人工甘味料と甘味受容体の話 [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝からレセプトの点検をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
ノンカロリーの炭酸飲料が、
健康ブームもあって、
広く使用されています。
たとえば、
カロリーゼロを謳ったコーラには、
スクラロースやアスパラテームという名前の、
所謂「人工甘味料」が使用されています。
こうした人工甘味料は、
基本的にカロリーがないか、
極めて少ないのですが、
それでいて、
自然な砂糖の甘さとはちょっと違いますが、
それでも極めてそれに似た、
「甘味」を感じさせます。
素朴な疑問として、
何故カロリーもない化学物質が、
甘味を持っているのでしょうか?
人間が甘味を感じるのは、
舌の味蕾(みらい)にある、
甘味受容体に砂糖などが結合するためです。
つまり、
たとえカロリーがなくとも、
甘味受容体に結合する物質は、
人間には「甘い」と感じられるのです。
従って、
甘味受容体に結合する化学物質が、
人工甘味料の正体です。
ここでちょっと昔話をさせて下さい。
1990年代の前半に、
僕は大学で膵臓からのインスリン分泌の研究をしていました。
当時のインスリン分泌についての学説は、
「代謝説」と言いました。
これは甘いものを食べると、
それが小腸から吸収され、
門脈という血管を介して膵臓に流れ、
そこでインスリンの分泌細胞である、
膵臓のβ細胞に、
その成分のブドウ糖が取り込まれると、
そのブドウ糖が代謝されて、
それにより複雑な経路を経て、
インスリン分泌が刺激され、
そのインスリンにより、
ブドウ糖が筋肉や脂肪の細胞に、
取り込まれる、
という仮説です。
このインスリン分泌に関わる経路は、
β細胞の膜にある、
ATP感受性Kチャネルに依存している、
とされていました。
ただ、僕が当時師事していた先生は、
このATP感受性Kチャネルに関わらない、
インスリンの分泌メカニズムがあるのではないか、
という仮説を持っていました。
実際に、
やや特殊な条件のもとではありますが、
このATP感受性Kチャネルが機能しない状態でも、
インスリン分泌の起こることは、
ネズミの実験では何度も検証されました。
しかし、
その当時は、
「ATP感受性Kチャネル非依存性のインスリン分泌」
と言うだけで、
糖尿病学会では、
「おやおや…」という感じで、
あまり相手にもされない、
というのが通常だったのです。
代謝を受けないのに、
ブドウ糖の刺激により、
インスリンが分泌されるとすれば、
そのメカニズムとして考えられることの1つは、
ブドウ糖が結合するような受容体が、
膵臓のβ細胞に存在している、
という考え方になります。
1990年代前半当時、
そんなことを主張していたのは、
仁木厚先生と仁木初美先生のご夫婦だけでした。
仁木先生は舌の甘味受容体を研究された、
パイオニアのような先生で、
膵臓にも必ずブドウ糖の受容体、
すなわちグルコレセプターがある筈だ、
という自説を曲げませんでした。
しかも、その受容体は、
舌の甘味受容体と同一の性質を持つものだ、
ということまで主張されていました。
しかし、それを構造的に証明するような技術は当時はなく、
僕の師事していた先生も、
仁木先生と非常に親しくされていたのですが、
グルコレセプター説については、
やや懐疑的でした。
ところが…
当時からインスリン分泌の遺伝子レベルの研究をされ、
アクチビンなど、
ブドウ糖に付加的に働くような、
別個のインスリン分泌刺激の発表もされていた、
群馬大学の小島至先生のグループが、
2009年にネズミのインスリン分泌細胞で、
一種のグルコレセプターを発見し、
その構造を解析したのです。
そのグルコレセプターは、
舌にある甘味受容体とほぼ同一の構造を持っていました。
仁木先生の仮説が、
実は事実に近かったことが、
10年以上の月日をおいて、
証明されたのです。
僕が当時師事していた先生が、
この発見をどのように思われたのかを考えると、
ちょっと複雑な思いにも囚われます。
皆さんはこの発見の意味がお分かりになりますか?
