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気管支喘息と気道リモデリングの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日は喘息による気道の変化を、
どう考えるか、という話です。

今日のメインのネタ元は、
今月のNew England Journal of Medicine誌に掲載された、
「Effect of Bronchoconstriction on Airway Remodeling in Asthma 」
という論文です。

気管支喘息というのは、
気道が容易に縮まるような状態が、
何らかの要因で生じ、
そのために特有の症状を出す病気です。

典型的な喘息というのは、
その名の通り、
発作時には胸がぜーゼーと鳴ったり、
ヒューヒューと鳴ったりして、
息が苦しくなるような症状が、
発作的に起こる、というものです。

こうした症状を出す原因は何かと言えば、
それは酸素を取り入れて肺へと運ぶ通路である気道が、
何らかの原因で狭くなることです。
そのためこうした病気のことを、
閉塞性肺疾患、
というような言い方で呼ぶことがあります。

通常の喘息の経過では、
最初はその症状は風邪を引いた時などだけに起こり、
発作がない時には全く気道の状態は正常ですが、
発作を繰り返すうちに、
普段から気道は狭い状態になり、
またちょっとの刺激でも、
発作が誘発され易い状態になります。

こうした状態になった気道を、
その部分の組織を取って観察すると、
正常の気道の組織とは、
異なった状態になっていることが分かります。

この気道の組織の変化を、
「気道のリモデリング」と呼んでいます。

喘息による変化を起こした気道では、
その部分の筋肉が厚くなり、
結合組織が増殖し、
上皮の粘液を分泌する細胞が過形成を起こします。

こうした変化を総称して、
「気道のリモデリング」と呼んでいるのです。

喘息という病気が厄介なのは、
この「気道のリモデリング」が通常進行性であり、
軽症なうちは気管支を広げる薬が有効でも、
リモデリングが進行すれば、
薬は効き難くなり、
肺の機能も低下してしまうからです。

つまり、喘息の治療の一番のポイントは、
「気道のリモデリング」を抑えて、
喘息そのものが進行しないようにすることです。

そのためには、
どうすれば良いのでしょうか?

リモデリングを抑えるには、
リモデリングの原因を排除することが必要です。

それでは、リモデリングは何故起こるのでしょうか?

皆さんは気管支喘息の原因は、
気道のアレルギー性の炎症だ、
という説明をお聞きになったことがあるかと思います。

つまり、これが1つの説明です。
ダニやホコリの刺激、ウイルス感染などに対して、
身体が過剰に反応します。
要するにアレルギー反応です。

すると、気道にアレルギー性の炎症が起こります。
主に好酸球と呼ばれる白血球が気道に集まって、
サイトカインという物質を放出し、
それによって気道が収縮すると、
アレルギーを来たす刺激から、
24時間以内には気道リモデリングが起こる、
と考えられています。

喘息というのはその初期の状態では、
発作時以外には特に症状はありません。

しかし、実際には気道の組織の変化は、
たった1回の刺激を受けて、
その1日後には既に起こっているのです。

喘息が気道の慢性の炎症である、
という意味合いがここにあります。

そこで、気道の炎症を強力に抑える効果のある、
副腎皮質ステロイドを、
全身に影響を及ぼし難い吸入薬の形で、
使用することが、
気道リモデリングの抑制の面からも、
最も有効な治療であると考えられて来ました。

ところが…

吸入ステロイド単独の治療では、
気道リモデリングは抑えられないのではないか、
ということを示唆するデータがあります。

そして、気管支拡張剤をステロイドと同時に用いた方が、
より気道リモデリングは改善した、
というデータもあります。

これは何を意味しているのでしょうか?

炎症だけではなく、
気道が収縮することそれ自体が、
気道リモデリングを進行させるのではないか、
というもう1つの考え方があります。

そこで最初に挙げた論文ですが、
これは軽症の喘息の患者さんを対象として、
機械的に気道を収縮させた場合と、
ダニとホコリの刺激で、
喘息発作を起こした場合とで、
どちらがより強く気道リモデリングを進行させるのかを、
検証した内容です。

機械的な刺激というのは、
メサコリンというアセチルコリンの仲間を吸入させることで、
この刺激は副交感神経を興奮させ、
機械的に気道を収縮させます。
一方でホコリとダニの抽出物を吸入させれば、
気道にはアレルギー性の炎症が起こり、
喘息の発作により気管支が収縮します。

