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ビグアナイト製剤による乳酸アシドーシスを考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は糖尿病の薬の、
副作用についての話です。

ビグアナイト系薬剤という区分の、
糖尿病治療薬があります。

現在主に使用されているのは、
メトホルミンで、
商品名はグリコランやメデット、メルビンで、
既にジェネリックも発売されています。

ただ、日本でのこれまでの使用量は、
1日750mgが上限で、
海外の使用量は3000mgですから、
かなりの使用量の開きがあります。

この薬は肝臓でブドウ糖を作る働きを抑えるため、
低血糖や体重増加が起こり難い、
というメリットがあり、
海外では糖尿病治療の第一選択になっています。

しかし、日本ではその発売当初に、
乳酸アシドーシスという副作用の死亡事例が、
海外で報告されたこともあって、
その使用はあまり行われませんでした。

しかし、最近になり日本でもメトホルミンの再評価の機運が高まり、
昨年の5月には、
1日量で2250mgまで使用が可能なメトホルミン製剤が、
新たに「メトグルコ」という商品名で再発売されたのです。

今後は日本でもこのメトホルミン製剤が、
糖尿病治療薬の1つの柱になる方向が示されています。

ただし…

このメトホルミンは矢張り注意の必要な薬であることは、
間違いがありません。

それを如実に示す事例が、
製薬会社より報告されていますので、
今日はその事例をちょっとご紹介します。

患者さんは90代の男性です。

17年前から糖尿病にて内服治療を受けていました。
記載はないのですが、
おそらくはSU剤というタイプの、
膵臓からインスリンを出させる薬を、
使用していたものと思われます。
コントロールはHbA1c という数値では6.0%ですから、
悪くはありません。
ただ、随時血糖値は257mg/dlでちょっと乖離はあります。
(これはジベトス使用中のデータです)
血液のクレアチニンは1.3mg/dlで、
軽度から中等度の腎機能障害が疑われますが、
このご年齢では特に治療の必要性はないものと思われます。

ちょっと不思議なことに、
今はあまり使用されないジベトスというビグアナイト製剤が、
2か月間使用され、
それからその処方が、
メトグルコに切り替えられました。

当初の使用量は1日750mg で、
それから血糖値を指標にして、
使用量は2250mgの最大用量にまで増量されました。

その使用量で20日後の血液中のクレアチニンが、
1.6mg/dlです。
つまり、少し腎機能は低下が進行しています。
ただ、その時点の随時血糖は200代で、
大きな変動はありません。

異常が起こったのは、
メトグルコ使用後60日後のことです。

患者さんは言葉がうまくしゃべれなくなり、
左半身の痺れを訴えました。
脳梗塞を疑って脳のMRIを撮りましたが異常はなく、
その翌日に体調不良にて緊急搬送となります。

その時のデータは血液のpHが6.832と低下して、
高度の酸性に傾いていました。
血液のクレアチニンは7.3mg/dlと腎不全の状態になり、
乳酸値は正常の10倍以上に上昇していました。
血液中のメトグルコの濃度も、
異常に上昇が認められました。
要するに重症の乳酸アシドーシスの状態でした。

つまり、前日の体調不良も、
脳梗塞ではなく乳酸アシドーシスがその原因だったのです。

何故こんなことが起こったのでしょうか?

ビグアナイトは肝臓において、
乳酸からブドウ糖が生成される過程を抑制する薬です。
つまり、乳酸はこの薬により増加するのです。
通常はその乳酸は肝臓で代謝されるので、
血液が酸性になることはありませんが、
肝機能が悪いケースや脱水などで他にも乳酸の溜まり易い状態があると、
血液は急速に酸性に傾き、
アシドーシスが生じます。

一方でビグアナイトは腎臓で分解されるため、
腎機能が低下していると、
血液でビグアナイトは過剰となり、
その作用の増強から、
乳酸アシドーシスを起こし易くなるのです。

