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BRAF V600E遺伝子変異の甲状腺乳頭癌の予後に与える影響について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
BRAF変異と甲状腺癌の悪性度.jpg
今年のJAMA誌に掲載された、
甲状腺の乳頭癌に多く存在する遺伝子の変異と、
その予後との関連性を臨床的に検討した論文です。

甲状腺乳頭癌は、
甲状腺の癌のうち最も多い組織型ですが、
その予後は非常に良いことで知られています。

これは上記の文献にある海外データですが、
癌の予後を判定する指標の1つである、
治療5年後の生存率は、
95~97%という高率です。

しかし、
100%ではないのは、
中に予後の悪い事例も当然あるからです。

欧米においては、
大きさが1センチを超える甲状腺乳頭癌は、
甲状腺を全摘して、
放射性ヨードによるアブレーションという治療を併用するのが、
一般的な方法です。

しかし、
放射線の治療には二次発癌の問題がありますし、
甲状腺を全摘すると、
一生涯甲状腺ホルモン剤の使用は必須になります。

こうした治療は確かに予後の悪い甲状腺癌に対しては、
理に適ったものであるのですが、
実際には大部分の、
予後の良い甲状腺癌に対しては、
患者さんへの負担が大き過ぎる、
という印象が否めません。

一方で日本においては、
甲状腺の部分切除に留めて、
術後の放射性ヨードのアブレーションも行なわない、
かなり緩めの治療が多く行われています。

これは患者さんへの負担が少ない反面、
仮に悪性度の高い癌であった場合、
その再発や転移への対応が遅れたり、
予後により悪い影響を与える可能性が、
完全には否定出来ないという欠点があります。

少なくとも国際的な検討においては、
全摘とアブレーションを併用する方法の方が、
より生命予後の改善に結び付いている、
という見解があるからです。

従って、
ここにおいて問題は、
多くの甲状腺乳頭癌のうち、
予後の悪い少数の悪性度の高い癌を、
事前に見分ける方法がないかどうか、
という点になります。

たとえば、特定の検査を行なうことにより、
術前にその癌の悪性度が判断出来るとすれば、
悪性度の高い癌のみに、
全摘とアブレーションを併用する積極的な治療を行ない、
そうでない癌に対しては、
局所の切除に留めるか、
場合によってはそのまま何もせずに経過観察を行なっても、
問題のない可能性が高くなるからです。

その甲状腺乳頭癌の予後を判定する検査の候補として、
考えられているのが、
本日ご紹介する文献で取り上げられている、
BRAFという細胞増殖に関わる蛋白質の、
V600Eという遺伝子の変異の存在の有無です。

BRAFはRASという蛋白にも関連が深く、
こうした遺伝子の変異は、
その癌の性質に深い関わりを持つことが、
甲状腺癌のみならず、
多くの癌において明らかになっています。

BRAFの変異にも多くの種類がありますが、
甲状腺の乳頭癌の場合、
その遺伝子を構成する600番目のアミノ酸の情報が、
本来はバリンである筈がグルタミン酸に変わっているという、
V600Eという変異が、
概ね45%の甲状腺乳頭癌に見付かっています。

この変異のある甲状腺乳頭癌は、
変異のない癌と比較して、
甲状腺外に浸潤し易く、
ヨードの取り込み能も持たないことが多い、
ということが報告されています。
癌組織がヨードを取り込まないということは、
放射性ヨードの治療が有効でない、
ということを示し、
悪性度の高い癌の1つの特徴と考えられています。

しかし、
本当にBRAF V600Eの変異を持つ癌が、
そうでない癌と比較して、
臨床的な予後が悪いのかどうか、
という点については、
これまであまり多数例での、
精度の高い研究結果は存在しませんでした。

そこで今回の論文では、
世界中の7つの国の13の専門医療施設において、
トータル1849名の甲状腺乳頭癌の患者さんの予後と、
BRAFの遺伝子の変異との関連性を検証しています。

こうした分野の研究としては、
最も大規模なものだと思います。

患者さんは研究の主体となっている、
アメリカとイタリアの方が多いのですが、
日本でも神奈川県立癌センターが参加しています。
隈病院や伊藤病院が参加しても良いのにね、
と思いますが、
まあ色々と事情があるのでしょう。

その結果…

平均の初回治療後の観察期間は33か月で、
患者さんの45.7%にBRAF V600Eの変異が認められています。
(遺伝子変異の解析は、
基本的に術後にその切除組織を用いて行なわれています)
1849名の患者さんのうち、
56名が甲状腺乳頭癌のために亡くなられていますので、
この観察期間中の死亡率は3%ということになります。

死亡者の8割はBRAFの変異の陽性者で、
BRAFの変異のある患者さんの5.3%が死亡しているのに対して、
変異のない患者さんにおける死亡率は1.1%でした。

BRAFの変異のある甲状腺乳頭癌の患者さんの予後は、
その患者さんの年齢が高い場合と、
甲状腺癌の進行度が高い場合に、
よりその死亡リスクが高まる傾向にあり、
遠隔転移のない患者さんのみの解析では、
BRAFの変異と死亡リスクとの間に、
明確な差はなかったのに対して、
遠隔転移のある患者さんにおいては、
BRAFの変異のない群の死亡率が1.4%なのに対して、
変異のある群の死亡率は51.5%という高率になっていました。

つまり、
BRAFの変異があって、
遠隔転移などのある患者さんは、
同じ甲状腺乳頭癌であっても、
かなり明確に予後の悪い傾向があります。

同じ遠隔転移があっても、
BRAFの変異のあるなしで、
明確な死亡リスクの差が見られるのですから、
これを同一の種類の癌と捉えるのは、
臨床的には誤りだ、
ということになります。

しかし、
BRAFの変異があるからと言って、
即予後が悪い、ということではなく、
予後を決める因子、
その癌の悪性度を決める因子は、
BRAFの変異のみではない、
という点も明確だと思います。

従って、
当面BRAFの変異のみを検査することで、
診療の方向性が定まるというものではありませんが、
今後癌の予後に関わるそれ以外の因子が解明され、
遺伝子診断も術前に充分な精度を持って、
施行することが可能となれば、
幾つかの検査を組み合わせることによって、
本当に治療の必要な甲状腺癌をより分け、
より適切で患者さんに負担の少ない、
治療法の確立に、
結び付く可能性は高いと思いますし、
その成果に期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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