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ヒ素と放射線の話 [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

日本には比較的低い線量の放射線は、
身体に良い影響がある、
という主張をされ、
そうした研究結果を報告される研究者が、
多くいらっしゃいます。

一般のその先生方の基準では、
500ミリシーベルトより上が高線量で、
500ミリシーベルト以下が小線量、
200ミリシーベルト以下が低線量という、
線引きのようです。

この基準で考えれば、
20ミリシーベルトの被ばくがどうこう、
というような話は、
おそらく臍が茶を沸かすようなもので、
そんな線量の放射線で一喜一憂している一般の方の考えは、
呆れて物も言えない、
というところかも知れません。

これに関してちょっと面白い研究結果があります。

リンパ球を培養して、
そこに低線量の放射線を当てておきます。

その後にそこに大線量の放射線を照射したところ、
染色体異常の発生頻度が、
最初にそうした操作をしなかったリンパ球に比較して、
低下することが報告されたのです。

次のような報告もあります。
ネズミの胎児に10~20mSv 程度のγ線を事前に照射しておくと、
その後に2~7.5Svという大線量の被爆をしても、
突然変異の発生頻度が減少したのです。

つまり、
最初に低線量の放射線の被爆を受けると、
ある種の放射線適応反応が身体に生じ、
その後の大量被爆時に、
身体の細胞に放射線抵抗性が生まれる、
というのです。

僕がこの話を聞いて、
すぐに思い浮かべたのは、
ヒ素の話です。

ヒ素は猛毒ですが、
予め致死量より少ない量のヒ素を、
身体に入れて身体を慣らしておくと、
ヒ素に対する抵抗性が生じ、
致死量のヒ素を投与されても死ななくなるのです。

有名なミステリーに、
これを利用したトリックがあり、
うろ覚えですが、
中世の貴族が、
毒殺から自分の身を守るために、
経験的に用いた方法が、
そのような形を取ったのだそうです。

人間の身体は確かに、
毒に対して慣れるような働きを持っていて、
初回に少ない量の毒で抵抗力を付けると、
その後にある程度の期間、
同じ毒に対する抵抗力が生じ、
致死量の毒から身を守ることが出来るのです。

ヒ素と同じようなそうした適応誘導のメカニズムが、
どうやら放射線にもある程度あることは、
データの蓄積から間違いはなさそうです。

しかし、こうした現象をどう考えるか、
というのは非常に難しい問題です。

まず、全てのネズミが、
こうした低線量放射線の恩恵を受けるとは、
研究データからも考えられません。
放射性適応応答には、
癌抑制遺伝子のp53が必要である、
という報告もありますが、
p53を持っていれば必ず守られる、
というものではなく、
またネズミの研究がそのまま人間に適応される、
という保障は全くありません。

そもそもこうした研究は、
放射線治療の可能性を探る意図があるものと、
考えられます。

大量の放射線は身体に致死的な影響を与えるものですが、
低線量の放射線を事前に照射することにより、
その影響が緩和されれば、
より高線量の放射線で、
癌を叩くことが可能となるからです。

ただ、以前お話した癌幹細胞のことなども考えると、
大量の放射線で癌を叩き捲るような治療法は、
今後はあまり主流にはならないのではないかと思います。

人類発生以来、
常に人間は放射線に晒された中で、
その生活を続けてゆく必要がありました。

そのためにある程度放射線に順応し、
そこから身を守る力が、
人間に備わっていることは事実で、
自然放射線の強い地域で、
長年生活しているような人々にも、
そうした順応能力が、
おそらくは強化されて存在しているのだと思います。

ただ、人間が敢えて造り出したり、
うっかりもしくは悪意で放出された放射線に対して、
そうした人工放射線の拡散に、
一定の責任のある筈の学者の皆さんが、
「ああ大丈夫、人間には放射線に順応する力があるからね」
というような説明を平気でするのは、
僕にはちょっとお門違いな思いがするのです。

