載された、
若年者の鳥肌胃炎と胃癌との関連性についての論文です。

海外の医学誌のように見えますが、
実際には日本消化器内視鏡学会の英文の機関誌で、
筆頭著者は川崎医科大学の鎌田智有先生です。

上記の画像もこの文献から引用させて頂きました。

ここでは胃カメラで鳥肌胃炎と診断された、
150名(男性48名、女性102名)の患者さんを、
年齢と性別をマッチさせたピロリ菌陽性で鳥肌胃炎のない、
3939名の患者さんと比較して、
鳥肌胃炎における胃癌のリスクを検証しています。

鳥肌胃炎のある患者さんの平均年齢は27.7歳で、
全例が29歳未満です。
おそらく全例がピロリ菌陽性ということなのではないかと思いますが、
明瞭な記載は見付かりませんでした。

文献の記載を見る限り、
鳥肌胃炎の患者さんを経過観察した中で、
胃癌が発症した事例を選択したのではなく、
カルテを後からチェックして、
鳥肌胃炎が確定していて胃癌の診断された患者さんを、
ピックアップしたもののように思われます。

その結果150例中で7例の胃癌が見付かっていて、
その比率は4.7%となり、
コントロール群では3939例中3例であったので、
鳥肌胃炎がない場合と比較して、
鳥肌胃炎のある患者さんでは、
胃癌のリスクが64.2倍高まると記載がされています。

問題はその7例の事例の中身にあります。
患者さんは15歳から28歳で、5名が女性です。

全例がDiffuse typeと呼ばれる悪性度の高い癌で、
胃体部という胃の中央部に認められ、
4例は早期癌で残りの3例が進行癌です。

これを読む限り、
若年発症の悪性度の高い胃癌が、
鳥肌胃炎では60倍以上高率に発症する、
ということになります。

ただ、この論文においては、
鳥肌胃炎の患者さんの抽出に、
かなりバイアスの掛かっている可能性があります。
普通10代から20代の女性で、
何の症状もないのに胃カメラの検査をするとは考え難く、
胃カメラ検査を受けた、と言う時点で、
通常よりリスクが高い患者さんが選択されている可能性が、
高いように思われます。
本来は明確な登録の基準があって、
それに適合した患者さんに検査を行ない、
そこから事例を抽出するのでなければ、
こうしたデータは精度が高いものとは言えないと思うのですが、
文献を読む限りそうした記載は全くありません。

従って、こうした結果が別個にも得られていなければ、
鳥肌胃炎で悪性度の高い胃癌が増加する、
とは言えません。

それでは次をご覧下さい。
高齢者の鳥肌胃炎の頻度.jpg
こちらは2013年のJournal of Gastoroenterology and Hepatology誌の論文です。
徳島大学の研究者によるもので、
第一著者は北村晋志先生です。

高齢者の鳥肌胃炎という題名になっていますが、
若年者との比較が行なわれています。

こちらのデータは胃の痛みや胃癌のスクリーニング目的で、
胃カメラ検査を行なった6623名の患者さんを、
40歳未満と40歳以上との2つの群に分けて、
鳥肌胃炎の比率や胃癌の合併を比較しています。
患者さんは19歳から74歳に分布しています。

これも経過を追った訳ではなく、
単回の検査における病気の合併の有無を検証しています。
ただ、最初の登録の基準が明確にされている、と言う点で、
最初の文献よりデータの信頼度は高いのです。

その結果、
40歳未満群での鳥肌胃炎の比率は3.4%で、
40歳以上群では0.51%でした。
年齢に関わらず女性に多いという、
明確な性差は存在しています。
40歳未満群の女性での比率は5.8%ですから、
かなり多いということが分かります。

胃癌の発症については、
40歳未満群では33例中1例のみ、
40歳以上群でも29例中1例のみの発症となっていて、
例数から高齢群でのみ有意に発症リスクが高い、
と言う結果にはなっていますが、
1例のみなのですから、
多いと断定的に言えるような結果ではありません。

