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ピーナッツバターによるアルツハイマー病簡易診断について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ピーナッツバターによる認知症診断.jpg
今年のJournal of the Neurological Science誌に掲載された、
ピーナッツバターの匂いの感じ方の違いで、
初期のアルツハイマー型認知症を鑑別しよう、
という非常に興味深い論文です。

一般受けのする話題のため、
報道でも取り上げられています。

アルツハイマー型認知症の初期において、
左半球に強い嗅覚皮質の異常が起こります。
要するに匂いを感じる中枢の機能の低下です。
嗅覚皮質は海馬の萎縮と共に、
アルツハイマー型認知症の、
初期症状を感知し易い部位だと考えられているのです。

匂いの神経というのは、
脳の一部がそのまま突出したもので、
交差はせずにそのまま同側の大脳の中に繋がります。

よく右手の麻痺は左側の脳に問題がある、
と言われますが、
これは手足の神経が途中で交差しているからです。

しかし、嗅神経は交差していないので、
右脳の嗅覚皮質に異常があれば、
右の匂いが嗅ぎにくくなります。

これが仮に全てのアルツハイマー型認知症の初期に、
一致して出現する現象だとすれば、
匂いの左右差を検査することで、
アルツハイマー型認知症の初期診断が可能になる、
ということになります。

アルコールを使って、
この嗅覚の機能低下の左右差を検出しよう、
という試みは以前にもあり、
一定の効果が得られたのですが、
今回はアルコールの代わりに、
ピーナッツバターを用いて、
その匂いをどれだけ敏感に感じるかで、
アルツハイマー型認知症の初期診断が、
可能かどうかを検証しています。

対象者はアルツハイマー型認知症の可能性が高い患者さん18名と、
認知症の基準にはまだ当て嵌まらない、
軽度の認知機能障害の患者さん24名、
そしてアルツハイマー以外の認知症と診断された患者さん26名と、
認知機能低下のないコントロールの26名の方です。
この4つのグループの人々に、
ピーナッツバターの匂い嗅ぎテストを行ない、
その結果の違いを検証しています。

本来は多数の顕性の認知症のない方に、
この検査を定期的に行なって、
その中で認知症の発症を長期間観察したり、
軽度の認知機能低下の患者さんに、
この検査を行なって、
その後の認知症への進行を、
これも長期間観察すれば、
より精度の高い研究になるのですが、
今回はそこまでのものではなく、
予め状態の分かっている患者さんや一般の方に、
この検査を行なって、
その傾向を見た、
というレベルに留まっていて、
事例の数も20名程度ですから、
そう多くはありません。

ピーナッツバターによる匂い嗅ぎテストは、
被験者に目を閉じてもらい、
鼻の穴の位置に縦に定規を当てて、
下30センチの位置に、
ピーナッツバターが小さじ1杯(16グラム)入った容器を置き、
密閉容器のふたを取って、
何かの匂いがするかを尋ねます。

分からなければ、
1センチ容器を上に近付けて、
再度同じことを繰り返します。
そして、匂いを感じた位置を、15センチ、
のようにして記録するのです。

数字が大きければ、
それだけ匂いに敏感で、
数字が小さければ、
それだけ鈍感、
つまり嗅覚皮質の機能低下が疑われます。

結果は非常にクリアカットなものです。

アルツハイマー型認知症が疑われる患者群では、
左の鼻で匂いを感じたのが、
鼻下平均5.1センチであったのに対して、
右の鼻では平均17.4センチでした。

つまり、明瞭な左右差があり、
左の嗅覚が低下しています。

これを左右の数値の差(左-右)で評価すると、
コントロールの平均が0.0であったのに対して、
アルツハイマー群では-12.4、
軽度認知機能低下群では-1.9、
アルツハイマー以外の認知症群では4.8と、
明確にアルツハイマーとそれ以外との間で、
差が現れました。

