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急性冠症候群治療時におけるネシーナの安全性について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ネシーナの心血管病変への安全性.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
DPP-4阻害剤というタイプの糖尿病治療薬を、
心臓病の急性期に使用した場合の、
安全性を検証した論文です。

糖尿病の合併症には、
小血管合併症と呼ばれる、
目の網膜症や腎症、神経症の他に、
大血管合併症と呼ばれる、
心筋梗塞や脳卒中のリスクの増加があります。

インスリンが糖尿病の治療に使用されるようになる以前には、
多くの糖尿病の患者さんが、
糖尿病性昏睡のために命を落としました。
しかし、インスリンやその後の血糖降下剤の利用により、
少なくとも適切な治療を受けていれば、
糖尿病の患者さんが高血糖の昏睡のために亡くなることは、
殆どなくなりました。

これは糖尿病治療における大きな進歩です。

糖尿病で次に問題になるのは合併症です。

糖尿病の合併症には、
網膜症や腎症や神経症の、
所謂小血管合併症と、
動脈硬化の進行により起こる、
心筋梗塞や脳卒中などの、
大血管合併症があります。

このうち小血管合併症については、
その進行がまだ見られないうちに、
血糖のコントロールを厳密にして、
正常の血糖に限りなく近付けるようにすると、
その発症や進行が抑制されることが、
多くの大規模な臨床試験により確認されました。

これも、糖尿病治療における、
大きな進歩となった知見の1つです。

この時点で専門家の多くは、
こうした厳密な血糖コントロールにより、
心筋梗塞などの大血管合併症も、
抑制されるという可能性を信じていました。

ところが…

その後に行なわれた多くの臨床試験の結果は、
専門家の予想を覆すものでした。

血糖コントロールを厳密化することにより、
心筋梗塞が減少すると思いの外、
かえってそのリスクが増加したり、
総死亡のリスクや心不全のリスクが増加する、
という結果が次々と発表されたのです。

血糖を厳密にコントロールすること自体が、
それだけ低血糖などのリスクを増加させ、
患者さんの生命予後に、
悪い影響を与えることがあるのです。

また、一部の糖尿病治療薬は、
心臓に負担を掛けたり心不全を誘発して、
心臓病に関するリスクを増加させることも明らかになりました。

これまでのところ、
その例外はメトホルミンという経口糖尿病治療薬と、
インスリンを使用した臨床試験があるだけです。

ただ、この結果のみを持って、
メトホルミンは素晴らしい薬で、
後の糖尿病治療薬はクソだ、
というようなことを言われる方がいますが、
僕はそこまで言い切るのは言い過ぎのように思います。
メトホルミンのこの点に関する効果は、
少数の文献にのみ確認されているもので、
確実とは言えません。

むしろ、
現時点での糖尿病の治療は、
小血管合併症の予防には有用であるけれど、
大血管合併症の予防については、
明確に改善するとは言い難い、
と言うのが適切ではないかと思います。

いずれにしても、
こうした経緯があるので、
アメリカのFDAもヨーロッパのEMAも、
糖尿病の新薬の発売後に、
心臓病や脳卒中への影響についての安全性を、
確認することを求めています。
改善することは望めないにしても、
大血管合併症に対して有害な影響がある薬は、
退場させるのが適切と考えられるからです。

今回の研究はその安全性検証の一環として、
施行されたのものです。

アログリプチン(商品名ネシーナ)は、
それまでの経口糖尿病薬とは別個のメカニズムで、
インスリンの分泌を刺激すると共に、
膵臓の細胞を増やすような作用を期待されている、
DPP-4阻害剤というタイプの治療薬です。

ただ、この薬にはその増殖作用から、
膵臓癌などの癌の発症を増やすのでは、
という危惧があり、
また心臓病などに対する影響については、
まだ未知数です。

そのため今回の研究においては、
世界中の49の国の898の専門施設で登録された、
急性冠症候群(急性心筋梗塞や不安定狭心症)で2型糖尿病の患者さん、
トータル5380名を2つの群にくじ引きで分け、
それまでの治療に加えて、
ネシーナや偽薬を上乗せし、
その後の経過を平均で18カ月間観察しました。
偽薬やネシーナかの違いは、
患者さんにも主治医にも分からないように使用されています。
ネシーナの使用量は、
日本と同じ1日25mgで、
腎機能の低下時は減量されます。

