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COPDの自然経過とサイトの捏造について [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

レセプトはどうにか目鼻が付きました。
昨日は半ページほど書きました。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
1秒量とCOPD.jpg
先月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
COPDの患者さんの肺機能の低下についての論文です。

COPDという言葉は、
テレビなどのメディアにも頻繁に取り上げられますし、
僕が身の毛のよだつほど嫌いなタレントの方が出演した、
製薬会社のCMなども流れています。

COPD(chronic obstructive pulmonary disease)は、
慢性閉塞性肺疾患と翻訳されています。

これは何か非常に分かり難い病名ですが、
呼吸の働きの異常には、
閉塞性と拘束性という2種類があり、
その閉塞性の呼吸障害が、
慢性に起こっている、という意味合いの表現です。

拘束性というのは、
肺自体の容量(肺活量)が減少して、
肺の働きが量的に低下した状態のことで、
閉塞性というのは、
肺に空気を取り入れる管が狭くなって、
空気の出し入れがうまく行かなくなった状態のことです。

閉塞性の肺疾患にも色々な種類がありますが、
肺が破壊される肺気腫と、
慢性に咳や痰が出て、
気道に炎症が持続した状態である慢性気管支炎が、
その代表です。

気管支喘息は気道が狭くなる病気ですから、
閉塞性肺疾患のパターンを取るのですが、
発作性の病気で、
発作以外の時は閉塞がない、
と言う点でCOPDの中には入りません。

ただ、喘息もその経過が長くなると、
気道のリモデリングと呼ばれる現象が起こり、
発作がない状態でも気道の閉塞が起こるようになります。
従って、進行した喘息とCOPDとの鑑別は、
実際的には曖昧な部分を残しています。

何故COPDという概念が提唱されたかと言えば、
それは喫煙との関連性が、
その理由の大きな部分、というか、
殆どの部分を占めています。

つまり、COPDとは「タバコ病」のことです。

COPDの患者さんの9割以上は、
喫煙者である、と説明されます。

ただ、これは実際にはタバコを吸っている人に特徴的な、
肺の変化のことをCOPDと名付けたのですから、
ある意味当たり前のことで、
逆に言えば1割の患者さんでは喫煙歴がない、
ということの方が驚きなのです。

1970年代には英国で、
肺気腫と慢性気管支炎による死亡が増加し、
「英国病」という表現まで生まれました。
これが喫煙による肺の疾患であることが明らかになり、
「タバコ病」として肺気腫と慢性気管支炎を一括りにした、
COPDという概念が生まれたのです。

それではCOPDの診断の、
最も基本的な検査は何でしょうか?

それは1秒量という数値です。

1秒量というのは、
肺活量などを測る機器を用いて、
一杯に空気を肺に吸い込んで、
一気にそれを口から吐いた時に、
1秒間でどれだけの量の空気を、
吐くことが出来たか、
ということを測定した数値です。

COPDが確定した場合の、
経過観察の指標としては、
年齢などの平均値から割り出した、
標準の数値の何%であったか、
という%表示と、
その実際の空気の量とが、
主に使用され、
COPDがあるかどうかの最初の診断には、
吸った空気のうちの何%を、
1秒で吐き出すことが出来たかを、
1秒率と名付けて使用するのが一般的です。
この1秒率が70%未満、
すなわち1秒で吸った空気の7割未満しか吐き出せない状態を、
COPDとして判断しています。
実際にはそうした処置は行なわれないことが多いのですが、
これは最初に気管支拡張剤を使用し、
それから測定することが求められています。

肺の機能というのは、
当然年齢と共にも低下します。

その自然の低下率と比較して、
タバコを吸っている人では、
より早く1秒量や1秒率が低下する、
というのが教科書などに書かれていることです。

この点について、
必ず引用される文献が、
1977年のBritish Medical Journal誌の、
「The natural history of chronic airflow obstruction 」
と題する論文です。

