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体内時計と甲状腺刺激ホルモンの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝からレセプトを少しやって、
書類を書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は体内時計と甲状腺刺激ホルモンの話です。

甲状腺刺激ホルモン(TSH)というのは、
その名の通り甲状腺を刺激して、
甲状腺からのホルモンの分泌を促すホルモンです。

この刺激ホルモンは、
脳の下垂体前葉という部分から分泌されます。
その刺激は、
更に上位の視床下部という場所から分泌される、
TRHというホルモンによる調整を受けていると考えられています。
これは「甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン」と訳されていますが、
あまりに長いのでTRHとします。

そのホルモンの分泌は、
ネガティブ・フィードバックというシステムによって、
主に調節されていると言われています。

これはどういうものかと言うと、
甲状腺刺激ホルモンの刺激によって、
甲状腺ホルモンの分泌が刺激され、
血液中のホルモンの濃度が高まると、
それが逆の刺激となって、
甲状腺刺激ホルモンとTRHを抑制し、
それによって血液中の甲状腺ホルモンの数値は、
概ね一定に保たれる、
というのです。

これだけ聞くと、
なるほどな、と何となく分かったような気分になります。

ただ、ことはそれほど単純ではありません。

まず、TRHという物質は、
実際には甲状腺刺激ホルモンを刺激する以外にも、
多くの脳内作用を持っています。
ほぼ全中枢神経に、
TRHの受容体は存在しているのです。
それどころか消化管や生殖器など、
脳の外にもTRHの受容体が存在しています。

TRHは一種の神経伝達物質としての働きがあり、
そのため遷延性の意識障碍や、
脊髄小脳変性症の運動機能の回復に、
薬剤として使用されています。

TRHのないネズミを使った研究によると、
TRHが存在しなくても、
出生時には甲状腺機能は正常ですが、
その後は甲状腺機能低下の状態となります。
つまり、甲状腺刺激ホルモンの産生を維持し、
たとえば甲状腺ホルモンの血中濃度が低下した時に、
甲状腺刺激ホルモンが上昇するメカニズムには、
TRHが不可欠であることが分かります。

人間の細胞には時計遺伝子があって、
光刺激によってリセットされる、
一定の体内リズムを刻んでいますが、
その生活リズムの形成には、
TRHと甲状腺刺激ホルモンが、
一定の役割を果たしていると言われています。

睡眠誘導のホルモンであるメラトニンは、
ネズミの研究では甲状腺刺激ホルモンを通じて、
その光周期との調整をしていると報告されています。
数年前にニュースになりましたが、
ウズラでは、
その発情期の到来には、
甲状腺刺激ホルモンの上昇が必要です。

臨床的な意味合いが少ないので、
あまり本には書いてありませんが、
甲状腺刺激ホルモンには日内変動があり、
その数値は夕方から上昇し、
睡眠開始前後にピークを作って、
その後は減少して、
昼間には下がります。
その変動幅は昼間がたとえば2μu/mlで、
夜間睡眠中には3μu/mlになることもあるので、
結構な変動があります。
この睡眠前の甲状腺刺激ホルモンの上昇は、
少し睡眠の開始を遅らせたくらいでは、
それに合わせてスライドし、
仮に徹夜をすると、
今度はピークが遅れて変動幅が大きくなります。

日本で甲状腺ホルモンの日内変動を測定した、
検査室の文献が手元にあり、
それを見ると甲状腺刺激ホルモンのピークは、
午前2時頃で、
その上げ幅も2から4まで上昇するなど、
海外文献より大きなものになっています。

僕はこれは日本人が夜型になり、
体内リズムの乱れが生じているためではないか、
と推測しています。

つまり、夜更かしを続けるような生活をしていると、
本来のホルモン系の日内変動が失われ、
本来は就寝前にあるべきピークが、
夜中に移行するのです。
これではおそらく、
その方に自然な睡眠は得られないに違いありません。

夕方にTRHを注射すれば、
おそらくはこのリズムは正常化する筈で、
これは僕だけの考えで、
本に書いていることではありませんが、
睡眠障害の治療に有効な可能性があります。
ただ、TRHは注射薬で、
しかも高価な薬なので、
実際に臨床に応用するのは現実的ではありません。
代案としては、
甲状腺ホルモンのT3の製剤を
(チラージンはT4の製剤なので持続型で、
こうした用途には不向きです)、
極少量夕方に飲むことが仮説としては考えられます。