こうした刺激を2日おきに3回繰り返し、
その前後で気道の組織を取り、
その所見を比較します。

軽症の喘息の患者さんに発作を起こさせ、
その前後で気管支鏡という、
非常に辛い検査を2回もするのですから、
日本では絶対に出来ないような、
ある意味かなり非人道的な実験です。

その結果は非常に興味深いもので、
気道を機械的に収縮させても、
通常のアレルギーの刺激による喘息発作を起こしても、
同じように気道のリモデリングは起こるのです。

つまり、これまでの主流の意見は、
炎症を繰り返すからこそ、
気道に一種の傷が付いて、
それにより気道の組織が変化することが、
気道リモデリングと考えられていたのですが、
必ずしもそれは事実ではなく、
炎症がなく気道が収縮しても、
同じように気道のリモデリングは起こるのです。

つまり、理屈の上では、
アレルギーではない喘息も存在することになります。

これまでの臨床的なデータでは、
高用量の吸入ステロイドを使用しても、
必ずしも気道のリモデリングは抑制出来ません。
一方でステロイドに気管支拡張剤を併用すると、
今度はステロイド単独よりは気道のリモデリングは抑制されます。
ただ、気管支拡張剤の長期の使用は、
特に交感神経刺激剤では、
心臓への負荷を高め、
心臓死を増加させるのでは、
という危惧があります。

今回のデータを事実として考えると、
原因はどうあれ気道の病的な収縮状態があれば、
その結果として気道リモデリングが起こるのですから、
治療の基本は炎症の抑制ではなく、
気道を無理なく拡張することです。

その目的で有効性が期待出来るのは、
副交感神経遮断薬で、
所謂抗コリン剤の吸入です。
日本では現在短期作用のアトロベントと、
長期作用型のスピリーバが、
使用可能です。

以前取り上げたように、
抗コリン剤には交感神経刺激剤と同様の、
発作抑制効果があった、
という報告もあり、
今後吸入ステロイドと吸入抗コリン剤の併用が、
喘息治療のスタンダードになるのではないか、
と僕は現時点では考えています。

今日は気管支喘息についての、
最近の知見の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 13

yuuri37

ふむふむな~るほどϵ( 'Θ' )϶
by yuuri37 (2011-05-30 14:38) 

たけちよ

いつも拝見し、また先生のご意見参考にさせていただいております。娘が(3歳)この春ひいた風邪が長引き、それ以来どうも気管が弱くなったのか すぐ風邪をひいてはゼホゼホいうようになり 小児科では喘息予備軍として吸入やシングレアをしばらく飲み続けるといった対処をされています。そもそもなぜ喘息のような症状がでるようになり またどの症状、どの時点でもって喘息と判断されたのかがいまいちわからず、その小児科医は喘息の専門医であるらしいのですが、あまり詳し説明がないままその処置を続けています。先週からも風邪をひき、咳がまだあるのですがただの長引いた風邪から喘息と診断されるにいたる決定的な症状というものはあるのでしょうか?例えばなにか検査をすることででた数値から診断がついたとかでもなく 医師の経験からの判断以外にないのでしょうか?
by たけちよ (2011-05-30 15:58) 

ごぶりん

β刺激剤で無効または副作用が出た方に適応外でスピリーバが処方され効果が得られたことがあります。
それにしてもレスピマットは使い勝手が悪い気がします。
合剤にするより、まず抗コリンで気管支を広げてからステロイドを吸入した方がより効果的ではと思いますが、そうするとアドヒアランスが低下しそうですね(^^;)
by ごぶりん (2011-05-30 22:18) 

ide

ニコチン中毒者は喫煙しない場合交感神経優位になってしまい寿命が縮まるそうですが、これは抗コリン剤で副交感神経遮断と同じ作用ですね。
つまり喘息もちの子供に喫煙の習慣をつけると喘息は治るけど、アセチルコリン生産能力が低下して、、どうなるんでしょうか?
寿命が縮まるという疫学調査はあるんですけどH3ヒスタミンとかアドレナリン、ドーパミンの神経回路どうなるのかよくわからないんですよね。個人差が激しくて定型治療にならないのかもしれません。

by ide (2011-05-31 00:42) 

fujiki

yuuri37 さんへ
いつもありがとうございます。
by fujiki (2011-05-31 08:15) 

fujiki

たけちよさんへ
コメントありがとうございます。
喘息の厳密な診断は、
誘発試験になります。
つまり、ホコリやダニなどのエキスを吸入して、
それで発作がすぐに起こり、
それが気管支拡張剤で改善すれば、
喘息は確定です。
ただ、一時的なものではなく、
その状態がある程度の期間持続する、
また再燃することが、
1つの条件になります。
ただ、誘発試験は危険があるので、
通常は行なわれません。
従って、症状の経過とその治療による改善を、
診て判断するしかなく、
血液の検査はアレルギー傾向が分かる程度で、
診断の補助にしかなりません。
胸のレントゲンの写真は、
喘息そのものの診断ではなく、
他の病気がないかを判断する目的です。