そもそもメトグルコ以外のメトホルミン製剤では、
添付文書上は高齢者は禁忌の扱いです。

この場合の「高齢者」は概ね75歳以上を指していますが、
必ずしも厳密にその処方が制限されている訳ではありません。

そして、「メトグルコ」においては、
高齢者は禁忌ではなく、
慎重投与の対象になっています。

この意味合いは、
高齢者では腎臓や肝臓の機能が低下していることが想定され、
よりメトホルミンの有害な作用が、
生じ易い、という認識からです。

腎機能に関しては、
日本人では男性でクレアチニン値が1.3以上、
女性で1.2以上の場合には、
使用を避けるのが賢明ではないか、
という見解が示されています。

そこで今回の副作用事例を見ると、
まず90歳代という年齢でそれほど重症ではない糖尿病の患者さんに対して、
メトホルミンが果たして適応であったのか、
という疑問を強く持たざるを得ません。

しかも、血液のクレアチニンは使用前に1.3mg/dlと記載されており、
これだけでも使用の適応からは外れています。

そうした状態の方に高用量のメトホルミンを使用すると、
大量の乳酸が生成され、
腎機能の低下とも相まって、
乳酸アシドーシスを生じ易い状態となるのです。

はっきりと年齢で線を引くのは難しいのですが、
概ね80歳を超えたら、
メトホルミンの使用は禁忌に近い、
と考えた方が良いのではないか、
と僕は思います。

少量のSU剤で低血糖以外に、
重篤な副作用の起こる可能性はあまりなく、
経口剤で糖尿病の治療をする場合には、
安全性の面からはメトホルミンよりSU剤を、
ご高齢の方ではまず選択するべきと考えます。

ポイントはSU剤の血中濃度が異常に上昇すれば、
低血糖が生じるので見誤ることはないのに対して、
ご紹介した副作用事例でも分かるように、
メトホルミンの血中濃度が異常に上昇しても、
必ずしも血糖は低下しない、
ということです。

そのためメトホルミンが実際には過剰であっても、
血糖値のみを見ていると、
むしろ不足と考えて用量を増やす判断に結び付きかねません。

70代でもその用量には注意を払い、
概ね1日500mg~750mgで様子を見るのが、
おそらくは無難なのではないでしょうか。
(勿論患者さんの状態にもよりますので、
1つの目安であって、
これは絶対のものではありません)

今日は高齢者の糖尿病の治療における、
ビグアナイト製剤の位置付けについての話でした。

勿論糖尿病の治療には色々な考え方があり、
ご高齢の方へのメトホルミンの使用が、
必ずしも不可という訳ではありません。
僕の個人的な見解を述べたものですので、
その点はご理解の上慎重にお読み頂ければ幸いです。
ただ、その使用にはより慎重な姿勢が、
必要であることは間違いがないと思います。

今日は糖尿病の飲み薬の副作用についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 4

catfish

メトグルコ、14日制限が外れて少しずつ処方箋が増えてきました。検査値を把握できる場合もありますがたいていはわからないまま投薬することになりますので、乳酸アシドーシスの初期症状を伝えて体調変化に十分注意していただくようにします。わかりやすい解説をありがとうございました。
by catfish (2011-06-10 10:23) 

ごぶりん

5/31付で厚生省指示でメトグルコの添付文書内の注意事項で追記がなされてましたね。
メトグルコの血中濃度上昇で必ずしも血糖が下がるわけではないというのはつい忘れがちな事なので改めて認識させて頂きました。
特にご高齢の患者さんにはご自身のCcr値に注意を払うべきだとお伝えできたらと思います。
by ごぶりん (2011-06-10 22:00) 

fujiki

catfishさんへ
いつもありがとうございます。
乳酸は検査室がないと、
診療所で正確に測定するのは困難なので、
そうした意味でも気を遣います。
by fujiki (2011-06-11 08:04) 

fujiki

ごぶりんさんへ
コメントありがとうございます。
正直以前から処方をしていて、
経過が安定している方に、
年齢でその使用の是非を判断するのは、
実際には難しい面があります。
老人ホームに係わっていると、
前医の処方をそのままで継続してしまうので、
その点にも注意しなければな、
とはいつも思います。
by fujiki (2011-06-11 08:06) 

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