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糖尿病性慢性腎臓病に対するバルドキソロンメチルの効果について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
慢性腎不全の新治療の効果.jpg
昨年12月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
慢性腎臓病の新薬の臨床試験の結果をまとめた論文です。
残念ながら安全上の問題から、
試験は途中で中止となりました。

慢性の腎臓病、
特に糖尿病を原因として起こる腎臓病が、
その患者さんの多さから、
世界的に大きな問題となっています。

糖尿病は血糖値が上昇する病気であると共に、
全身の血管を蝕む病気でもあります。

インスリンの注射が実用化されてから、
血糖の上昇そのものによって、
死に至るようなケースは激減したのですが、
それに代わって糖尿病の患者さんの死因となったのが、
心筋梗塞や脳卒中などの血管の病気です。

僕が大学生の頃にはそう教わりました。

「糖尿病の患者の死因の1位は何?」
「糖尿病性昏睡ですか?」
「それは昔の話だろ。石原君、もう帰っていいよ」
と、つかさず優秀なA君が、
「心筋梗塞ですね先生」
「うん、君は石原君と違って出来がいいね」
というような感じです。

このこと自体は現在でも嘘ではないのですが、
糖尿病の患者さんの生命予後に、
影響を与える因子を検討すると、
軽度のものも含めて慢性腎臓病が最も大きな影響を与えていて、
その影響を除外すると、
糖尿病の患者さんの死亡リスクは、
糖尿病でない患者さんと同じになる、
というデータが最近注目されています。

つまり、腎不全のような重症な状態ではなくても、
軽度の腎機能低下の段階で、
その患者さんの予後を大きく左右するような影響が、
糖尿病性の腎障害にはあるということなのです。

軽度の腎障害であっても、
患者さんの予後を左右するということは、
現実的にはその腎障害が進行して行く、ということです。

そこで問題は、
まずは軽度の腎障害の発症を予防する、
ということであり、
次には軽度や中等度の腎障害が、
高度の腎障害や腎不全に進行することを、
予防する、ということにあります。

このために、
血糖コントロールの改善や血圧のコントロール、
腎障害に悪影響を与えると考えられる、
レニン・アンジオテンシン系の阻害剤などが、
これまでに専ら使用されて来ました。

こうした治療には一定の効果があり、
糖尿病性の腎障害の患者さんを、
減らす効果は確認されています。
しかし、全ての糖尿病の患者さんが、
そうした治療で腎障害にならない、
という訳ではありませんし、
ある程度以上腎障害が進行してしまった患者さんに対しては、
こうした治療もあまり効果がありません。

そこで、より厳格な血糖コントロールを試みたり、
より強力にレニン・アンジオテンシン系を阻害する、
というような方法が試みられ、
そうした臨床試験が行なわれましたが、
厳格な血糖コントロールでは低血糖などが増え、
レニン・アンジオテンシン系の強力な抑制では、
急性の腎障害や高カリウム血症などが増え、
却って生命予後にも悪影響を与えてしまいました。

従って、
特に一定レベル以上進行した糖尿病性腎障害の患者さんに対して、
安全でその後の腎機能の低下を予防し、
患者さんの生命予後を改善するような、
新たな治療法が強く望まれているのです。

その候補として最近注目されていたのが、
今日の文献にあるバルドキソロンメチル
(Bardoxolone methyl )です。

バルドキソロンメチルは、
体内の250種類以上の抗酸化物質や解毒物質の産生を調節している、
Nrf2と呼ばれる転写因子を活性化する働きを持つ物質です。

この働きにより、
組織の慢性炎症が抑制されるので、
理屈から言えば糖尿病性腎症も、
その進行が抑えられる、ということになります。

2011年に発表された、
この薬剤の第2相臨床試験の結果によれば、
中等度から高度の糖尿病性の慢性腎臓病の患者さんに対して、
バルドキソロンメチルを1年間使用したところ、
腎機能の簡易的な指標であるeGFRという数値が改善した、
という結果が得られています。
ただし、薬剤使用群では尿の蛋白が増え、
体重が減少し、それ以外の有害事象も増加するなど、
手放しで成功とは言えない結果でした。

それを経ての第3相臨床試験として行なわれたのが、
今回の臨床試験で、
2型糖尿病でステージ4の慢性腎臓病
(専門医の治療が必要な状態とされています)
の患者さん2185名を、
バルドキソロンメチル群とそうでない群とに分け、
その後の生命予後や腎不全への進行の有無を比較する、
というものです。

しかし、平均の観察期間が9ヵ月という早期の段階で、
薬剤使用群の方が、
心筋梗塞などの発症が多く、
血圧や脈拍が上昇して尿中蛋白も増加し、
体重の減少や胃腸障害も認められました。

そのため、
臨床試験として安全上のリスクがあり、
明確な効果が期待出来ない、
という判断から、
この試験は途中で中止の措置が取られることになったのです。

日本においても遅れて第2相の臨床試験が進行中でしたが、
今回の結果を受けてそれも中止となりました。

当面バルドキソロンメチルのこの目的での使用は、
行なわれない流れが確定的なようです。

どうしてこの薬剤で有害事象が多いのか、
と言う点は明確にはなっていません。
ただ、一部はこの薬に体液の貯留に結び付くような作用があり、
それが心不全のような病態を引き起こし易いのでは、
と考えられています。

最近はこうした転写因子や増殖因子絡みの創薬が多いのですが、
1つの転写因子が多くの組織で、
別個の役割を果たしていて、
その中にはまだ解明されていないようなメカニズムも多いので、
有効性が期待出来る反面、
予期せぬ有害事象が、
実際の患者さんに使用する臨床試験を行なって初めて明らかになる、
というようなケースが多く、
従来のような臨床試験のあり方で、
本当に安全な薬の審査足り得るのか、
と言う点については、
懐疑的にならざるを得ません。

薬の開発それ自体も大事なことですが、
人間に使用する前の段階での安全性のチェックが、
より精度高く行なえるような手法の開発が、
求められているような気がします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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