実際にお子さんのケースも、
確定ではないと思います。
むしろお鼻の奥の感染が続いていて、
それが刺激で症状の出ている可能性もあります。
ただ、現在の考え方では、
仮に喘息の初期であれば、
気道のリモデリングを進行させないために、
早期からステロイドの吸入やシングレアのような、
ロイコトリエン拮抗薬を、
継続的に使用するのが良い、
という意見があり、
主治医の先生はそうした判断なのではないかと思います。

従って、調子が良ければ、
一旦薬剤を中止して様子を見ても、
大きな問題はないのではないかと僕は思います。

ご参考になれば幸いです。
by fujiki (2011-05-31 08:23) 

fujiki

ごぶりんさんへ
コメントありがとうございます。
そうですね。
何か最初にシュッと抗コリン剤が出て、
それからステロイドが吸い込まれるような器具が、
考案されると良いかも知れません。
乳幼児も治療がなされることを考えると、
ちょっと今の吸入などのデバイスは、
一考の余地がありそうです。
by fujiki (2011-05-31 08:25) 

fujiki

ide さんへ
いつもありがとうございます。
自律神経のバランスは複雑で、
一筋縄ではいきませんね。
by fujiki (2011-05-31 08:27) 

あきこ

石原先生、先日処方していただいたスピリーバを昨夜
使いました。夜は、咳もなく、気管支の攣縮もなく、
とても気持ち良く寝られました。
いつもと全く違いました。本当に楽です。もっと早く吸入すれば
良かったです。

安心して寝られる、って本当にありがたいです。
石原先生、ありがとうございます。

この薬の作用はしばらく続くのでしょうか。
先生がおっしゃったように、今後は「今夜はちょっと
危ないかな?」という日のみの使用で
かまわないでしょうか。

いつも助言くださって、ありがとうございます。
石原先生のブログに出会えたこと感謝します。
by あきこ (2011-05-31 08:49) 

fujiki

あきこさんへ
それは大変良かったです。
薬の効果は概ね1日は続きます。
ご心配でしたら、
少し継続的に使用して頂いても問題はありません。
by fujiki (2011-06-01 08:17) 

翔

大変勉強になりました。貴重な情報有り難うございます。
自分は約一年ほど前から、息を吸ったら左胸の反対側の背中側のほうがパチパチパチ、と音を鳴らし始めたので、おかしいと思い病院で検査を受けました。レントゲン、CTスキャン、などあらゆる検査をした結果、健康と申し上げられました。
現在でも軽く体を左右に振っただけで胸がぜーぜー鳴ります。最近では胸に力を入れて姿勢を真っすぐにして胸だけを左右に動かすと、胸のちょうど真ん中あたりから、パチパチと肺の中の何かが弾ける音がします。最近肺の収縮を感じ悩んでいます。
自分はやせ形で、タバコを一日、2−3本程度、計5年の間吸っていました。その他には、生まれつき鼻アレルギーと猫アレルギーを保ってます。
上の記事に書かれていたようにアトロベントかスピリーバを服用した方が宜しいでしょうか?アドバイスを宜しくお願い致します。 please help me, ever since i started to face the symptom, i don't feel alive at all. I'd hope you will reply back.

Best regards,

Sho



by 翔 (2011-07-28 01:25) 

fujiki

翔さんへ
コメントありがとうございます。
今の症状がアレルギーや気道の狭窄に関連性があるかどうかは、
何とも言えませんが、
期間を限定してスピリーバを使用し、
その症状への効果をみてみるのは、
悪くないのではないかと思います。
2週間程度の使用で効果がなければ、
無関係と考えて頂いた方が良いのではないかと思います。
by fujiki (2011-07-28 16:54) 

翔

石原先生,早速のコメント有り難うございます。
もう一度医師と相談してスピリーパを使用するのがいいか聞いてみます。
わざわざ相談にのってもらって大変恐縮です。

Sho
by 翔 (2011-07-28 21:31) 

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