鳥肌胃炎で胃癌の発症が多い、とするデータは、
勿論他にも存在しています。
しかし、欧米ではあまりピロリ菌の感染自体が、
頻度が少ないため問題視されていない、ということもあって、
鳥肌胃炎についてのまとまった疫学データは乏しく、
日本以外にはブラジルや中国のものが目立つ程度です。
そして、少なくとも20代で60倍以上もリスクが高まる、
というような驚くべきデータは、
僕の見た限り、
最初の文献以外には存在していないと思います。

ブラジルのデータを1つご紹介します。
こちらです。
小児の鳥肌胃炎の頻度ブラジル.jpg
2003年のJournal of Pediatric Gastroenterology and Nutrition誌に掲載された、
小児の鳥肌胃炎の頻度についての文献です。

これはビックリですが、
腹痛の見られた1から12歳の小児185名に、
胃カメラ検査を行なって、
その所見の有無とピロリ菌の感染の有無とを検証しています。

その結果、10から12歳の年齢層では、
27.3%のお子さんが鳥肌胃炎の所見を示し、
ピロリ菌の感染のあったお子さんの44%で鳥肌胃炎が認められ、
ピロリ菌感染のないお子さんでは1.5%しか認められませんでした。

これはブラジルのデータで、
鳥肌胃炎の診断の基準が、
日本のものと完全に同一とは言い切れないのですが、
文献に提示された画像は典型的な鳥肌胃炎のものなので、
それほどの違いはないものと考えられます。

2014年にも同様の文献が中国から出ていますが、
ブラジルのものとほぼ同一の内容で、
胃癌についての言及はありません。
敢くまで鳥肌胃炎は、ピロリ菌感染の特徴として、
扱われています。
鳥肌胃炎の頻度は17.8%となっています。

つまり、小児期のピロリ菌の感染においては、
鳥肌胃炎というのはかなり高率で起こる兆候であって、
特別なものではなく、
原因は明確ではありませんが、
女性ホルモンとの関連性があるので、
初潮と共に比率が増え、
それが大人になるに従って、
おそらくは20代初めくらいからは、
減少に向かうように思われます。

従って、鳥肌胃炎があること自体が、
短期間でかつ直接的に、
悪性度の高い胃癌の発症に繋がるとは考え難く、
仮に最初の文献の比率が事実であるとすれば、
何らかの別個の若年性発癌の因子が、
隠れていると考えた方が良さそうに思います。

さて、それでは鳥肌胃炎とスキルス胃癌との関係はどうなのでしょうか?

「鳥肌胃炎ではスキルス胃癌が増える」と言う見解は、
概ね最初にご紹介した文献においての、
「鳥肌胃炎ではDiffuse-typeの胃癌が増える」
という結果を元にしています。

ただ、所謂スキルス胃癌と、Diffuse-typeの胃癌とは、
無関係ではありませんが、イコールでもありません。

スキルス胃癌と言う場合、
胃の粘膜に殆ど所見がなく、
癌の病巣が粘膜の中で進行し、
胃の全体に病変の広がった状態で、
初めて診断される胃癌のことを示しています。

その一方でDiffuse-typeの胃癌は、
日本の分類では未分化型の胃癌とも呼ばれ、
癌細胞の悪性度が高く、
初期から広がりを持った、境界の明確でない病変を作るタイプの、
胃癌のことを示しています。

ただ、これは基本的には胃カメラで診断される胃癌です。
初期に見付かれば拡大適応で、
内視鏡治療が選択される場合もありますし、
適切なタイミングで手術が行なわれれば、
根治が望める癌です。

従って、そもそもはスキルスとDiffuse-typeの胃癌とは、
別個のものなのですが、
スキルスと呼ばれた胃癌の中には、
診断技術が未熟であったために、
見落とされて進行した未分化型の胃癌が、
多く含まれていることが、明らかになって来たのです。

つまり、スキルスとは、
進行したDiffuse-typeの胃癌+α、ということになる訳です。

以前胃癌の手術をした芸能人の方が、
実はスキルス胃癌であった、と告白をした、
という報道などがありましたが、
これは要するに初期の未分化型の胃癌で、
「放っておいたら、スキルスになっていたかも知れませんね」
ということを意味しているのです。
ただ、医師によっては両者を同一のものとして、
お話をされるケースがあるように思います。