この甲状腺刺激ホルモンの日内変動は、
明らかな甲状腺機能低下症や亢進症が存在すれば、
それによるフィードバックシステムの方が上位に立つので、
機能低下症で上昇した甲状腺刺激ホルモンが、
日内変動を持つことはないとされています。

この甲状腺刺激ホルモンという時計を、
調整しているのはTRHです。

睡眠の前に甲状腺刺激ホルモンが上昇するのは、
それに合わせてTRHが分泌されているからで、
そのために通常の甲状腺の状態にある方では、
夜間に甲状腺ホルモンはやや上昇し、
それにより夜間の基礎代謝が高まります。

通常に考えると、
むしろ昼間に甲状腺機能が亢進した方が、
目的に適っているような気がしますが、
夜間にそうした現象が起こるのは、
それなりの合理的な理由が潜んでいるのではないか、
と思います。

体内時計というのは非常に面白くて、
その大元の調律は視交叉上核という脳の部位にあり、
そこからの信号は、
各細胞に独自にある時計に、
自律神経系とステロイドホルモンを通じて、
伝達されると言われています。

しかし、甲状腺ホルモン系も、
間違いなくその一翼を担っていて、
その日々の変化が、
昼と夜の代謝状態の変化を、
末梢に伝える重要な因子の1つなのではないかと思います。

今日は僕自身の臨床応用の仮説を含めて、
甲状腺ホルモンと体内時計との関連について、
ちょっと考えてみました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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人力

体内時計の光刺激による調節は、視覚刺激の他に、皮膚刺激にもある様です。米国でキャンベルという研究者が、暗室で膝の後ろの皮膚に光ファイバーで光を照射して、確認実験を行った結果、体内時計のリセットが確認されている様です。全盲の人でも時差ぼけが生じる事から、この実験を思いついた様です。

これは、皮膚に光の受容体があると考えるのか、ビタミン合成などが影響しているのかは不明ですが、とりあえず人は朝日を浴びるとスッキリしますね。
by 人力 (2011-06-05 04:06) 

fujiki

人力さんへ
コメントありがとうございます。
それは面白いですね。
僕は知りませんでした。
論文の掲載誌は何でしょうか?
お分かりになれば教えて下さい。
by fujiki (2011-06-05 21:12) 

人力

http://www.naoru.com/tainaidokei.htm
「体内時計 リセット 皮膚」でgoogle検索したら上記ページがヒットしました。

「膝の後ろに強い光を当てると、「体内時計」を進めたり遅らせたりすることが出来る。そんな実験結果を、米コーネル大のS・キャンベル博士らが米科学誌サイエンス(1/16)に発表した。
眠り、目覚め、食欲など約24時間周期の生活リズムを支配する体内時計はこれまで、目から入る光で調節されると考えられて来た。だが、目と時計の明確な関係が見つからず、全盲の人にも『時差ボケ』があることから、キャンベル博士らは、皮膚にもセンサーが存在するhずだと考えた。
22~67歳の男女15人に4日間、薄暗い実験室で暮らしてもらい、体温とメラトニンと呼ばれるホルモンの分泌量の変化を測った。「体温」は昼間高く、夜間低い。一方、眠りと深い関係のある「メラトニン」は、昼間少なく、夜間に多い。
4日間とも午前0時~正午までベッドに横たわり、2日目だけ眠らないようにした。其の結果、本人には分からないように時間帯を変えて3時間ずつ、光ファイバーを使いひざ(膝)の後ろ側に光を当てた。一部のひとには全く光を当てなかった。
其の結果、光を当てなかった人の体内時計のリズムに変化は見られなかったのに、光を当てた人は体温やメラトニンの変化が最大3時間前後にずれていた。」

という記述です。
サイエンスに発表されて記事の様です。
何年か前に、皮膚に光の受容体があるのでは?という記事を読んだ記憶があるので、少し前の論文かもしれません。
by 人力 (2011-06-06 13:53) 

fujiki

人力さんへ
ありがとうございます。
今度読んでみます。
by fujiki (2011-06-07 08:17) 

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