ヒ素が水道水に混入していた地域の人に、
「少量のヒ素なら健康に問題はないし、
むしろ身体が強くなって、
ヒ素で死ぬことはなくなるんだよ、
良かったね」
と言われて、住民の方が納得するとは、
僕には到底思えないからです。

今日は低線量放射線による、
身体の適応現象の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ごぶりん

例えて言うなら、一時期尿を飲むと健康にいというのがあって
誰かに勧められた飲み物の中に尿が入っていて、それを飲み終わった
後でそれを教えられ、抗議したら「無害だし健康にいいから大丈夫!」
と言われた時のようなもんでしょうか?(ちょっと違う?)
そんなの例えほんとに健康にいいというエビデンスがあっても嫌ですね。
本人の意思が介在していないというのが大きいのでしょうか。

被災地にいた頃は子どもたちの放射線に対する心配のあまり、
今、人間にはなくてはならない酸素だって太古の昔は猛毒だったんだし
致死量の放射線を 一気に浴びた訳じゃないので何とかなるさ…と無理やり自分に言い聞かせてました。
今思い返したら目茶苦茶な考えですね。
by ごぶりん (2011-06-11 16:21) 

人力

一説によれば低線量率放射線によって、自己免疫疾患に対しえても改善効果が得られる様です。これまどは、寄生虫によってアレルギー疾患が軽減されると主張する藤田先生の説に近いものがあります。

福島県民の今年の花粉症の症状などが分けると面白いかもしれません。

西洋医学で用いられる薬も、容量を超えれば毒となる様に、放射線にも閾値が存在するならば、放射線が免疫向上の薬ともなり得るわけで、いわば万能薬になってしまう可能性がある訳です。

この事実を一番嫌がりそうなのは製薬会社ではないかと、勘ぐってしまいます。

他人の家から漂ってくるトイレの匂いは不快ですが、それが癌の治療に役立つとなれば、お金を払ってでも嗅ぎたい人もいる訳で、要はメリットとデメリットの線引きなのだと思います。

従来は、害しか分からなかった放射線に、メリットがあるならば、それはそれで、研究に値するテーマなのだと思います。
by 人力 (2011-06-11 20:23) 

アクロバット

初めまして。

放射線の被曝による確率的影響(発ガンや遺伝子障害)は、薬などとは違って閾値が存在しないのが一番の問題です。
リスクの発現曲線が上昇傾向になるのは100mSvアタリからだというのが一般的な説ですが、その下はただ解明されていないだけだと考えています。
この点が明らかにならない限り、「放射線が身体にいい影響がある」というのは誤っていると言わざるをえません。
まして20mSvという線量は、毎日外部被曝モニタリングを余技なくされる職業のぼくの1年間の被曝線量と同等かそれ以上の被曝です。
低線量被曝での健康へのメリットは、温泉などの効果を研究している方の説だとは思いますが、さすがに賛同しかねます。

非常に不謹慎なことを言えば、今回の事故での住民の皆さんの長期のモニタリングと追跡調査が進めば、60年後には確率的影響の閾値も少し解明されるのではないかと考えています。
by アクロバット (2011-06-12 09:27) 

fujiki

ごぶりんさんへ
コメントありがとうございます。
この問題は色々な立場の人がいて、
単純に科学の問題とも言い切れないので、
難しいですね。
by fujiki (2011-06-13 08:13) 

fujiki

人力さんへ
コメントありがとうございます。
問題は福島を復活させるために、
どのような許容出来る科学的なレトリックがあるか、
ということかも知れません。
僕はでも東京という町が好きなので、
今後のことを考えると非常に辛いですね。
by fujiki (2011-06-13 08:16) 

fujiki

アクロバットさんへ
コメントありがとうございます。
この話は必ずしも科学的ではなく、
政治的なものが絡んでいるので、
非常に難しいですね。
本当にすべての英知を結集して、
一丸となって終息に向けて取り組んで頂きたいと思います。
by fujiki (2011-06-13 08:25) 

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