しかし、一般の方の多くは、
「スキルス胃癌」という言葉に対して、
「死の宣告」のようなニュアンスを持っているので、
少なくとも早期の未分化型の胃癌に対して、
スキルスという言葉を使うことは、
するべきではないように個人的には思います。

そんな訳で、最初のご質問に対するお答えとしては、
鳥肌胃炎はピロリ菌感染による急性の粘膜所見として、
お子さんから若年成人の、特に女性に多く見られる兆候で、
それ自体が胃癌の原因となる、
という明確な根拠はないのですが、
未分化型の胃癌が多いのでは…、という報告もあるので、
除菌を行なうと共に、
定期的な胃カメラの検査を欠かさなければ、
大きな心配は要らない、
というのが現時点での結論とお考え頂いて良いと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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コメント 4

心配ママ

お返事ありがとうございました。
不安が和らぎました。いつも自己検診をして不安になるので、次回の検査まで自己検診はしない方がいいのかなと思います。次回の検査はいつ頃が妥当でしょうか。
by 心配ママ (2014-09-16 09:28) 

aya

先生、
コメントへのお返事そしてスキルスに関する記事をありがとうございました。
鳥肌胃炎と言われ、将来のリスクについて説明されてから、いつ発病するのだろうと絶望的な気分でした。
今回色々な文献、説がでた背景、見落としがちな前提をご説明頂き、客観的になれました。
わたしは母方の祖母、父方の祖母の姉がスキルスだったため、もしかしたら私も、という疑念があり20代から胃カメラを受けてきました。
そして今回の診断、やはり、、という考えは消えませんが、あまりネガティブになり過ぎず、定期検診で安心と万一の場合の早期発見を目指します。(年一回で大丈夫ですか?)
また新しい情報があれば記事にして頂けると嬉しいです。
by aya (2014-09-16 13:07) 

心配ママ

何度も申し訳ありません。先生のお返事で細かい情報が入れば入るだけ、
新たな不安も増えることになるので次回の検査までは新たな情報を入れない方が良いとありましたが、不安になるなら自己検診をやらない方がいいという事でしょうか?
by 心配ママ (2014-09-16 17:05) 

ピロリ菌陰性

先生、鳥肌胃炎の方のコメントから読ませていただきましたが、スキルス胃癌は、色々な新聞などの記事によれば胃の表面には特段の症状がなく、奥深くに入ってしまうため、表面を見てわかる状態になって発見された時には進行していることが多い、と読みました。としますと鳥肌胃炎になっている人との因果関係が強いなら胃カメラをした段階で、見た目でそういう人を徹底的に調べれば良い、ということになりますでしょうに、難しいものなのですね…。

私事で恐縮ながら、胃カメラをした際に、「これはピロリ菌のいない胃ですよ」とこともなく言われ、血液検査も調べてくれませんでした。しかも胃底部にポリープがあったのにです。先生曰く、「これは中年によく見られる良性ポリープで、状態がいい人にしかできないとも言われるポリープなので放っておいて良いんですよ」ということでした。
たまたま自治体の指定検診があったので、そこでABC検査を受けたところ、ペプシノゲン1が異常に少なく基準値の半分以下で非常に少、ところが2の方とのバランスは悪くないので、ピロリ菌はいないと思います。気にしないで良い、との結果でした。
結局のところ、よくわからないままです。

ペプシノゲン1が極端に少なくとも胃カメラをしてくれた医師がピロリ菌はいない胃に見えますよといえばピロリ菌がいないのか?(即わかるのか)
ペプシノゲン1が極端に少ないのは何を意味するのか?
スキルス胃癌は、ピロリ菌のいない胃では、掛からないと考えていて良いのか?

何だかわからなくなってしまい、コメント致しました。
親族に40代で胃癌になった者がおり、一人は全摘完治ですが昔すぎてスキルスかどうかわからない、一人は本当にすぐ亡くなってしまったので、自分も気になっております。
by ピロリ菌陰性 (2017-05-20 22:52) 

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