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フェジンによる低リン血症のメカニズム [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
フェジンによる低リン血症について.jpg
2009年のBone誌に掲載された、
注射で用いる鉄剤による、
低リン血症の副作用と、
それに伴う骨軟化症のメカニズムについての論文です。

鉄欠乏性貧血は、
女性に多い病気で、
婦人科的な疾患によるものもありますし、
体質やダイエットによるものもあります。

高度の貧血では、
鉄のお薬としての補充が必要になります。

ここで使用されるのは、
まず鉄剤の飲み薬ですが、
吐き気などの胃腸症状の副作用が、
意外に多く継続出来ないケースが結構あります。

また、
経口の鉄剤では効果が充分でない場合もあり、
そうしたケースでは、
注射による鉄剤の使用が検討されます。

ところが…

この注射の鉄剤にも、
幾つかの問題があります。

そのままの鉄イオンは身体にとって毒性があるので、
通常の注射用の鉄剤は、
糖分などを結合させてコロイドを形成し、
鉄イオンが遊離し難いような構造になっています。

しかし、
その製剤のコロイドの安定性に問題があると、
遊離した鉄イオンにより、
アナフィラキシー反応などの有害事象が生じます。

鉄剤には鉄分以外にどのような基剤を用いるかによって、
多くの種類があります。
アメリカのFDAは6種類くらいの注射用の鉄剤を認可していて、
その種別毎のアナフィラキシーなどの有害事象の頻度も比較していますが、
結論としてはIron sucroseとsodium ferric gluconateが、
安全性が高いと報告しています。

しかし、
この両者の鉄剤共、
現在日本では使用することが出来ません。

日本で現在認可されているのは、
マルトースを利用したコロイド製剤であるフェジンと、
デキストリンとクエン酸を用いたフェリコン鉄の2剤だけです。

フェリコン鉄は一昨年、
特定のロットでアナフィラキシーが増加したため、
回収になるという事態があり、
これはコロイド粒子の安定性に問題があって、
鉄イオンは遊離し易い状態だった可能性を示唆しています。

このように必要なものでありながら、
日本における注射用の鉄剤の供給は、
非常に不安定で問題があります。

僕の手元に25年ほど前の薬の本がありますが、
そこには4種類の注射用の鉄剤が載っていて、
その中にはアメリカと同一のものもありますが、
現在では使用することが出来ません。

製薬会社にとっては、
おそらくあまり儲けにはならず、
それでいて製剤が不安定に供給されると、
アナフィラキシーが起こるなど、
安全面でのリスクの高い製品であることが、
その理由と思われますが、
日本の医療行政は、
たとえばH2ブロッカーというタイプの胃薬には、
50種類を超えるようなジェネリック薬品が存在しながら、
注射用の鉄剤にはこの2種類しか存在しないなど、
必要な薬の安定供給という視点が乏しく、
場当たり的で大局を見ていないという気がして、
仕方がありません。

それはさておき…

日本で使用出来る数少ない注射用の鉄剤であるフェジンには、
これも1つの大きな問題があります。

それが、
このタイプの製剤に特有の、
低リン血症という副作用の発現です。

上記の文献にある副作用事例の1つをご紹介します。

子宮筋腫のために、
出血が多く著明な鉄欠乏性貧血を呈していた、
当時32歳の女性は、
経口の鉄剤が吐き気などのために、
使用が困難であったため、
フェジンの注射を月に1~2回というペースで継続して使用しました。
すると、42歳の時に股関節や背中や膝の痛みが生じ、
癌による骨軟化症の疑いで入院しました。

しかし、
精査の結果血液のリンの濃度が、
正常では2.5~4.5mg/dlであるところ、
1.2mg/dlと著明に低下しており、
フェジンの副作用による低リン血症が、
骨軟化症を引き起こして、
全身の痛みが生じていることが明らかになったのです。

こうした事例が、
フェジンの使用により多数報告されています。

フェジンの継続的な使用により、
著明な低リン血症が生じ、
フェジンを中止したところ、
数日から数週間で改善するのですから、
これは間違いなくフェジンがリンを下げていることになります。

この副作用が深刻なのは、
上記の事例のように診断が遅れ、
長期間のリンの欠乏が続くと、
骨軟化症が進行し、
フェジンを中止しても、
そうした骨病変はすぐには元に戻らない、
という点にあります。

この低リン血症は、
ほぼフェジンのみで報告され、
つまりマルトースを利用した含糖酸化鉄に、
限って生じる現象で、
他の構造を持つ注射用の鉄剤では起こりません。

実際日本においては、
フェジン以外の鉄剤が使用困難になったので、
他の鉄剤を使用していた患者さんが、
フェジンに切り替えたところ、
たちまちリンが低下した、
という事例も存在します。

それでは、
何故フェジンによってリンが低下するのでしょうか?

先日ご紹介しましたように、
低リン血症の鑑別には、
骨細胞から分泌される一種のホルモンで、
血液のリンを下げる働きを持つ、
FGF23 の測定が重要です。

そこで上記の文献では、
フェジンによる低リン血症の3例において、
FGF23を測定し、
それがリンの低下に伴って上昇し、
フェジンの中止により低下していることを確認しています。

つまり、
フェジンによる低リン血症には、
FGF23の上昇が、
大きな役割を果たしているのです。

ここで1つの推論としては、
何らかのメカニズムでフェジンによりFGF23の分泌が刺激され、
それによりリンが低下しているのではないかと考えられます。

上記文献の考察では、
注射された鉄剤はコロイドの形態を保ったまま、
主に肝臓に捕捉され、
そこで鉄が組織へと引き渡されるのですが、
その過程で肝臓の細胞が刺激され、
肝臓からFGF23が分泌されるのでは、
という仮説が提示されていますが、
それを実証するようなデータはなく、
僕が検索した限りでは、
その後新たな知見はあまりないようです。

それでは今日のまとめです。

注射用の鉄剤であるフェジンは、
おそらくはその構造自体の特性から、
FGF23の上昇を介して低リン血症を来し、
長期間の持続により骨軟化症に至る危険があります。

従って、
フェジンを継続的に使用する際には、
定期的なリンの濃度の測定が必須で、
低下傾向があればすぐに使用を中止する必要があります。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

okin-02

ご無沙汰致して居りました。
先日・不注意に因る怪我で、入院治療する羽目に・・・
昨日、やっと退院出来ましたので・休止中のブログライフを
不定期ですが・再開致す事に、休止中お立ち寄り頂いた方へ
お礼を兼ねてのご挨拶を。
今後とも、お見捨てに成る事無くお付き合いの程お願い致します。
by okin-02 (2013-02-26 20:59) 

fujiki

okin-02 さんへ
体調はもう戻られましたでしょうか。
こちらこそ、
これからもよろしくお願いします。

by fujiki (2013-02-27 08:07) 

Sinamon

びっくりです!
フェジン月2回 十年続けています
股関節 背中 全身の痛みがあります

内科の主治医で血液検査でリン値を測ったことはなく、

今日、整形外科でこの不安を訴えたところ、無視されました。

内科の主治医に思い切って聞いて見ます。
by Sinamon (2013-08-23 21:44) 

fujiki

Sinamon さんへ
それは是非血液のリン値は、
測定することをお勧めします。
リンが正常であれば、
フェジンの副作用の可能性はありません。
by fujiki (2013-08-24 08:11) 

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