ちょっとこちらをご覧下さい。
COPDの自然歴オリジナル.jpg
その文献にある図表です。
横軸は年齢で縦軸は1秒量の数値です。
これはイギリスの文献で、
1秒量の表記は、
25歳時の平均値の何%かで、
表示されています。

一番上のラインが、
タバコを吸わない人のもので、
タバコを吸わない人では、
75歳くらいでも、
概ね25歳時の75%程度しか1秒量は低下していません。
しかし、タバコにより肺の病気になった人では、
より急激に1秒量は低下しています。
点線のラインは途中でタバコを止めた場合で、
その時にはラインはタバコを吸わない人に、
近付いた曲線に戻る、
ということが分かります。

ご覧頂くと分かるように、
これはタバコと肺の機能との関連性を見たものです。

ところで、次をご覧下さい。
COPDの自然歴改変版.jpg
最初の図と全く同じものであることが、
お分かり頂けるかと思います。

しかし、ちょっと見え辛いと思いますが、
日本語の表記は違っています。
喫煙者の線は「COPD患者」に書き換えられ、
禁煙年齢の点線は、
禁煙ではなく「治療」と書き換えられています。

これは実は製薬会社が作成し、
専門医の先生が監修した、
ネットのCOPDの解説ページにある図表です。

これは僕の感覚では捏造に近いものだと思います。

COPDはほぼ「タバコ病」のことですが、
それは定義の上ではイコールではありません。
COPDの1割は喫煙とは無関係だからです。
しかし、このサイトでは、
それは同一のものに改変されています。
元の図は禁煙の効果を推測で示したものですが、
それが「COPDの治療」に改変されています。
確かに禁煙はCOPDの最大の治療ですが、
COPDの治療はそれだけではなく、
当該のサイトの製薬会社は、
その治療薬を販売しており、
この図の説明では、
「COPDでは、治療を始めるのが早ければ早いほど、肺機能の低下が緩やかになります」
と書かれており、薬物療法の有効性についての記載もあります。
しかし、元の論文は治療に言及したものではなく、
あくまで禁煙の効果のみを論じたものなのです。

図表の下には確かに「オリジナルを改変」、
のような記載が小さく書かれていますが、
通常論文の図を引用して解説する場合、
「改変」というのは見やすくするために大きさの比率を変えたり、
表記を日本語に翻訳したり、
という程度のことを示しているのが常識で、
このように明らかに同じ図を使用して、
その図の意味自体を変えてしまうのは、
「改変」ではなく「捏造」のレベルなのです。

それがへっぽこ解説書の類ではなく、
多くの患者さんが頼りにするだろう、
大手の製薬会社の解説ページに書かれているのですから、
呆然自失してしまいます。

しかし日本においては、
「権威のある解説」と称するものの、
多くはこのようなものなのです。
どうせ引用文献の元など読まないだろうと、
高を括って、
こうした捏造まがいの改変を、
平気にやっているのです。

従って、引用文献が記載されている時には、
必ずその元論文を読まないといけません。
これが日本の「情報サイト」の現状です。

さて、概ねこの古い論文のみを根拠に、
COPDの自然歴、
すなわちCOPDを放置すると、
どのように肺機能が低下するのか、
という点は論じられて来ました。

ただ、最初の図を見て頂くと、
これは特定の、
タバコにより肺機能の低下を招き易い人に、
限定された話だと書かれていて、
実際タバコの肺感受性の低い人では、
非喫煙者とグラフは変わっていません。
つまり、タバコが必ず肺の機能を低下させる、
というものではないにも拘らず、
この文献の図を引用する人は、
殆どはそうしたものとして説明しているのです。

従って、当然のことながら、
これでは不充分だと言う考えがあり、
ECLIPSEと呼ばれる、
COPDの患者さんの経過を観察し、
経年的な変化と増悪の予測因子を検証した、
大規模な臨床試験が2000年代の後半から開始され、
3年間の観察結果が公表されました。
それが最初にご紹介した論文なのです。

果たしてその結果は、
1970年代の論文と同質のものだったのでしょうか?

長くなりましたので、
その点はまた明日に続けたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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