お菓子やジュースを口に入れると、
「甘い」と感じますよね。
その甘さのセンサーと同じものが、
膵臓のインスリン分泌細胞に存在しているのです。
人間はまず口の中で味覚により甘いと感じ、
その食品は分解され、
血液に入ると、
膵臓の細胞で再び甘いと感知されるのです。
この経路により、
膵臓からはある程度インスリンが分泌されると、
考えられます。
ただ、その作用はおそらくは補助的なもので、
ある条件下でのみ働く性質のものです。
何故なら、
人工甘味料の臨床実験の多くにおいては、
概ねその摂取により、
インスリン分泌は刺激されていません。
仮に甘味受容体にブドウ糖が結合することが、
インスリン分泌を直接に引き起こすとすれば、
それと同じことが、
実際にはカロリーがなく、
ブドウ糖ではない、
人工甘味料でも起こる理屈になり、
空腹でゼロコーラをラッパ飲みしたら、
皆低血糖でバタバタ倒れてしまいます。
ゼロコーラなど、
即坐に販売停止となる道理です。
しかし、現実には若干のインスリン分泌は生じても、
そこまでの変化は起こらないのです。
膵臓のβ細胞に甘味受容体のあることの意味は、
まだ今後の研究に委ねられる面が、
多く残っているようです。
更にはこれはあくまでネズミの実験ですから、
その現象が人間でも全く同じとは限りません。
ただし、
インスリン分泌に関しては、
概ねネズミの実験結果と同じメカニズムが、
人間にもあることが、
これまでの研究の蓄積からほぼ確実なので、
インスリン分泌の研究結果については、
殆どは基礎的実験はネズミを使用しており、
その結果はほぼ人間でも同一のものとして、
解釈されているのです。
つい最近広く読まれた医療記事の中に、
人工甘味料でも体重が増加する、
というような内容のものがあり、
そこでの説明は、
人工甘味料が膵臓を刺激して、
インスリンを出すので、
内臓脂肪が増え、
そのことによりカロリーゼロでも肥満が生じるのだ、
というニュアンスのものでした。
勿論そういう仮説を展開される先生も、
おそらくはいらっしゃるのだと思いますが、
膵臓に甘味受容体のあることの意味は、
そう単純なものではないと、
僕の知識の範囲ではそう思いますし、
小島先生の書かれたものを読んでも、
そういう趣旨のことは記載されていないと思います。
それでは、
人工甘味料は健康上何の問題もないのでしょうか?
明日はその点について、
もう少し考えてみたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝からレセプトの点検をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
ノンカロリーの炭酸飲料が、
健康ブームもあって、
広く使用されています。
たとえば、
カロリーゼロを謳ったコーラには、
スクラロースやアスパラテームという名前の、
所謂「人工甘味料」が使用されています。
こうした人工甘味料は、
基本的にカロリーがないか、
極めて少ないのですが、
それでいて、
自然な砂糖の甘さとはちょっと違いますが、
それでも極めてそれに似た、
「甘味」を感じさせます。
素朴な疑問として、
何故カロリーもない化学物質が、
甘味を持っているのでしょうか?
人間が甘味を感じるのは、
舌の味蕾(みらい)にある、
甘味受容体に砂糖などが結合するためです。
つまり、
たとえカロリーがなくとも、
甘味受容体に結合する物質は、
人間には「甘い」と感じられるのです。
従って、
甘味受容体に結合する化学物質が、
人工甘味料の正体です。
ここでちょっと昔話をさせて下さい。
1990年代の前半に、
僕は大学で膵臓からのインスリン分泌の研究をしていました。
当時のインスリン分泌についての学説は、
「代謝説」と言いました。
これは甘いものを食べると、
それが小腸から吸収され、
門脈という血管を介して膵臓に流れ、
そこでインスリンの分泌細胞である、
膵臓のβ細胞に、
その成分のブドウ糖が取り込まれると、
そのブドウ糖が代謝されて、
それにより複雑な経路を経て、
インスリン分泌が刺激され、
そのインスリンにより、
ブドウ糖が筋肉や脂肪の細胞に、
取り込まれる、
という仮説です。
このインスリン分泌に関わる経路は、
β細胞の膜にある、
ATP感受性Kチャネルに依存している、
とされていました。
ただ、僕が当時師事していた先生は、
このATP感受性Kチャネルに関わらない、
インスリンの分泌メカニズムがあるのではないか、
という仮説を持っていました。
実際に、
やや特殊な条件のもとではありますが、
このATP感受性Kチャネルが機能しない状態でも、
