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インスリン感受性と脂肪蓄積との乖離について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

明日は土曜日ですが、
祝日のため休診ですので、
ご注意下さい。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
PTEN変異とインスリン感受性論文.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
特殊な遺伝子異常の患者さんにおける、
インスリン感受性を検討した論文です。

まだこの論文のみで、
結論の出るような問題ではありませんが、
非常に示唆に富む内容のものです。

糖尿病の患者さんでは、
そうでない方よりも、
癌の発症が多いことが知られています。

しかし、
それは一体何故でしょうか?

1つの説明は、
高インスリン血症が、
癌を誘発しているのではないか、
というものです。

インスリンやそれに似た構造のIGF1は、
共にブドウ糖の細胞内の利用などに働くと共に、
それ自体が増殖因子でもあります。

つまり、
インスリンはその細胞にある受容体に結合することにより、
ブドウ糖の利用の経路と、
細胞の増殖の経路とを、
共に活性化するような2つの働きを持つ物質なのです。

こちらの図をご覧下さい。
PTENの変異の図.jpg
インスリンやIGF1の、
2つの働きを図示したものがこちらになります。

インスリンやIGF1が、
その標的となる細胞の表面にある、
受容体に結合すると、
PI3Kという酵素が活性化され、
それによりPIP3が産生されると、
その下流の経路が促進され、
一方では細胞の増殖が、
もう一方では物質の代謝経路が進行します。

ここで、
PTENという酵素が働くと、
PIP3は脱リン酸化され、
活性のないPIP2になります。

つまり、
インスリンの作用はPTENの調節を受け、
それが欠乏すれば、
インスリンの作用は増強し、
それが過剰に存在すれば、
インスリンの作用は減弱する、
ということになるのです。

ここで、
Cowden病という病気(症候群)があります。

僕はメールなどのご相談をきっかけにして、
これまで3人のこの病気の患者さんに、
お逢いしたことがあります。

常染色体優性遺伝の疾患で、
特有の皮膚の結節や消化管のポリープと共に、
甲状腺癌や乳癌などの、
癌を高率に発症することが知られています。

この病気の原因は第10染色体にあり、
PTENに変異を持つことが分かっています。
この病気の患者さんでは、
PTENがほぼ欠損しています。

つまり、
Cowden病で癌が高率に発症するのは、
PTENが働かないため、
インスリンやIGF1などの、
増殖因子のシグナルが過剰になり、
細胞増殖の亢進が、
その誘因になるためと考えられるのです。

最初にお話したように、
PTENが働かなければ、
インスリンのもう1つの働きである、
ブドウ糖の利用も亢進することになる筈です。

ところが、
その一方でCowden病の患者さんは、
そうでない方と比較して、
肥満を発症し易いことも知られています。

インスリンの働きが亢進しているのに、
何故肥満になるのでしょうか?

そこで今回の研究では、
15例のCowden病の患者さんを、
同じ肥満度の15例の対象群と比較して、
グルコースクランプなどの方法を用いて、
Cowden病における、
インスリン感受性を検討すると共に、
5例という少数例ではありますが、
脂肪細胞と筋肉細胞における、
PTENに関わる遺伝子の発現の違いを、
これもご病気のない方と対比させて、
検討しています。

その結果は非常に興味深いものです。

Cowden病の患者さんは、
同じ肥満度のご病気のない方と、
血液の脂質のレベルや、
ブドウ糖の負荷をした時の血糖値の推移には、
違いはありません。

しかし、
インスリンの値は、
肥満度の高いCowden病のない方では、
高インスリン血症になっているのに対して、
Cowden病の患者さんでは、
インスリン値は低くなっています。

つまり、
肥満の方に見られるインスリン抵抗性が、
Cowden病には見られず、
インスリンの感受性は通常より亢進していたのです。

これは、
PTENの働きが減弱しているために、
インスリンのシグナルが増強し、
通常より少量のインスリンで、
有効に血糖維持されている、
ということを示しています。

ただ、
インスリンの血液濃度は低いのですが、
膵臓の細胞からのインスリンの分泌量は、
ご病気のない方と変わりはなく、
患者さんでは肝臓がそれだけ多くのインスリンを、
取り込んでいることが分かりました。

しかし、
Cowden病の患者さんの肥満度は高く、
身体の脂肪の量は増加しています。

これは一体何故でしょうか?

その組織のインスリンのシグナル伝達に関わる、
遺伝子の発現量をを計測すると、
脂肪細胞においては、
インスリンシグナルはCowden病の患者さんで、
亢進していたのに対して、
筋肉の細胞では、
ご病気のない方と差がないことが分かりました。

脂肪細胞と筋肉細胞とは、
本来その分泌するホルモン様物質の働きにより、
綿密に連関しており、
一旦脂肪が増加すると、
一種の悪循環で肥満とインスリン抵抗性が進行します。

しかし、
Cowden病の場合には、
脂肪細胞でのみPTENが働かないので、
増殖シグナルが活性化して、
脂肪細胞はより多くのエネルギーを取り込み、
過形成の状態になります。
脂肪の量は増えますが、
肝臓のインスリンの取り込みは亢進し、
肝臓はブドウ糖を放出しないので、
血糖値は上昇しませんし、
高インスリン血症にもなりません。

血液のアディポネクチンという、
一種の脂肪細胞由来のホルモンの濃度は、
一般的にはインスリン感受性が高いと増加し、
インスリン抵抗性があると低下しますが、
Cowden病の患者さんでは、
インスリン感受性が高いにも関わらす低下していて、
これも解釈は難しいのですが、
非常に興味深い所見です。

脂肪の蓄積があれば、
インスリン抵抗性が惹起され、
高インスリン血症になって、
アディポネクチンは低下する、
というのが通常の流れですが、
その2つの作用が分離しているのです。

これは非常に興味深く、
今後の肥満症や内臓肥満、
糖尿病の治療を考える意味で、
示唆に富む所見です。

こうしたメカニズムの詳細が、
より深く明らかになれば、
癌においても生活習慣病においても、
おそらくはその2つをひっくるめた形での、
予防的な治療が、
開発される可能性もないとは言えないのです。

今後の研究の推移を、
期待して見守りたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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