その結果…

血糖値はネシーナの使用により、
有意に低下しましたが、
心筋梗塞や脳卒中の発症やそれによる死亡については、
偽薬との間に差はありませんでした。
癌や膵炎の発症についても差は付いていません。

つまり、
少なくとも1年半程度の短期間の使用においては、
心臓病の急性期という不安定な状況においても、
ネシーナは心臓病の予後を悪化はさせていません。

この試験結果は短期間のネシーナの安全性を、
確認するものになっています。

最近、特に糖尿病を専門とはされない先生が、
「日本の糖尿病治療はデタラメで、
海外で評価されているメトホルミンを使用せず、
高いだけで効果のない、
SU剤やDPP-4阻害剤を濫用している」
などとアジテーションをされています。

この論文を解説した記事においても、
「心臓病の予防効果のあるメトホルミンを使用せず、
予防効果のないDPP-4阻害剤を使用することの愚劣さを、
明らかにした内容だ」
というような趣旨の発言をされている方もいます。

ちょっとどうかと思います。

上記の文献はあくまで、
心臓病や脳卒中に対する、
ネシーナの短期間の安全性を検証したもので、
従って結果はポジティブなものなのです。

偽薬と比べて、
差が付いていないということは、
心臓病の予防効果がない、ということではないか、
と言われるかも知れませんが、
仮に予防効果があったとしても、
こんな短期間でそれが明確化されるとは思えません。
それはメトホルミンでも同じ筈です。

少なくとも10年以上は経過を見て検証しないと、
そうした効果を確認することは出来ないことが多いのです。

これまでのデータのみを見て、
「メトホルミンは素晴らしく、DPP-4はへっぽこ」、
というような言い方は誤りです。

メトホルミンは長期間の観察を行なって、
その効果を確認しているのです。

より新しい薬であるDPP-4阻害剤には、
当然そうした知見はまだないのです。
更にはDPP-4阻害剤の臨床試験は、
その殆どがメトホルミンへの上乗せの試験なので、
メトホルミンの効果を除外して検証することは、
非常に困難な結果になっています。

従って、正確な言い方は、
「メトホルミンは長期間の観察期間において、
心臓病などのリスクを抑制する効果が確認されているけれど、
DPP-4阻害剤は短期間の観察では、
少なくとも心臓病のリスクを高めることはない、
という複数の報告があり、
より長期の効果は未だ確認されていない」
ということになります。

つまり、
短期間の観察しか出来ない新薬と、
長期間の観察が可能でデータの蓄積のある、
歴史のある薬剤とを、
「長期間における有用性」という物差しで比較する、
ということ自体がフェアではありません。

日本の医療における新薬の持ち上げ方は異常で、
最初のDPP-4阻害剤が発売された時の、
メディアと専門家と製薬会社が一体となった、
眩暈のするような宣伝攻勢は記憶に新しいところです。

しかし、新薬というのは、
長期間の効果も安全性も、
共に確立されていない薬のことです。

その意味で、
古い薬より明らかにリスクがあるのです。

安全性を重視するなら、
すぐに新薬を使用するべきではありません。

ただ、今のメトホルミンの持ち上げ方と、
DPP-4阻害剤の貶され方も、
ところが変わっただけで、
フェアな言説でない点では同じです。

僕は新薬を持ち上げる言説は好きではなく、
現時点ではメトホルミンの方が、
長期間の有用性は確認されていると思います。
薬の値段も当然差がありますから、
医療経済的な側面からも、
メトホルミンには優位性があります。
ですが、誰かの尻馬に乗って、
メトホルミンを神の薬の如く崇拝し、
DPP-4阻害剤をゴミのように下品に貶す言説にも、
嫌悪感を持ちます。

医療とは積み重ねであり、
ある地点でどちらかが絶対的な正義のような、
そんな単純なものではないのではないでしょうか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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