インスリン分泌の起こることは、
ネズミの実験では何度も検証されました。
しかし、
その当時は、
「ATP感受性Kチャネル非依存性のインスリン分泌」
と言うだけで、
糖尿病学会では、
「おやおや…」という感じで、
あまり相手にもされない、
というのが通常だったのです。
代謝を受けないのに、
ブドウ糖の刺激により、
インスリンが分泌されるとすれば、
そのメカニズムとして考えられることの1つは、
ブドウ糖が結合するような受容体が、
膵臓のβ細胞に存在している、
という考え方になります。
1990年代前半当時、
そんなことを主張していたのは、
仁木厚先生と仁木初美先生のご夫婦だけでした。
仁木先生は舌の甘味受容体を研究された、
パイオニアのような先生で、
膵臓にも必ずブドウ糖の受容体、
すなわちグルコレセプターがある筈だ、
という自説を曲げませんでした。
しかも、その受容体は、
舌の甘味受容体と同一の性質を持つものだ、
ということまで主張されていました。
しかし、それを構造的に証明するような技術は当時はなく、
僕の師事していた先生も、
仁木先生と非常に親しくされていたのですが、
グルコレセプター説については、
やや懐疑的でした。
ところが…
当時からインスリン分泌の遺伝子レベルの研究をされ、
アクチビンなど、
ブドウ糖に付加的に働くような、
別個のインスリン分泌刺激の発表もされていた、
群馬大学の小島至先生のグループが、
2009年にネズミのインスリン分泌細胞で、
一種のグルコレセプターを発見し、
その構造を解析したのです。
そのグルコレセプターは、
舌にある甘味受容体とほぼ同一の構造を持っていました。
仁木先生の仮説が、
実は事実に近かったことが、
10年以上の月日をおいて、
証明されたのです。
僕が当時師事していた先生が、
この発見をどのように思われたのかを考えると、
ちょっと複雑な思いにも囚われます。
皆さんはこの発見の意味がお分かりになりますか?
お菓子やジュースを口に入れると、
「甘い」と感じますよね。
その甘さのセンサーと同じものが、
膵臓のインスリン分泌細胞に存在しているのです。
人間はまず口の中で味覚により甘いと感じ、
その食品は分解され、
血液に入ると、
膵臓の細胞で再び甘いと感知されるのです。
この経路により、
膵臓からはある程度インスリンが分泌されると、
考えられます。
ただ、その作用はおそらくは補助的なもので、
ある条件下でのみ働く性質のものです。
何故なら、
人工甘味料の臨床実験の多くにおいては、
概ねその摂取により、
インスリン分泌は刺激されていません。
仮に甘味受容体にブドウ糖が結合することが、
インスリン分泌を直接に引き起こすとすれば、
それと同じことが、
実際にはカロリーがなく、
ブドウ糖ではない、
人工甘味料でも起こる理屈になり、
空腹でゼロコーラをラッパ飲みしたら、
皆低血糖でバタバタ倒れてしまいます。
ゼロコーラなど、
即坐に販売停止となる道理です。
しかし、現実には若干のインスリン分泌は生じても、
そこまでの変化は起こらないのです。
膵臓のβ細胞に甘味受容体のあることの意味は、
まだ今後の研究に委ねられる面が、
多く残っているようです。
更にはこれはあくまでネズミの実験ですから、
その現象が人間でも全く同じとは限りません。
ただし、
インスリン分泌に関しては、
概ねネズミの実験結果と同じメカニズムが、
人間にもあることが、
これまでの研究の蓄積からほぼ確実なので、
インスリン分泌の研究結果については、
殆どは基礎的実験はネズミを使用しており、
その結果はほぼ人間でも同一のものとして、
解釈されているのです。
つい最近広く読まれた医療記事の中に、
人工甘味料でも体重が増加する、
というような内容のものがあり、
そこでの説明は、
人工甘味料が膵臓を刺激して、
インスリンを出すので、
内臓脂肪が増え、
そのことによりカロリーゼロでも肥満が生じるのだ、
というニュアンスのものでした。
勿論そういう仮説を展開される先生も、
おそらくはいらっしゃるのだと思いますが、
膵臓に甘味受容体のあることの意味は、
そう単純なものではないと、
僕の知識の範囲ではそう思いますし、
小島先生の書かれたものを読んでも、
そういう趣旨のことは記載されていないと思います。
それでは、
人工甘味料は健康上何の問題もないのでしょうか?
明日はその点について、
もう少し考えてみたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2012-06-04 08:05
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