細かく見ると、
軽度認知機能低下群の24人のうち10名では、
軽度ですがアルツハイマー群と同じように、
左の嗅覚が低下している傾向があり、
これはこの群の中に将来のアルツハイマーが、
混じっている可能性を考えると、
示唆的なものに思われます。

結論として、
この結果をそのまま信用するとすれば、
左の嗅覚の数値が右より5センチ以上低下しているケースでは、
初期のアルツハイマー型認知症の可能性が高いので、
より詳しい検査の対象とするのが妥当だ、
と考えられます。

ただし…

皆さんもすぐお感じになるように、
この検査にはかなりの限界があります。

匂いを感じ難くなることは、
鼻の病気ではありがちなことで、
鼻づまりなどがあれば、
当然そうした結果が出ます。

今回の研究では、
一応事前にそうしたことを確認の上、
検査を行なっている訳ですが、
実際に臨床にこの検査を適応するとすれば、
その都度お鼻の状態を確認することは困難なように思います。

風邪などで一時的に嗅覚の異常の出ることも、
しばしばあります。

もう1つはこの検査の再現性で、
これは事前には何の匂いがするのか、
被験者には教えないで検査をしているのですが、
2度目の検査では事前にそのことが分かってしまうので、
同じ結果は得られないように思います。
つまり、上記の文献の著者らが主張するほど、
この検査には定量性や再現性はないように思えるのです。

結果を疑う訳ではありませんが、
20名ほどの少人数であるのに、
明瞭過ぎるほどの差が付いているのも気になります。

果たしてここまで違いがあるものでしょうか?

この検査は非常に興味深いのですが、
本当に信頼性のある方法であるのかどうかについては、
今後別の研究グループによる追試などの結果を見ないと、
まだ何とも言えないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 6

ぼんぼちぼちぼち

素人のあっしにも とても解りやすい話でやした。
ちなみにピーナッツバターは スキッピーズが幼少の頃から好きでやす(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2013-10-17 18:17) 

fujiki

ぼんぼちぼちぼちさんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-10-18 08:22) 

ちこ

フロリダ大学のURLをみて、家にピーナッツバターがなかったので、ピーナッツクリームと納豆で試してみたところ、明らかに左のほうが、匂いの感度が悪かったんです~!
すわ、アルツハイマーの初期か、と不安になって先生のサイトにたどりつきました。たしかに、おっしゃるとおり、脳だけではなくて鼻そのものの異常やら感度やらをあらかじめ調べておかなければ、わかりませんよね。鼻炎などで、片方だけ鼻がつまる、というのはよく経験することだし・・・
被験者が少数の、限定的な実験結果を普遍化することの怖さを感じました。

by ちこ (2014-01-14 09:48) 

fujiki

ちこさんへ
非常に興味深い研究であるのですが、
再現性や定量性には乏しいような気がします。
耳鼻科でお鼻のチェックをされることと、
定期的に同じ条件で検査をしてみることは、
一定の有用性はあると思います。
くれぐれも一喜一憂されることはないようにして下さい。
by fujiki (2014-01-15 08:10) 

ちこ

早々のご返答、ありがとうございました。
安心しました(笑)。
というか、この実験ではもともと、健康な対照群では左右の差はゼロ、ということになってるんですよね。(利き鼻ってないんでしょうか)
健康で、認知症の症状がないけれど、左右に差がある人が将来、ADを発症するか、というのはまだ誰も調べてないようですね。
今後の前向き調査に期待したいと思います。
手軽でわかりやすいものはミスリードも多いのかも、と思いました。
by ちこ (2014-01-15 22:30) 

まっちゃぽ

はじめまして
教えてください。
実は今、原文を読んでいるのですが、2.4. Statistical analysesのところで、"Tテストは、患者の選んだ鼻が任意の匂いによって違わないように最初は利き手側を使った"と訳してしまったのですが、訳しながら意味がわかりません。
利き手側ならピーナッツバターの匂いではない匂いにまぎらわされないということですか?


by まっちゃぽ (2014-04-22 20:43) 

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